花に意味なんてない
軒下ツバメ
花に意味なんてない
人は花を贈る。
特別な時に花を贈る。
迎える時、送り出す時、祝う時、ありがとうを伝える時。
だけど、私は思うのだ。
「花を渡されても食べられないし、すぐ枯れるし、正直邪魔」
ムードぶち壊しなことを、思ってしまうのだ。
上京して三年目の、秋。
祖母が倒れたという連絡があった。
昔から共働きの家庭で育った私は、幼稚園にあがるまで両親とではなく一日のほとんどを祖母の家で過ごしていた。
祖母と祖父。二人を見て、私は育った。
世間でいう祖父母の孫に対する接し方とは異なり、私は二人から厳しく育てられた。
ありがとうも、ごめんなさいも、箸の持ち方も。礼儀や人との関わり方も二人から学んだ。
両親から学ぶはずのそれを、私は二人から教えてもらった。
感謝しているし、祖父母のことを私は愛している。
勿論、両親のことだって私は好きだ。けれどきっと、私は普通の感覚とは逆転している。
親を祖父母のように。祖父母を親のように思っている。
好きの感覚が逆転している。
だから祖母が倒れたと連絡を受けた時、心臓が止まりそうになった。
まだ大学の授業は残っていたが、その場ですぐに休みの連絡を入れると、家にも戻らず新幹線に飛び乗った。
走ったのと、精神的なもので、心臓がバクバクいっている。
席は空いていたがどうにも落ち着かず、デッキで立ったまま二時間過ごした。
時間が、ひどく、長く感じた。
最後に祖母と会ったのはいつだろう。今年の夏はバイトや友達と遊ぶ約束で予定が埋まり、帰らなかった。年末に帰ったのが一番最近だ。
年末に帰った時だって、なんとなく一緒に紅白を見て、年越しそばを食べて、年始の挨拶をして、それだけだった。
「じゃあ、またね」
感慨も何もない。そんな軽い挨拶が最後の会話になってしまうのか。
何も。本当に、何も。孝行と言える何かを、したこともないのに。
帰ったら、いつもお帰りと言ってくれてた存在が、いなくなってしまうなんて。
いやだ。
まだ、お帰りと言ってほしい。
いやだ。
馬鹿なことをしたら叱ってほしい。
いやだ。
頑張ったら褒めてほしい。
いやだ。
まだ何も返せていない。
――お願いだから、まだそこにいて。
「お帰り」
「……倒れたって聞いたんだけど」
伝えられた病室に到着した私にはきはきと明瞭な声で挨拶してきたのは、倒れたはずの祖母だった。
「おじいさん、大騒ぎしちゃって。ただの立ち眩みだったのに」
病院のベッドの背もたれに寄りかかりながら、座る祖母は、前に会った時よりも頼りなく感じた。
こんなに祖母は小さかっただろうか。
「まあ、年も年だし念のためにってね。キヨも忙しいのにごめんねえ」
「いいよ、そんなの」
謝らないでほしい。謝ることなんかない。
おばあちゃんは、昔のまま何も変わらずいると、勝手に思っていた私の方が謝らなくちゃいけない。
「キヨ。なんて顔してるの。ばあちゃんまだ死んだりしないよ」
「…………おばあちゃん。夏休み、帰らなくて、ごめん」
「そんなのは謝ることじゃないよ。そりゃあ顔を見られたら嬉しいけど、あんたが元気でいたら。それで充分」
おばあちゃんは、いつもそうだ。ずるい。
「あらあら、大きくなっても泣き方は変わらないわねえ」
頭を撫でる手が、しわしわの手が、優しかった。暖かかった。
人の体温にほっとして、緊張がほどけたら、止まらなかった。涙がぼろぼろと目からたくさんこぼれてしまった。
わんわん私が泣いていると、病室のドアが開き、両手にカバンを持った祖父が入ってきた。
きっと祖母の荷物を取りに行っていたのだろう。
数時間前に連絡したばかりだった私がもう病室にいることに驚いたのか、室内に足を踏み入れた姿勢で固まっている。
それを見て呆れた祖母が私が泣いている理由を話すと「すまん」と祖父は謝った。
「ばあさんが体調を崩すなんて久しぶりだったから、動揺して、つい」
「それにしても、ですよ。騒ぎすぎです。どうするんですか。隣近所の人たち皆に聞こえてましたよ、あなたが大騒ぎする声。恥ずかしい」
「恥ずかしいことあるか」
「キヨだって、休みでもないのに帰ってきちゃったんですよ。もう。あなたが取り乱してどうするんですか」
「それは……すまん……」
