第7話 マロニーの隠された過去

「マロニーさん大変です! あの後、突然部屋に着物を着た知らない女の人がやって来て、マロニーさんを探しに……って、ああ!? この人ですっ!!」



 与志丘さんがこの部屋に慌てたように飛び込んできた。

 見知らぬ着物美人は、そでで口元を隠しながら涼しい顔。

 だけど勇者だったマサルくんは、知った顔だったらしい。



「お前はマージュ!?」


「いかにも、お主の仲間であった魔術師マージュ・マジュ・ツウシーそのものよ」



 なんだそのヒネりの無い名前。

 マロニーさんのネーミングセンスといい勝負だな。


 俺がそう思った直後に風切り音、それを追いかけるように殺気。

 ビックリして見てみると、着物を着た人が制止するように手を前に出していた。

 そして日本刀「紅乙女」を振り下ろす直前のマロニーさん。



わらわは女神のゆるしを得て此処へ来ておる! いきどおりは分かるが妾の話を聞かれよマロニー殿!」



 真剣な目でマロニーさんを見つめる、マージュと呼ばれた着物美人。

 マロニーさんも警戒心むき出しでにらみつけている。

 火花を散らしそうな視線を交わしたまま、向き合う両者。


 やがてマロニーさんは、渋々といった雰囲気を出しながら刀を収めた。

 だけど視線は警戒したまま着物美人から離さない。

 マージュと呼ばれた着物美人はそれに構わず、勇者だったマサルくんへ話しかける。



「まずは勇者マサル殿へ告げておこう。妾の真の名は、マージュではなくチイという。そこは了解しておくれ」


「え? あ、ああ……うん」



 突然自分に話を振られて戸惑う勇者くん。

 さっき裏切られたばかりだから、彼の目にも不信感がたっぷりだ。


 マージュは……チイを自称する女性は、今度はマロニーさんヘ向きなおる。

 そしてひざまずいた。

 彼女への不信感と警戒心を強烈に出したままのマロニーさんの目の前に。



「最初にあの不遜ふそんな僧侶、ソウ・ソウリョーの呪縛から妾を解放して頂いた事に御礼申し上げる。ええと……マロニー殿、でよろしいのか?」



 僧侶の名前も最悪だ。

 というか、『今は』ってなんだ?



「俺の名前が分かるんか」


。長くあの愚劣な存在に頭脳と能力と身体の自由を抑え込まれていたのでな。そんな状態のくせに妾の意識は残っている最悪の状況でもあった。それも気の遠くなるような年月な」



 ようやく俺は思い出した。

 さっきのボスの一人が、頭に僧侶役の人間を生やした変なドラゴンだったのを。

 思わず叫ぶ。



「もしかしてアンタ、さっきのドラゴン!?」


「いかにも」



 ちらりと俺を見て疑問への回答をするチイ。

 だけどすぐにマロニーさんを真剣な目で見つめる。



「あの時、妾の身体と一緒に頭に取り憑いたソウを斬ってくれたおかげで、死の間際にあやつの呪縛から逃れられた。妾はドラゴンゆえに生命力がソウより高かったからな」



 ここまで言って、チイは正座をする。

 そして床に手をついて深々と頭を下げた。



「残る生命力をかき集めて、霊体の身ではありまするが何とかここまで駆けつける事ができました」



 いわゆる土下座を、このチイを名乗るドラゴンの化身はしている訳だが。

 俺は、それに不思議な気高さを感じた。

 そして霊体と言われて初めて、彼女の姿がうっすら透けているのに気がつく。

 続けてチイは言葉をつないだ。



「奴らの呪縛から解放して頂いた恩義にこたえたい。どうか妾を、マロニー殿の使い魔として契約してくだされ」


「そこのマサルくんとミコトちゃんを罠にめた張本人のお前を、か」



 それでも不信と警戒を解かずにマロニーさんは返す。

 着物を着た黒髪のドラゴンの化身は、身じろぎひとつせずにマロニーさんヘ答えた。



「どうしても不信をぬぐえぬならば、このまま捨て置いてくれれば結構。どうせじきに生命力が尽きて、消え失せてしまうだけの身ゆえに」



 初めてマロニーさんの表情がわずかに動く。

 マロニーさんはチイの言葉に舌打ちした。



「お前、俺の記憶をのぞいたな?」



 顔を上げたチイさんの表情は困惑。

 マロニーさんの言葉が理解出来ていないようだ。

 俺もだけどな。



「……? 何の事ですかな? 今の妾には、マロニー殿の魂に刻み込まれた真の名だけしか見えませぬが……」


「マジか……くそっ」



 腕組みをして顔を上に向けたマロニーさん。

 なんだ? 今のチイさんの言葉に変な要素があったのか?



「よりにもよって、ロングモーンと同じようなセリフを偶然吐くとは……」


「信じてもらおうと貰うまいと、そちらの二人を罠にめたのは妾の本意ではありませぬ。それでも信じられぬとマロニー殿が判断されるのならば、それに従い妾は消滅に身を任せまする」


「そしてコリーヴレッカンに似た言葉遣い……か」



 再び床にひたいをこすり付けるチイさん。

 顔をしかめ続け、腕組みをしながらそれを見下ろすマロニーさん。

 やがてため息をつくと、腕組みをいてチイさんヘ声をかけた。



「顔をあげろ。そしてお前の正式な名前を名乗れ、チイ」



 ぱっと喜びの表情で身体を起こすチイさん。

 マロニーさんは彼女の頭に軽く手を置く。

 そんな彼の行為に嫌な顔ひとつせず、チイさんは言葉を発した。



「妾の真名は、カーネイハ・チイと申しまする。呪縛を解いて頂いた恩義にむくいるため、粉骨砕身マロニー殿のめいを実現してゆく所存」



 マロニーさんの手に、一瞬だけ電気のようなものが走った気がした。

 すぐに手を離すとチイさんヘ告げる。



「言っとくけど俺には魔力が無いからな。龍脈とかの外部の魔素を利用せえへんと、基本お前をまともに召喚でけへんぞ」


「承知。しかし……」



 困惑を通り越して、悩み深い顔でチイさんが言い淀む。



「なんや、言うてみろ」


「いや、魂に刻み込まれているから間違いないのであろうが……。主殿あるじどのの真の名前は本当になのかえ?」


「間違いない。日本人みんなに変な顔されるけどな」


「マロニーを名乗るのは賢明であるな」


「うるせえ、マロニーこれは死んだ相棒の名前や」



 なんだか大量の情報が出てきたぞ。

 ロングモーン、コリーヴレッカン、そしてマロニーさんの真の名、死んだ相棒。

 そもそも、この魔物を従える能力は魔法なんじゃないのか?


 などと俺が考えている時に、マロニーさんはあきれたような声でチイさんに言った。



「しかしマージュ・マジュ・ツウシーにソウ・ソウリョーか。そんなら残り二人は、魔族は側近のソッキ・ソッキンに聖騎士のセイ・セイキシーとかかな」


「残念、ソッキの名前はビンゴじゃが、聖騎士の奴の名はセイ・セイントナイトじゃ」


「なんで急に英語やねん」


「オチが無いとつまらんから?」





 頼む、人が重要そうな事を考えてる時に、しょーもないことで気を散らさないでくれ。

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