第5話 通りすがりのダーティーエルフだ!

「ふざけた奴め、貴様もこの世界の肥やしにしてくれるわ!」



 敵の聖騎士の身体がふくれ上がった。

 いっきに三倍ぐらいになって、見上げるぐらいの巨人になったんだ。

 だけどマロニーのオッサンは全く変わらない態度。



「ははは笑えるねぇ。借り物のチートでイキがる雑魚は」


「借り物ではない! 選ばれし者だけが身につけられる才能だ!」


「おー、必死の言い訳よく言えました。えらいぞ、ボウヤ」



 うっわ、すんげえあおってる。

 でも大丈夫かな、さっき与志丘さんに怒られてたオッサンが。

 なんか心配になってきたから、俺は解析チートの情報をマロニーさんに叫んだ。



「大丈夫ですか!? その聖騎士が持ってるの、無限自己修復リジェネレーションってチートですよ!」



 それを聞いても、どこ吹く風な態度のままなマロニーのオッサン。

 突然、目に見えない誰かに語りかけるようにひとちた。



「だ、そうだ。傷がすぐ治るなら、久々にたっぷり斬りまくれそうだぞ」


「わぁい、たっぷり楽しもうっと!」



 どこからか聞こえた女の子の声に、俺は思わず周囲を見回した。

 振り返ってそんな俺の姿に苦笑したマロニーのオッサン。



「後で教えてやるよ」


「馬鹿め敵を目の前にして背中を向けおって! 死ねえ!!」



 俺へと向き直ったマロニーのオッサンに向かって、聖騎士がこぶしを振り落とす。

 床を砕く音と土埃つちぼこりが巻き上がる直前に、まぶしく光るものが閃いた。



「せっかく背中をのに、声を出したらバレバレだろ。これだからチートでヌルゲーやってるお子ちゃまは……」



 言ったそばから、聖騎士が振り下ろした腕が細切こまぎれに解体される。

 驚いた表情が一瞬、顔に浮かぶ聖騎士。

 さっきの女の子の声が、マロニーのオッサンみたいに煽る。



「ほら早く再生して! もっともっと斬った感触を私に味あわせてよ! ハリー! ハリー!」


「喋ってるの、刀!?」



 マロニーのオッサンは目だけ一瞬こちらに向けると、「ご名答」とだけ言ってニヤリと笑う。

 顔を真っ赤にした巨大聖騎士が、何かよく分からない叫びをあげた。

 たぶん、ふざけるな〜! みたいな言葉なんだと思う。


 切り刻まれた肉片がすぐに集まって、解体された右腕が元に戻る。

 マロニーのオッサンが俺に何か放ってよこした。



「悪い洋児くん、壊したくないからそれ持っててくれ。作るの高かったんだ」


「わぁコレ手首!? い、いや作り物……義手!?」



 受け取ったものを見ると、革手袋をはめた手首。

 硬い感触で作り物と分かった。

 あわててオッサンを見たら、左の袖口そでぐちから先が綺麗に消えていた。



「あんた左手が無かったのかよ!?」


「右目と同じ奴にやられた。まぁコイツら始末するのには問題ないよ」



 言ったそばからオッサンの右腕が高速で動いて、巨大聖騎士を激しい閃光が無数に包んだ。

 その後にマロニーのオッサンが右手の刀を軽く振ると、細かい肉片になって聖騎士は崩れ落ちる。

 刀から聞こえる女の子の声が響く。



「ご主人様、コイツほとんど人間辞めてますね。もう魔物と同類ですよ」


「あー、ますます楽勝だ」



 そんなやりとりをしてる間に、肉片が集まって聖騎士が再生した。

 怒りに満ちた表情で奴は叫ぶ。



「いくら切り刻もうと、この俺は殺せん! お前の体力が尽きた時が地獄の始まりだ!!」


「あっそ。まあ面倒臭くなってきたからそろそろ死んどけ」



 右手の紅乙女と呼ばれた日本刀が白く輝き、マロニーのオッサンが勢いよく振り下ろす。

 光る斬撃が飛んでいった。

 聖騎士が肩から袈裟斬りに、上下に斬り落とされる。

 だけど余裕の表情を取り戻した聖騎士は自信満々に告げた。



「無駄だ、何度斬られようとも俺は不死身!! この程度の傷なら一瞬で再生……しない!?」



 ずるりと聖騎士の上半身が地面に落ちる。

 今度こそ心の底から驚愕した表情で、オッサンを見上げる聖騎士。

 マロニーのオッサンは再び日本刀「紅乙女」を肩に担ぐと、呆れたように語りかける。



「さっきの斬撃は魔物の再生能力を無効化する。洋児くんからお前のチートを聞いても態度変えない俺に、対抗手段持ってる可能性を考えろよ」



 言いながら無造作に刀を振り下ろすマロニーのオッサン。

 斬撃は正面の聖騎士でなく、今度は真横に飛んでいく。

 オッサンは聖騎士から目を離していない。


 斬撃が飛んでいった先を見ると、そこには炎を吐く寸前だった、頭に人間の胴体がくっついたドラゴンの姿。

 斬撃に縦半分に綺麗に切断された、頭に人間の胴体をつけた変なドラゴンは、魚のひらきのように左右にぱっかり広がり地面に崩れ落ちる。

 地響きが納まるとマロニーのオッサンはため息をついた。