二人のいつもの通りのやりとりを見たら、ほっとして私はまた泣けてしまった。
「あんた、いつまでいられるの? 学校あったでしょ今日も」
「んー。単位たりてるからもうちょっと休んでも大丈夫。今週いっぱいはいる」
「そ。お義母さんのお見舞いお願いしてもいいの?」
そのつもりで来たと伝えると、母は私の頭をぐちゃぐちゃに撫でていった。行動ではなく、言葉にすればいいのに。
嫁姑戦争がどうとかテレビでやっているのを見かけたことがあるけど、うちのおばあちゃんとお母さんは仲が良い。
どうやら性格が似ていて気が合うそうだ。
血の繋がっているはずのお父さんより、お母さんの方がおばあちゃんに似ているらしい。
自分の母親と似ている女の子を好きになったお父さんはマザコンかも。と前の私は思っていたけど最近は考えが変わった。ただおばあちゃんもお母さんも、二人とも魅力的な人間なだけなんだということが今なら分かる。
ちょっと前は恥ずかしくて、そんなこと思えもしなかったけど。
「そうだ、キヨ。おばあちゃんの庭の世話もお願いできる?」
「え、まだやってたのガーデニング。腰痛いって言ってたのに」
私が産まれるずっと前から祖母はガーデニングをやっていて、毎日の日課だと言い世話をしていた。
数年前あたり、私が高校生の頃には、腰が辛い痛いとこぼしていたはずだが、まだ続けていたようだ。
「前より狭い範囲にはなったけどね。思い入れもあるだろうし、身体が思い通りに動くうちはやめたくないんじゃないの」
そういえば「一緒だから」って言いながら、おばあちゃんは庭の世話をしてた。
……でも、何に対して一緒だと言ったのか、私は忘れてしまった。
東京と違って、秋の始まりでも地元だともう肌寒い。
祖母の花壇に水をやっていると、風の冷たさに思わずくしゃみが出た。
庭は前より狭い範囲にはなった。とお母さんは言ってたけど。それにしても記憶にあるものよりもずっと狭く感じる。
幼稚園に私があがる前、一緒に祖母と庭いじりをしてた時は、もっともっと広く、ジャングルのように感じていた。
それが今はこんなにも狭い。
花壇にはサルビアとマリーゴールド、ぺんぺん草も生えている。あと、これは、何だろう。知らない花も植えられている、咲いたら分かるだろうか。
昔はもっと種類も多かったはずなのに。今は、これだけか。
切り花よりは長い時間だとしても、庭に植えて育てても、花はあっという間に咲いて、あっという間に枯れて無くなってしまう。
植物も生きているのだから、当たり前なのだけれど、私は思うのだ。
無くなるものを大事にすることに意味はあるのだろうかと。
可愛くない、考え方だ。
そういえば去年別れてた彼氏にも、可愛げがないと、最後に言われた。
……そろそろ、面会時間だ。
食事制限はないようだから、おばあちゃんの好きな栗ようかんでも持っていこう。そういえば地元の商店街で買い物するのは、久しぶりだ。もう随分と寄っていなかった。
久しぶりに寄った商店街の和菓子屋のおじちゃんは、私のことを覚えていた。だけど店で実際に働いていたのは、年が離れているから関わりはないけれど、何度か顔は見たことのある和菓子屋のお孫さんだった。店の奥の調理場でせっせと荒い者をしていた。
会計は、ちょっと前に孫と結婚したんだ。とおじちゃんが教えてくれた女性がしてくれた。
おじちゃんは、孫の顔を見るのが楽しみで仕方ないと笑っていた。店の経営は完全に息子に任せたし、孫も継ぐと言ってくれるから安心して引退出来ると笑っていた。
私が高校生の頃は、お兄さんは一般企業に勤めていたはずだった。店は息子の代までかなとおじちゃんが残念そうにこぼしていたのを覚えている。なのにたった数年でこんなに変わってしまうのか。
商店街の通りも、シャッターが下り、閉め切られている店を何軒か見た。前まではそんなことなかったのに。
たった数年。たった数年だ。なのに私の知っている姿と変わってしまっている。
私は、ここにいないのだなと。改めて思った。
誰にも言ったことはないけれど、私は病院の白さがあまり好きではない。
清潔感よりも、病院の白は死のイメージがよぎってしまう。
昨日も、病院に到着した時不安でたまらなかった。
命にかかわるほどの病気ではなかったのだとしても、この場所の雰囲気におばあちゃんが連れていかれてしまうのではないか。そんな考えが、病室を開けて無事を確認するまで消えなかった。
