第4話 どこかの名も無き世界の物語

 世界を暗黒に導き破滅させる者。


 魔王。


 その魔王が住まう城、魔王城。

 いま、世界の命運を背負った勇者が、仲間と共に魔王城の中をひた走る。


 その数は勇者も合わせて四人。

 他の仲間はその途中で脱落した。


 ある者は彼等の血路を開く為に。

 ある者は殿しんがりとなって襲いくる魔物から彼等を守る壁となって。

 ある者はその命を持って罠の存在を知らせ。


 その彼等の犠牲から、涙を流して目を逸らし、えて前を向いて勇者は進む。

 仲間も進む。


 世界を救う為に。



 そしてついに辿り着いた、魔王の待つ王座の間。

 暗くねじくれた色彩と、死と狂気に犯された者が作り上げたような、禍々まがまがしい装飾に彩られた広間。


 そんな精神がおかしくなりそうな装飾ながらも、奇妙な美を感じさせる大広間の奥の、ひと際高くなった場所。

 そこに続く長大な登り階段の果てに、見る者を威嚇するかの如き刺々とげとげしい意匠の暗黒の玉座。

 そしてそこに座る怪人物。


 それこそが魔王。

 勇者が目指す者。



 魔王は玉座から立ち上がった。

 それは、知らぬ者が見たら拍子抜けしそうなほど小柄なシルエット。

 そしてその姿は。



「あれが魔王。少女の姿をしているが、魔族の頂点に立つ実力を持つという……」



 そう漏らす、勇者の仲間の聖職者たる僧侶。他の仲間の聖騎士も魔法使いも、ゴクリと喉を鳴らす。

 しかし勇者だけは違った。

 勇者は戦意を見せるでもなく静かに仲間より前に出ると、魔王に語りかける。



ミコト、なぜ君が……?」


マサル先輩、なぜそこに……?」



 魔王と呼ばれたその少女も勇者に返した。

 学校の図書室で知り合った年上の先輩、年下の後輩。

 あるいは年上の少年、年下の少女。


 ある日突然、白い光に包まれてこの異世界に召喚された。

 学校に残されたであろう、付き合い始めた恋人の事が気にはなったが、それ以上に事態は足踏みを許してくれなかった。

 だが学校に残したとお互いが考えていた相手と、こんな場所で再会するとは。



「勇者殿、早く魔王を倒さないと世界の命運が……」


「魔王様、勇者を倒さねば我ら魔族に明日はありませぬ」



 後ろの仲間や側近が彼ら二人をそうせっつく。

 しかし魔王に「マサル先輩」と呼ばれた勇者はかぶりを振った。

 手に持つ聖剣をガランと落とし、彼が「ミコト」と呼んだ魔王を見つめる。



「駄目だ、俺はミコトと戦うなんて出来ない」


「ダメ、先輩とだけはダメよ……!」



 魔王もまた、武器を落としてそう呟く。

 それでも当然ながら二人に戦いをうながす周囲の者たち。

 しかし勇者と魔王の二人は、戦闘の意思を見せることなくお互い近づこうと足を動かし──。


 ザクリ。


 突然背中に受けた衝撃に、前のめりに倒れた魔王と勇者の二人。

 振り向くと、そこには武器を手にした彼らの仲間の姿。

 しかも手にした武器は、今しがた落としたばかりの聖剣あるいは魔王の呪鎌。



「な、なぜ君が俺を攻撃するんだ……」


「なぜ貴方がその聖剣を持っているの……?」



 今までの態度が嘘のように下卑た笑いを顔に貼り付ける、勇者の仲間あるいは魔王の腹心の側近。

 勇者を斬りつけた仲間の聖騎士の手には魔王の呪鎌。

 魔王の側近が持つは勇者の聖剣。



「馬鹿な者たちだ。我等が作った聖剣や呪鎌を神から下賜かしされたものだと信じるとはな」



 魔王の側近も口を開く。

 聖騎士の発言を修正するように。



「いや、我等こそがこの世界の神なのだから間違いでは無いではないか、『聖騎士』よ」


「クク、違いない」



 勇者の仲間の聖騎士がニタニタと嫌らしい笑いを浮かべる。

 不死身の祝福を神から受けたという、どんな傷でもたちどころに治癒していく能力を持つ聖騎士が。



「恋人同士で殺し合う、悲しみと絶望の果てに生贄にしたかったが少し予定変更だ。信じていた仲間に裏切られた絶望ってのも悪くはない」


「な……んだって……!?」



 マサルと呼ばれた勇者の、その驚愕の表情に呼応するように魔王の側近はゲラゲラと笑う。

 勇者の仲間たちも。

 側近は、下卑た者が勝利を確信した時の傲慢な表情で二人に告げる。



「大気に満ちるマナ! 世界の全てを支える構成要素のマナ! 魔法を使うための魔素マナこそは人々の怨念と絶望の感情でできているのだ!」


「「ふふふ。怨みや絶望が大きいほど、放出されるマナは良質に大量になっていく」」



 勇者の仲間である僧侶と魔法使いも、まるで同一人物が動かしているように口をそろえてそう告げた。