「行動が遅すぎるな。俺が背中を向けた時に、聖騎士こいつと一緒に不意打ちするぐらいじゃないと。ただでさえ勝てないのに、さらに勝ち目を下げてどうするんだよ」



 彼らを心底から馬鹿にしきった表情で語るオッサン。

 なんかこの恋人っぽい二人のピンチに、いい感じに割って入ったのはいいけど何というか……。



「なあオッサン、さっきからセリフが悪役みたいだぜ」


「親に泣かされた不幸な子供をさらに搾取しようって外道なんかに、かける情けなんざ持ち合わせてねえ」



 そう言いながら俺のほうへ首を向けたマロニーのオッサン。

 彼の顔を見た瞬間、俺は背筋が凍り付いてその場にへたり込んでしまう。

 自然と目から涙があふれ出した。

 これは恐怖なんだろうか?


 さっきにらまれた時の比ではないほどの鋭い眼光。

 そこに宿っているのは凄まじい怒り。

 だけど、それ以外の感情も混じってる気がする。


 気のせい、なんだろうか。

 さっきの女神さまが言ってたマロニーのオッサ……マロニーさんの過去に関する事?



「ひゃ……ヒャハハハ! お前こいつら二人を助けたいんだろ!? 目の前で殺してやるわ!!」



 突然の叫び声にそちらを見ると、魔族のちょっとオネエっぽい雰囲気の男が勇者と魔王の女の子を羽交い絞めにして首元に魔王の武器をあてていた。

 あれ、こいつ腕が四本あったのか。

 だけど魔族の腕はすぐに全てボトボト地面に落ちる。


 見るとマロニーさんが伸ばしたから、さっきのむちが繰り出されていた。

 何も無いはずの左手から!

 そして鞭の先には、右手に握っていた紅乙女と呼ばれた日本刀。


 これで魔族の腕を切断したのか。

 全然見えなかった。



「な、早い……!」



 鞭はまるで触手のようにのたくると、オネエっぽい魔族に巻き付く。

 いや「触手のように」じゃない、本当に触手なんだ!

 まるでタコみたいな触手が魔族に絡みつくと、マロニーさんが足を踏ん張り左腕を引き寄せる。

 巻き戻る触手に引きずられながら、ヤツはマロニーさんの目の前に転がされた。



「俺の吠え面をながめようとか、欲をかくからそうなる」



 日本刀紅乙女を再び右手に握ると、マロニーさんは躊躇ちゅうちょなく地面の魔族に突き立てた。

 魔族は苦しそうにうめく。



「嫌だ……死にたくない」


「あの二人が絶望する姿をゲラゲラ笑ってたお前が言うな」



 マロニーさんが右手をひねると、魔族は身体をビクリと震わせて絶命した。

 俺がステータスを確認してもHPがゼロになっていた。

 改めて聖騎士に向き直るマロニーさん。



「さて、お仲間の二人は……『マナ』だっけ? それになっちまったぜ」


「ば、馬鹿を言うな、俺たち三人が絶望の感情をマナに変換していたんだ。その俺たちが死んだら元も子も……」


「じゃお前を消せば本当に依頼完了だな」


「依頼!? じゃあ金で俺たちを倒すのかキサマ!!」


「俺は勇者でも正義の味方でもないからな」



 冷たくそう言うと紅乙女を振り上げるマロニーさん。

 その刀身が白く光り輝く。



「ひっ、助けて!」


「金ずくで動く悪党の俺に頼み事か」


「金ずく……! そうだ助けてくれるなら何でも差し上げます! だから殺さないで!!」


「そうやって命乞いする相手を何人も殺してきたんだろう? お前も助けを乞いながら死んでいけ」


「ひぃ……!」



 上半身だけの聖騎士は今頃になって、残った腕一本でズルズル這って必死に逃げ始めた。

 マロニーさんが何度も言ってたように、少し行動が遅すぎるな。

 振り上げた紅乙女の光が、目を開けてられないほど強くなる。


 振り向いたヤツの顔は恐怖ににごりきっていた。

 逃げる聖騎士の上半身へ、マロニーさんは紅乙女と呼んだ日本刀を振り下ろす。



 ズシン。



 光に飲み込まれる聖騎士。

 地響きの中に、やつの叫び声が混じっていた気がした。




「終わった……のか?」



 そう言いながら俺が目を開けると、マロニーさんの目の前にはでっかいクレーター。

 聖騎士の身体はさっきの光で蒸発したのか、欠片も残っていない。

 例の恋人っぽい二人は、呆けたようにマロニーさんを見つめていた。



「ああそうそう」



 マロニーさんがそう言って二人の前に立つ。

 ニヤっと敵意なく笑うと続けた。



「君たち、良かったらウチの会社『企業ブラック』で働かないか? 人材派遣の勇者は少しでも多く欲しいんだ」



 しかし二人はマロニーさんの言葉が聞こえた風もなく、呆然としたまま。

 女の子のほうが、ようやく絞り出すように言葉を出した。



「あの三人をこんな簡単に……貴方はいったい何者なんですか?」



 マロニーさんは日本刀「紅乙女」を肩にかつぐ。

 そして不敵に笑った。





「ただの通りすがりのダーティーエルフさ」

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