今も、その思いはある。
長い時間をここで過ごしてしまったら、帰ってこられなくなってしまうのではないかと思う。
今日も病室の扉を開ける瞬間。少し、怖かった。
「キヨ。こんにちは。ありがとうね」
「こんにちは。おばあちゃん、体調どう?」
家族でも。家族だから、挨拶はちゃんとしなきゃいけないってのがおばあちゃんの教えだ。
「大丈夫よ。あら、キヨ。手ぶらでいいのに、何を持ってきてくれたの?」
「喜多屋さんとこの栗ようかん。私も一緒に食べようと思って」
「そう。ここの引き出しの二番目にお皿あるわよ、ほら。お茶は、売店かしらね。そうだ喜多さん元気だった?」
「四代目も決まって安心だって言いながらお茶飲んでた」
病人なんだからじっとしてればいいのに、性分なのかおばあちゃんは話しながらててきぱき動いている。
お茶は私が買ってくるから。そう言って止めないと、自分で買いに行ってしまいそうだった。
「じゃあ、お茶買ってくるからちょっと待っててね」
はいはい。仕方なさそうに言うおばあちゃんの返事を背中で聞いて、私は一階の売店に向かった。
病棟から受付がある一階まで移動すると、一気に人が増える。
平日だから入院病棟だと面会に来る人も少ないようだったが、受付は平日でも人が多い。
売店に向かっていると、おばあさんに手を引かれて歩くマスクを着けた三歳くらいの子とすれ違った。
頑張ったね、家に着いたらゼリーあるからねって、おばあさんが女の子に話しかけている。
懐かしい。
私も病院には祖母と来ていた。いつも両親は仕事を抜けられなかったため、祖母と来ていた。さっきの子と同じように手を繋いで。
「ただいま、おばあちゃん。緑茶でよかったよ……ね……」
見た瞬間、嫌な予感が頭をよぎって慌ててベッドに近づいた。
人の気配を感じたのか、私が顔をのぞきこむとおばあちゃんは目をゆるゆると開ける。良かった、うたた寝をしていただけだ。
「お帰り、日差しが暖かったからうとうとしちゃった。ありがとうねえ頂こうか」
「うん…………」
本当のさよならをする時は、きっと信じられないくらいにあっけないのだろう。そんな予感がして、しかもそれは当たっているような気がして、落ち着かない。
「喜多屋さんの栗ようかん食べるのも久しぶりだわ。ありがとうねえ」
「そうなんだ。前はよく買いに行ってたよね?」
「ああ、キヨがいたからね。おじいさんはちょっとしか甘いもの食べないから、二人だと余っちゃって。清慈も茉莉さんも仕事忙しくて家にいないし」
栗ようかんは、おばあちゃんの好きなものだと、私は思ってた。だけど違ったのかもしれない。子どもの私が美味しいって食べてたからおばあちゃんはいつも買っていたのかもしれない。
「そっ……かあ。じゃあ買ってきてよかった」
「そうだ。花の世話もキヨがしてくれてるんでしょう。ありがとう。おじいさんだと腰がねえ」
「うん。……庭、狭くなったね」
「今はもう、あれくらいがちょうどいいのよ。大事なのは残しているから」
残っている。花。狭くなっている、花壇。それを思うと、とても苦しくなった。
昔から、育てているものだ。大事なんだ。分かっているのに、どうしてだろう。言葉がぽろっとこぼれてしまった。
「おばあちゃん。私、花があまり好きになれない。最後には枯れちゃうし、意味ないじゃない」
花を大事に育てている祖母に対して、言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
直視していては言葉に出来なかったのでいつの間にか俯いていた顔を、怖々あげる。
「花に意味?」
一体この子は何を言い出したのだろうとでも言いたげにきょとんと目を丸くした祖母は、突然からから笑いだした。
「花に意味なんてないわよ。何言ってるの」
意味が、ない。意味がないと言うのに、祖母はどうしてあんなに愛情込めて、育てていたのだろう。
行動と発言が一致していない。
「でもね、意味なんてないけど必要なのよ。」
「ないのに、必要なの? どうして?」
子どもみたいな質問を私はしている。
世界の全部が不思議で溢れていた頃も、私は祖母に色んなことを聞いていた。
