おええええっ

「まあどうでもいいや、とりあえず中に入れてくれ。お茶で良いぞ」


「図々しいなこの人!」


 なにしろ燃えてたもんだから喉がからからなんだよ。


「ま、まあ良いです。元よりそのつもりでしたから」


「話がわかるな、お前は出世するぞ」


「出世なんてありませんよ僕の『職業ジョブ』は……ただいま、父さん」



 扉は軋むわ、隙間風も吹くわ、狭いわ、小汚いわで決して立派とは言えない小屋だったが、ガキはそれでも手早く茶を用意してくれた。使用感もあるし、普段からここに暮らしているらしい。


 だが気になるのは、床に臥せったままピクリとも動かない老人の方だ。

 ミイラのように乾いた皺だらけの肌に、同じく水分を感じない蔦が絡まっている……こりゃあれだ、おっさん植物だな。


 この老人とガキには相当な年齢差があるように思える。しかしガキは「父さん」と言った。何十年も歳をとったように見せる程、あいつに栄養を吸い取られている、ということだろう。


「なあこれ死んでんのか?」


「万一本当にそうだったとしたら魔法込みでぶん殴ってるからね?」


 よく見れば浅くではあるがしかと呼吸はしている。しかしガキが帰ってきても俺がつついても何の反応も示さない。完全に意識は無さそうだ。

 

 大体何が起きたかは想像がつくが……


 俺の視線に気付いたらしいガキは、眉を下げて笑った。


「もう何日も目を覚まさないんです」


 俺達にお茶を差し出してからガキは遠い目をしてぽつぽつと話し出した。


「僕達親子の『職業ジョブ』は『墓守』です。そこの渓谷の墓地――今は見る影もないですが――父はそこの管理を一任され、立派に務めていました。元は花々が咲き乱れ、多くの人々が訪れ、静寂と寂寥、それと喧騒の混じりあった良い墓地でした。贔屓目なしにそう言えます」


 父は立派でした。

 ガキは何度も何度も自分に言い聞かせるように呟く。


「僕は跡取りでした。いつか僕も父のように立派な『墓守』となってあの墓地を守っていくのだと思いました。けれど、ある日突然、デュラハンが現れたんです」


「デュラハン?」


 マンドラゴラじゃなくてか?


「ええ。かの死を運ぶ首無し騎士です。首のない馬を駆り、漆黒の馬車には多くの魔物の死骸が乗っていました。彼等の仕事は死を宣告することだけ。死骸の処分に墓地は都合が良いのでしょう、他の墓地にも度々出現するそうです」


 声を潜め、俺はユニに訊ねた。


「そうなのか」


「うん。魔物の本能も『職業ジョブ』と変わらない。、理由も合理性も何も無いんだよ」


 ふーん。死を宣告して死体を回収して、それでその処分に困るのか。理解できないが、魔物ってのはそういうものなんだろう。だからこそ人と魔物は共存できないわけだ。


 ま、融通が効かないのは人間も同じか。皮肉でもなんでもなく。



「父は果敢に立ち向かいました。あの日僕は、魂の安寧を守る『墓守』の真の姿を見ました。しかし、デュラハンは強かった。普段相手取るコボルトやゴブリンの比ではありません」



 言うまでもないことだ。アンデッドの中でもかなり上等な部類のデュラハンは、大型の馬と馬車を高速で駆り、数々の武器を振るう。オマケに目立った弱点が無いと来た。ガキの親父がどれだけ強かったかは知らないが、戦闘職でもない『墓守』が太刀打ちできる相手じゃない。



「ボロボロになりながら幾度となくデュラハンを追い返し続けた父ですが、死はもう時間の問題でした。しかし希望はありました。奴が現れてからすぐに国に報告していたのです。周辺の街や村に大きく貢献している墓地ですから、国も無視はできません。父が死ぬか、国が来るのが先か……僕は、この家で毎日父の帰りを祈るしか出来ませんでした」


「……それで、来たの? 国は」


 悲痛な顔でユニは聞いた。結果がわかっている無駄な質問だ。しかし聞かずにはいられなかったのだろう。俺はただ黙り込む。


「来ましたよ」


 しかし予想に反してガキはそう言った。

 ただし、悲痛な顔でだ。


「父はデュラハンには殺されませんでしたが、あのマンドラゴラによってこんな姿に」


 なるほどな。


「デュラハンの持ってきた遺骸で墓地にいたマンドラゴラが急速に成長したのか。加えてあの霧……いや、胞子か? 瀕死の人間には一溜りもないだろうな」


 俺とユニだから特に問題はなかったが、あの侵食スピードからして常人には生きていようが生きていまいが致命的だ。


「やってきた国は、即座に匙を投げました。これは手に負えないと。もうここはただの危険地帯だと!」


 声と身体を震わせ、それでも尚発散できない感情が大人しそうなガキに机を叩かせた。


 机の揺れが収まってから、ガキは顔を上げて暗い笑みを見せた。諦めきった、つまらねえ顔だ。


「もう次に出る地図にはこの墓地のことは書かれていないでしょう。父の闘いも、ここに眠る人達のことも、もう二度と省みられることはありません」


 しんと静まり返った。

 俺は何も言わなかったし、ユニは唇を震わせながら俯くだけだ。


 やがて静寂に耐えきれなくなったのか、乾いた唇を湿らせようとでもしたのか、ユニが茶を口につけた。


「おええええっ」


「てめえ何しやがんだ馬鹿女あああああ!!」


 俺の服がボロ布から雑巾にジョブチェンジした。

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