第6話 マロニー・ザ・豆腐メンタル

「ダーティー……エルフ? あっ本当、耳が長い。なぜ気が付かなかったのかしら、私」


「ダーティーエルフとは? ダークエルフと何が違うんですか?」



 二人から当然のように飛び出す疑問。

 ていうか、俺も聞きたいよ。

 何だよダーティーエルフって。



「え? あー、いや、うん。勇者がやる訳にはいかない汚れ仕事をやるのも俺の役目なんで……。まぁだからさ、ちょ、ちょっとそれを格好良く……」


「つまり種族名でもなくて、単なる厨二なノリで名乗っただけかよ」


「あ、は、はい……そうですね、洋児様……(涙目&小声)」



 とうとうイジケて地面に体育座りをしたマロニーさん。

 膝の間に頭を埋めてめっちゃ落ち込んでる。

 さっきのボス三人を苦も無く倒した雄姿ゆうしは見る影もない。


 左手に生えた触手があわてたように動くと、落ち込むマロニーさんの頭をでした。

 マロニーさんは体育座りで膝に頭を埋めたまま、「ありがとうキリーちゃん」とつぶやく。

 そうだ、この触手の事も聞かないと。



「マロニーさん、その左手なんですけど」


「契約して仲魔なかまになってくれてるクラーケンのキリーちゃんです……」


「は?」



 左手の触手がまるでマロニーさんと別個の意思を持つように、垂直にピンと伸びる。

 そしてお辞儀じぎをするように、途中からへにょりと垂れた。



「正式な名前は、俺の世界の古神聖エルフ語で『力強きかいな』を意味する言葉で『キリタンポ』って言います……」


「なにその意味はカッコいいのに美味しそうな名前」


「日本人みんなに言われます」



 いやまぁそうでしょうとも。

 しかし契約って。



「マロニーさん、あんた魔物使いだったのかよ。それって魔法が使えるって事じゃねえの?」


「魔法かどうかとか、もうどうでも良いです。私は貝になりたい」



 あー駄目だこりゃ。

 すっかりイジけて質問に答えてもらうどころじゃないな、これ。



「あ、あの、助けてもらった事だし、僕たちが協力できる範囲なら手を貸しますので」



 と、勇者をやっていた男がマロニーさんを慰めるように言った。

 たしかマサルって呼ばれてたっけ、性格もイケメンだな。

 隣で魔王をやってた女の子も、勇者くんに同意するようにうなずいている。


 その時、俺たち四人を白い光が包んだ。



*****



「は~いマロニーさ~ん。世界の救済ごくろ~さまでした~」



 あの間延びしたスローな口調が耳に入って来る。

 見回すと、そこは例の女神様の白い空間。

 体育座りでイジケていたマロニーさんは、急に飛び起きて女神様に食ってかかった。



「このポンコツ! てめえの急な無茶振り依頼をキッチリこなしてやったぞ! 報酬はちゃんとはずんでもらうからな!!」


「も〜せっかく悪い奴を〜倒したんだから〜まずは〜喜びましょうよぉ〜」



 魔王をやってた女の子が俺に小声でたずねる。

 この子はミコトって呼ばれてたっけ。



「誰ですか、この頭の悪そうな話し方をする女性は?」


「女神様らしいですよ」



 勇者と魔王が、全く同じタイミングでマロニーさんと女神様のやりとりへ顔を向ける。

 すぐに全く同じタイミングでこちらへ首を戻した。

 二人ともそろって無表情。



「えっと、あちらの……マロニーさん? は人材派遣の勇者って言ってましたけど、それってどういう……」



 何事もなかったように話しだすミコトさん。

 ああ、うん。

 とりあえず見なかった事にするようだ。

 それも賢い選択かもしれない。



「うーん、俺もさっきマロニーさんと出会ったばかりだから、良く分からないんだ。ごめん」


「そうですか、後で直接聞くしかないですね」



 そんな時、女神様がマロニーさんの追求を打ち切るように、ひときわ大きな声を出した。

 相変わらずスローな話し方だけど。



「とりあえずは〜マロニーさんと〜そちらの男の子を〜生き返らせます〜」


「あっテメエまた報酬を誤魔化そうとしやがって!」


「お二人が〜死んだままだと〜会社の人たちも〜心配しますよ〜。大丈夫〜こちらの勇者と〜魔王やってた二人も〜すぐに〜送り届けますから〜」


「てめえいい加減にしろ! こっちはボランティアでやってるんじゃねえんだ!」