 勇者は苦痛をこらえ、怒りを込めた目でにらむ。



「お前たちは最初から……!」


「ははは、そうだその目だ! いいぞ、今の貴方を殺せばさぞかし良いマナが採れそうだ!!」


「そんな、この世界を救うためだからって、私は……」


「「ほほほ! そうよ、マナが枯渇しかけた世界の為にマナの肥料になりなさい!」」



 床にへたり込むミコトと呼ばれた魔王の少女。

 やがて彼女は手を固く握りしめると、そこに膨大な魔力をこめる。

 その表情もまた、勇者と同じく怒りに満ちていた。


 マサルと呼ばれた勇者もまた、握りしめた手にオーラをまとわせる。

 レベルの上限が99のこの世界において、レベルが100になる事が許された唯一の存在である自分の攻撃だ。

 素手の攻撃でも、本気で殴ればただでは済むまい。


 雄叫びをあげるとマサルは、仲間だった聖騎士に殴りかかる。

 後ろでミコトが側近に攻撃魔法を使った物音が、彼の耳に届いた。


 バシン。


 聖騎士が余裕に満ちた顔をしながら手で受け止めた。

 この魔王城を守る強大な魔物すらをも打ち砕いた、圧倒的な力を込めた勇者のこぶしを。

 後ろでミコトの悲鳴が聞こえた。



「そんな、この世界で唯一レベル100を許された私の魔法を片手で受け止めたの!?」


「ははは!! そんな戯言たわごとまで真に受けていたのか! 相変わらずお目出度めでたい頭をした小娘だ!!」



 側近はミコトの魔法を握り潰す。

 『聖騎士』も受け止めた勇者の拳を掴むと、ボロ雑巾のように振り回してミコトの立っている方向へ投げ飛ばした。

 そして魔王の側近の言葉を受け継ぐように話す。



「この世界のレベル上限が99でお前たち二人だけが100になる事を許された? 馬鹿め、本当のレベル上限は『999』だ」


「なん……だって……!?」



 魔法使いと僧侶がいつの間にかひとつに重なり異形の化け物になっていた。

 巨大なドラゴン、その頭に僧侶の上半身がくっ付いた状態。

 その僧侶がさらに絶望的な事実を告げる。



「ふふふ。この状態での私の本当のレベルは942です」


「俺のレベルは978」


「魔王様、私めのレベルは969でございます」



 魔王の側近と『聖騎士』も、それぞれ自身の本当のレベルを告げた。

 それが嘘ではないのは、勇者と魔王となった恋人二人に叩きつけてくる威圧感が証明している。

 今度こそ死んだ魚のように目から光が消えたミコト。

 どこにも希望は無いのか。


 母親に虐待され学校の給食以外はまともな食事も滅多に食べさせて貰えず、ただ世間体のためだけに学校へ行かされていた自分ミコト

 マサルもまた、年齢を偽らされ非合法に夜間作業の仕事にかされていたらしい。

 そして稼いだ給金は全て、働かない父親に巻き上げられていたと。


 うなだれる、魔王となった少女。

 マサルは必死に彼女の元へ這い寄り、おおかぶさるようにミコトを抱き寄せる。

 そんな彼等を嘲笑あざわらい、高らかに聖剣をかかげる魔王の側近。



「ははは! 貴方たちは世界を救う側だ、ただし枯渇したマナの材料としてだがな! 諦めろ、救ってくれる者など誰もいない!」



 聖剣が振り下ろされる気配を感じてマサルはミコトを庇うように抱きしめる。

 しかしいつまで経っても何も起こらない。

 聞き覚えの無い男の声が響いた。



「いるさ、ここに一人な」



 いつの間にか魔王の側近が握る聖剣に、鞭のような物がからみついている。

 側近の驚愕の一瞬をついて、聖剣はその鞭に奪い取られた。



何奴なにやつだ!?」


「通りすがりのダーティーエルフさ」



 聖剣を絡め取った鞭が戻っていった先から歩いてくる人影が二つ。

 学生のような雰囲気の若い日本人を後ろに引き連れた者。

 濃緑のビジネススーツを着た、右眼に眼帯をつけた若い男が不敵な笑みを浮かべて歩いてきた。



「や、ヤバいですよ、あの三人。さっきの魔王と強さ同じぐらいです」


「ふぅん、


「何だと!?」



 いきり立つ魔王の側近、聖騎士、そして僧侶と魔法使いが合わさった異形のドラゴン。

 聖騎士が怒りもあらわに叫ぶ。

 せっかくの楽しみに水を差された形になったのだから、聖騎士にとっては当然だった。



無粋ぶすいな邪魔者め、殺す前に名前だけは聞いてやる!」



 男は奪った聖剣を後ろの学生に渡した。

 すぐに何処からか日本刀を取り出し右手に握る。

 肩にかつぐと不敵な笑みのまま叫んだ。



「悪党に聞かせる名など無い!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る