「気持ちが落ち込んでる時や、疲れている時。花を見るとね、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、心がふわっと持ちあがるのよ」
それだけでも、必要なのよ。と続けるおばあちゃんを見ていたら、どうしてか涙がこみあげてきた。
どうしても、必要なものではない。必要なものではないけど、必要なもの。
それって、きっと。
「造花だって、あれはあれで綺麗だけど、またちょっとね。違うのよ。何でかしらね? 生命力ってやつなのかしら?」
「……そうなのかもね」
生きている。それだけ。それだけが。
「まあ、私がいまだに花を育てているのは、名前が名前だから、思い入れがって理由もあるけどね」
「……なずな。私、なずなって春の七草だってことしか知らない」
春の七草のなずなは祖母の名前だと、子ども頃に確かに思ったはずなのに。どんな植物なのか一度も調べたことがなかった。
「絶対見たことあるはずよ。だってなずなって、ぺんぺん草のことだもの。花っていうより雑草なんだけどね」
「え、じゃあ庭で育ててるのって……」
一緒だからって。おばあちゃんが前に言っていた。それは。
「そう。清慈もいるわよ」
「せいじなんて花、聞いたことない。あった?」
ふふふと笑って、おばあちゃんは謎を明かす探偵みたいにもったいぶる。
「きっとわかるんだけどねえ。セージってあまり言わないからねえ。日本名だとねセージはサルビア。ほら、ちゃんといたでしょう」
知らなかった。じゃあ他は? 考え始めるとすぐに思い至る。
お母さんは茉莉だからマリーゴールドか。ふふ、茉莉花じゃないんだ。
私の顔を見て気づいたのか、祖母も笑った。
「ふふ、正解。あとねキヨもいるわ」
「え。どこによ。そもそもキヨなんて花ないじゃない」
「まあ、だいぶこじつけだけどね。清慈がまだ子どもだった頃、反抗期だった頃ね、男なのに由来が花の名前なんて格好悪い。って私に言ったのいまだに気にしてるらしくてね」
頑固なのは昔からねえ。とおばあちゃんが優しく笑う。
「あんたの名前の漢字。読めないって、昔ぶーぶー言ってたでしょ。洒落みたいだけれど、あんたの名前ね「松田雪」漢字だけ見るなら、まつだゆき。まつ、ゆき。で待雪草。まつゆきそうの、そう。がいないのは、ご愛敬ね」
「待雪草? 知らない。花なの?」
「花よ。そうね、スノードロップなら知ってる? それよ」
見たことがあった。真っ白な春を告げる花だ。
「雪をキヨって読ませるってのも、ひねくれたあの子らしいわ」
お父さんのことを語るおばあちゃんは、母親の顔をしていた。
おばあちゃんは、お父さんのお母さんなんだな。そんな当たり前のことを思う。
「ひねくれてるのに、律儀で気にしいで頑固なのよ。面白い子よねえ」
「お父さん、昔聞いたときは違う理由言ってたよ。冬生まれだから雪だって、それだけだよって言ってた」
「勿論それだって理由でしょうね。待雪草はね、冬の寒さに堪えて堪えて、春に咲くのよ。とても綺麗に花を咲かせるの」
私が産まれる時は難産だったんだって、聞いたことがある。
「それに、素敵な花言葉もあるのよ。後で調べてごらん」
知らなかった。私は色んなことを。
でも、本当に知らなかったのか。忘れてしまっただけ、見えていなかっただけではないのか。
祖母が大事にしていた花壇。そこに込められていた愛情。
お腹のところがきゅうっとした。そんな気がした。
「おばあちゃん、さあ。来年も、いるよね」
「どうしたのいきなり。多分いるんじゃないの」
そうだよね。そう言ったきり何も言えなくなってしまう。
何故だろう。急にどうしようもない不安に掴まれてしまった。あんなにも一緒にいても知らなかったことがたくさんあったんじゃないか。そう思うと。
「まだまだ元気よ。今回は本当におじいさんが騒ぎすぎただけ」
おばあちゃんの言葉に返事が出来ない。
今回は、大丈夫だった。でも明日どうなるかなんて神様だってきっと知らない。
私が俯いたままでいると、祖母が仕方ないというように息を吐いた音が聞こえた。
「キヨ。あんた、ばあちゃんが死んだらすぐに私のことを忘れてしまう気?」
「そんなわけないじゃん、何言ってるの」
「なら。私はいなくならないわよ。側にはいられなくなる。でもそれは、何もかもが無くなるってことではないわ」