 マロニーさんの罵声にも顔色を変えず、女神様はこちらに手を向けた。

 俺とマロニーさんをオレンジ色の暖かい光が包むと身体が空中に浮かんで上に移動していく。

 距離が離れてどんどん小さくなっていく女神様へ、マロニーさんはずっと悪態をつき続けていた。



*****



「良かった、生き返った」



 俺とマロニーさんを出迎えてくれたのは、さっきの美人な秘書っぽい女性のそんなセリフ。

 マロニーさんは不機嫌な表情で上半身を起こした。

 どうやら俺たちは会社の休憩室のソファーに寝かされていたらしい。


 秘書さんが安心した表情でマロニーさんの頭を軽く抱き寄せる。

 マロニー! オッサン! 役得だな羨ましい!



「シ──マロニー、もう何度もやからだいぶ慣れたけど、あんまり慣れささんといてな。心配は心配なんやから」


「ポンコツに言い聞かせとく」



 ムッツリとしたまま応えるマロニーさん。

 あ、関西弁に戻ってる。

 と、この部屋へさっきの二人が入って来た。



「わ、本当に会社をやってるっぽいんですね」


「僕たちは、こちらでは学生をやっていたからガッツリとは手伝えないかもしれませんが、出来るだけの事はさせて下さい」



 マロニーさんはそんな二人の言葉が聞こえた様子もなく立ち上がる。

 頭をボリボリときながら。

 そしておもむろに「紅乙女」と呟いた。


 右手に突然あらわれる、さっきの日本刀。

 それを軽く振ると、相変わらず不機嫌なまま二人に告げた。



「悪い、君たちの事は、いったん後回しにさせてくれんか。ちょいとヤボ用が出来たし」



 今度は秘書さんに顔を向ける。



「久々にアタマに来た。さっき自分が言ってた件も含めて、ポンコツに文句を言うてくるわ」


「あんまり遅くならんときや」


「ああ」



 顔色ひとつ変えずにマロニーさんとやりとりする秘書さん。

 マロニーさんは部屋のすみ、誰もいない方向へ刀を構えた。

 今度は刀身に青白い光が宿やどり、振り下ろすと空間に切れ目が入る。


 スゲエ、漫画みたいだ!

 そこの読み手のキミ、「小説じゃん」と言いたいのはわかるが今は耐えるのを推奨だ!



「じゃあポンコツに報酬の交渉と、ちょいお灸すえてくんな」


「わぁい、今度は久しぶりにあの神様を斬れるんだ。嬉しいな♪」



 刀から例の女の子の声が聞こえる。

 つかこの刀の声、結構言うことが物騒だな!

 マロニーさんは自分で作った空間の裂け目をくぐって何処どこかへ消えた。


 すぐに地震が起きた。

 表で土砂降りの雨が急に降り出した音。

 あ、雷も近くでズシンズシン落ちてる。

 やがてさっきの近くに、新しい空間の裂け目が現れた。



「よっしゃやったで、フ──笛藤ふえとうさん! さっき取り損ねた与志丘さんの分も上乗せして報酬を振り込ませたし、後で確認よろしく!」



 そう言いながらマロニーさんが裂け目から現れた。

 裂け目の向こうには、ガックリうずくまりながらタブレットっぽいのを操作してる女神様。

 神様も報酬支払うのに携帯端末使うのかよ。


 マロニーさんもビジネススーツがボロボロに汚れて、髪もチリチリになってる。

 まぁ顔は最高にドヤった笑顔だけどな。



「えーと、九割がた違うとは思ってるけど、まさかエッチな方法でんじゃないよな、マロニーさん?」


「んな訳あるかアホ。アイツの最初の中年親父の姿覚えてるからその気になれるか」


「そうそう、マロニーの女性の好みは特殊やからねえ」



 「笛藤」とマロニーさんに呼ばれた秘書さんも、そうツッコむ。

 俺と勇者くんと魔王ちゃんはいっせいに「特殊?」と首をかしげた。



「そのうち嫌でも分かるわ。ウチで働いてくれるんやったらね」



 肩をすくめる笛藤さん。

 うーん、ショートカット美人がやると、いちいちサマになるなぁ。

 だけどそこへ、全然聞き覚えのない女の声が俺たちに掛けられた。



「まあまあ。そうケチケチせんでも、いま教えてくれても良かろうに」



 ギョッとなってこの場の全員が声の発生源に顔を向ける。

 そこには着物を着た、黒いつややかな長髪の20代ぐらいに見える女性が立っていた。

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