君との終わりは見えなくていい
蒼山皆水
プロローグ
プロローグ
僕には、恋の終わりが見える。
ロマンチックな比喩などではなく、実際に。
その人が恋人と別れるまでの日数が、頭の上に数字として現れるのだ。
色はグレー寄りの黒で、ちょっと透けている。フォントも特段変わったものではない。パソコンとかスマホとかに表示されるような全角数字をイメージしてもらえればいい。
人間が動くと、その数字も一緒に動く。触ることはできないが、僕の意識次第で透明度を制御することはできる。
数字は、基本的には見えない状態になっていて、見ようとすると見える。右手を上げようとすると右手が上がる。「あいうえお」と言おうとすると「あいうえお」と発音される。そんなふうに。
寝ぼけていたりボケっとしていたり、そういうリラックスしている状態だと、数字が薄く浮かび上がってくる。これは反射に近い。寒さを感じると鳥肌が立つ、みたいなものだと思う。
少し邪魔なときもあるけれど、日常生活に支障が出るほどではない。
とはいえ、役に立つかと言われると、自信を持って肯定することのできない、微妙な能力だ。能力と呼んでいいのかも微妙である。
数字が見えるこの不思議な力には、いくつかルールがあった。
恋人がいない人にはそもそも数字は見えないし、複数人と交際しているような人には、複数の数字が見える。
頭の上の数字は、恋人と別れる日に0になり、別れた瞬間に、その0も完全に消える、と推測される。
他人が別れた瞬間なんて見たことはないので確実ではない。けれど、午前中に0の数字を浮かべていた人が、同じ日の午後に数字が消えた状態で、友人に慰められながら泣いている様子を見たことがある。ほぼ間違いないだろう。
この力は、ものごころついた日からあった。数字のことを初めて母親に尋ねたときはずいぶん心配された。たしか、四歳くらいだったと記憶している。
「これ、なあに?」
幼少期の僕は、母親の頭の上にある数字を指さして言った。
当然、僕以外の人にも見えているものと思っていたので、そのときはなんの疑問も持っておらず、ただ単に、頭の上にある、見えるのに触れない不思議なものはなんなのだろうという意図で質問をしたのだった。
「これって?」
母は怪訝そうに眉をひそめた。
「ここにある、黒っぽいやつ」
幼き日の僕には、母の頭上にある五桁の数字がはっきり見えていた。でも母親は、そんなものはない、とでもいうように視線をさまよわせる。
「
母がこわばった顔をして初めて、僕は見えてはいけないものが見えているのかもしれない、と思った。
黒という色も、どこか不吉な印象があったのだろう。母は僕を病院に連れて行こうか迷ったらしいが、小さいころの僕が必死に抵抗したため、結局やめたという。
そのころの僕には、病院は痛いことをされる、地獄みたいな恐ろしい場所というイメージがあった。注射に至っては、世界の終わりだと思っていた。当時、もし病院に行って検査をしていたら、脳科学的に新しい発見がなされたかもしれない。
不思議な力を失うことはなく、僕はまあまあ健康に成長していった。今は、一般人よりも少しネガティブで根暗な、特筆すべきことのない男子高校生をしている。
他人の頭の上に数字が見えることは、普通ではない。
早い段階でそれを正しく理解した僕は、力を隠すようになっていた。
そして、小学校高学年くらいのときには、その数字が何を表しているかも理解した。
その人が恋人と別れるまでの日数。
それが、頭上の数字の正体だった。
僕には、恋の終わりが見える。
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