「そんなの、こじつけだよ。だって実際にはいなくなっちゃうじゃない。し、死んじゃうって、そういうことでしょう? 何をしたって叱ってももらえないし、褒めてももらえない。一緒にご飯食べることすら出来なくなるじゃない」
忘れなければ、いなくならない。そんなこと言われたって、納得できるほど私はまだ大人じゃない。
「まあ、頑固。そういうところ清慈そっくりね。キヨ」
「笑うところじゃないよ。なずなおばあちゃん」
私はまだ割り切れない。
「ごめんなさい。キヨがあんまりそっくりだから。私にも」
おばあちゃんも、私みたいに悩むことがあったのだろうか。想像がつかない。
昔からおばあちゃんは、全てを受け止めて後悔しない生き方が出来ていたような気がする。
子どもみたいに、駄々をこねるようなこんなまね。一度もしたことがないように感じる。
「いつか、キヨ自身が納得出来る日がいつか来るから。それまで悩みなさい。それはきっと大事なものだから」
「……来ないよ。私もう子どもじゃないのに、まだ分からないもの」
「馬鹿ね。子どもよ。まだまだ全然。だからまだ分かんないって悩んでていいのよ」
知ってる。本当は知ってる。もう私は子どもじゃない。少なくとも社会的には。
就活はもう目の前だ。再来年には社会人になっている。
遠くない未来には、おばあちゃんとおじいちゃんを見送る日が来るのだろう。
守られるだけの子どもでいていい年齢は、とっくに通りすぎてしまっていることを、私はちゃんと知っている。
「いいの……? まだ分からなくてもいいの?」
「いいわよ。それまでは、ばあちゃんちゃんといるから」
雑草はしぶといのよー。と、祖母がからから笑う。
まだ、子どもでいてもいい場所がある。安堵のような気持ちがあり、私はまたちょっと泣いてしまった。
おばあちゃんは、お医者さんからもう問題なしと太鼓判をもらい、次の日には退院した。
荷物持ちがてら私も一緒におばあちゃんの家に帰って、落ち着いてから二人で花の世話をした。途中で珍しくおじいちゃんも混ざってきた。
「そういえば、おじいちゃんはここにいないの?」と私が聞くと、おばあちゃんはただにっこり笑って庭の木を指差した。
そっか。そうだった。何のことだ? っておじいちゃんが聞いてくるけど、内緒と言ってはぐらかす。
本人は知らないってことはおじいちゃんには内緒ってことだ。
もしかしたら、お父さんもお母さんも知らないのかもしれない。おばあちゃんの内緒の楽しみだったのかもしれない。
ふふっと笑う私を見て、おばあちゃんも同じように笑っている。
それを見たおじいちゃんはちょっと不満そうにしているけれど、内緒は内緒だ。
ごめんね、おじいちゃん。
明日には新幹線に乗って帰ってしまうから。それまで私は、おばあちゃんとおじいちゃんと一緒にいた。
家を出るときには「じゃあ、またね」と言い合って笑って別れた。
ちょっと寂しくなってしまって、歩いていたら涙ぐんでしまったのは二人には内緒だ。
そういえばおばあちゃんから何か聞いたのか、昨晩お母さんもお父さんも、二人して私の頭を無言でわしゃわしゃと撫でていった。
本当に、しょうがない人たちだ。口で伝えればいいのに。でも私もちょっと二人に似ているから、気持ちは分かる。
おばあちゃんがいて、おじいちゃんがいて、お父さんがいて、お母さんがいて、私がいる。
うまく言葉に出来るほど理解したわけではないけれど、まあきっと、そういうことだ。何もかも全部が根こそぎ消えて無くなることは、ない。
めぐる、のだ。きっとそれは。
悲しいだけの出来事ではないのだ。きっと。
今もまだ枯れる花を見て、無意味だと思う瞬間はある。
けれど、枯れてなくなるだけだとしても、愛する人がいるのなら、意味のあるものになるのだろう。
意味はないと言いながら、意味を自分で込めて大切にする。そんな人もいるのだから。
いつかきっと、私も花を贈る日が来る。
その時、私は、気持ちを花に託すだろう。
心からのありがとうを、あなたに伝えるために。
花に意味なんてない 軒下ツバメ @nokishitatsubame
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