おじさんが跋扈

「おまっ、お前! お前お前お前ぇ!! 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがこんなに馬鹿だとは! 空気も読めねえのか馬鹿! もしかしたら文字も読めねえんじゃねえのか!? もうほんっとうに馬鹿!!」


「ボキャブラリー少な……うっ、おえええ!」


「だあああああああ!?」


 なんでこっち向いて吐くんだよ!


「だ、だって彼の家を汚したら申し訳ないから……」


「俺の服は汚れて良いってのか!? お前、俺がなんでこんな格好してるのか忘れたわけじゃねえだろうな、誰のお陰で飯が食えてると思ってやがる!!」


「恩は感じてるけど君がその格好をしているのは趣味かと。だって買えばいいじゃないか。お金はあるんだし」


 何上品に口拭いてすまし顔してやがんだこいつァ……ここにはハッキリとお前の胃袋に入れてたものがあるんだよ。


 おら、2度目ましてだな牛乳女の朝食。


「俺の装備を一式まるまる売り飛ばした金なんだよそれは! こうなったらてめえの無駄にエロい身体で稼いでこい!」


「え、エロ……っ!?」


「ごめんなさい、あんまり怒らないであげてください」


 俺に布を手渡しながらガキが言う。俺は雑巾を脱ぎ捨て、その布を纏った。


 ユニは庇ってもらって嬉しそうだ。もうこいつここに置いていこうかな、なんか懐いてるし。


「なんでお前が庇うんだよ。家に吐かれたんだぞ」


「吐いたのは僕のせいですよ。そのお茶、僕が開発した虫下しのようなものなんです。あの胞子をしこたま吸ってたみたいですから」


「言えよ! あとなんか器とかなかったのか!」


「はっ!? その手がありましたか!」


 なんだ馬鹿しかいねえのかこの場は!


「なにぶん、人と話すのも久しぶりなものですから、気遣いもろくに出来なくてすみません。いつも僕も外で飲んでるので。いえ、吐いてるので」


 ああいい、ゲロの話はもうよせ。


「それよりあなたも飲んだ方がいいですよ」


「嫌だよ! あんなみっともねえ姿さらせるか! あっ!? てめえ、ユニ放せこら! 無理矢理飲ませようとしてくんじゃねえ、やめっ、この、やめろ!」


「私だけが恥をかくなんて認められるか……! ぐぐぐ……少年、少年! 私が抑えている今のうちに飲ませてしまえ! この男の胃を空っぽにしてやれ!」


「恥だぁ!? 今更だろうがそんなもん! 恥ずかしい身体と頭しやがって! 馬鹿の癖して身持ちばっか固くて一体何のための乳なんだ、どうせ出すんならゲロじゃなくて乳出せよ!」


「言っていいことと悪いことがあるだろうがあああああああ!!」


 いよいよ掴み合いの喧嘩に発展した俺達を憂いの帯びた瞳で見つめ、ガキがぼそりと、


「困りましたね……飲んでくれないと、お兄さんの内臓という内臓をあのおじさんが跋扈することになるのですが……」


「おええええええええええええっ!!」


 俺は茶を飲んだ。







「引き止めてしまいましたね。久しぶりに人と話せて楽しかったです」


 ゲロ吐き男だのなんだのとやかましく絡んでくるゲロ女の頭を締め付けている俺に苦笑しながらガキが居住まいを正す。


「谷を降りずに北に進んでください。そのまま山を超えるか、或いは真上から降りて坑道に入るのが良いでしょう」


「お前も来るか?」


 ガキは一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが、首を縦には振らなかった。


「行きません。いいえ、行けません。僕は『墓守』。この墓地と運命を共にする者です。あなた達のように自由に旅することは運命に逆らうことになってしまう」


「それでいいじゃねえか」


「あはは。旅人ってこんなに奔放なんですね。少し羨ましいです。僕もあなた達のように『剣士』や『魔法使い』だったら、旅をしたかった」


「少年……」


 寂しげに俯くガキに、ユニは俺に捕まったままか細い声をかけた。


「ちょっと、悪いんだけど……そろそろ助けてくれない……? 意識がね、朦朧としてきてるんだ……いたたたた、ギブギブギブぅ……!」


「空気読めよ」


「じゃあ読ませてよ! ちょっ、本当に痛い! こ、この筋肉オバケ! 放せ、はなっ……放してくださいお願いします! 出ちゃう出ちゃうって!」


「乳が?」


「脳みそが!!」



 それは良い事だと更に力を込める。この馬鹿の脳は一度取り出して洗浄した方が良いと常々思っていたのだ。

 馬鹿は死ななきゃ直らないと言うのだし、試してみる価値はあるだろう。


 遂にろくな抵抗もなくなり、ミシミシという音が耳に届くようになった頃、小屋の外から馬の蹄の音が聞こえた。

 耳の傍で鳴っているかのようなデカい音だ。相当な巨馬だろう。次いで聞こえる車輪の音。重い荷物を運んでいるのだろう、地面を削りながら走っているのが伺えた。


 窓の外を伺おうと立ち上がりかけた時、それにガキが先んじた。


「来たな……!」


 目を血走らせたガキがシャベルを持って外へと飛び出した。理由は明白だ、復讐だろう。だが、あんなガキがどうにか出来るほどデュラハンは弱くない。


「ったく、仕方ねえ。ろくでもなかったが茶を出してもらった借りもある」


 未だに涙目で頭を抑えるユニのローブを引っ付かみ、窓から魔霧の漂う渓谷へと躍り出た。

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