炎神状態

「あっつ! あっちい! てめえこのやろ、目にもの見せて……なあ、なんか消えねえんだけどこの炎!?」


 俺がどんだけ無様に地面転がってると思ってやがる!


「そういう炎だもの」


 説明になってねえんだよ化け物女! 相変わらず理に背く魔法使いやがって! 火傷したらどうすんだ!


「謝ったら消してあげ」


「しかし炎の中から蘇る! まるで不死鳥のようになァ!」


「うっわ普通に立った」


「『炎神状態ファイアモード』!」


「技名をつけた!」


 ありがとよ武器をくれて(ヤケクソ)。このままひっぱたいてやる。


「あーはっは! 燃えてりゃあの忌々しいおっさんも手出し出来まい!」


 便利な身体になっちまったな!

 おーおー、根が俺を避けていくぜ! 


「う、うわああ! 来るなぁあああ!」


 それがどっちに言っているか最早分からないが、もう誰も俺を止められないのは確かだ。


 おいおっさん、俺達は今から共にアイツを追い詰める仲間だ、一緒に行こうぜ!


「『炎神拳ファイア・ナッコゥ』!」


「だっさ!」


 上手く避けやがったな、しかしフィジカルは俺の方が圧倒的に上だ、すぐに捕まえてやる。


 ぐんぐんと縮まっていく俺とユニの距離。空気が読めねえおっさん植物は時折俺にもその手を伸ばしてくるが、消えない炎を纏う俺は無敵だ。


 漂う胞子を焼き付くし、悪い足場をものともせず、遂に俺は奴を断崖に追い詰めることに成功した。


「げぇっへっへ、もう逃げられねえぞぉ」


「こ、この下衆が! 私は屈しないぞ!」


 ほーう、強気じゃねえか。お望み通り酷い目に遭わせてやるぜ!


 全身が滾った(燃えてるから)俺はゆっくりとその一瞬一瞬を味わうかのようにユニに手を伸ばした。


 ぐへへ、その怯えた表情も最高のスパイスだ!




「逃げて!!」


「あん?」


 突如として聞こえた声に水を刺され、不機嫌になりながら振り向いた瞬間、顔面に何かを叩きつけられた。


 なんだこりゃ、砂か?


「ぺっぺっ! な、何ィ。炎神状態ファイアモードの俺に触れるだと!? 何者だ!」


「ノリノリか!」


 そこには震えながらシャベルを握りしめたガキがいた。体は細く小さく、赤毛もくしゃくしゃで、身に纏うものもみすぼらしいが、シャベルだけはよく手入れされているらしく、ピカピカと銀色に輝いている。


 ガキは俺をまるで親の仇でも見るかのように激しく睨みつけている。


 何故そんなに睨んでくるかは分からないが、良識のある大人としては注意しなくちゃなるまい。


「おいおい、危ねぇぞこんな所で。後ろのおっさんが見えてねえのか」


「こっちです!」


「え、ちょっと?」


「あ、人が心配してやってんのに!」


 近付こうとした一瞬の隙をつき、シャベルのガキはユニの手を取って走り出した。


 振り向きざま、奴は言った。


「あ、あなたみたいな変な魔物と話すことはありません!」


 言い返してやろうと思ったが、その瞳に映った赤々とした全身を見て思い直した。


 そういえば俺燃えてたな。


 しかしぼうっとしているわけにもいかない。突然の乱入者をあのおっさん植物が許すわけは無いのだ。



「よく分からないが仕方ねえ、付き合ってやるか。『膨らむ怒号スナップ・レッド』!」



 駆けていく小さな背中に追いつこうとした根を根本から焼き付くし、俺もその後を追った。


 暫く着いていくと骨の積み上がった断崖の隙間に、綺麗に整備された石段があった。そこを登れば森があり、その脇に小汚い小屋があった。渓谷を見下ろすような位置にあるが、あそこのような死を冒涜する気配は微塵もしない。


 渓谷を一歩抜ければこうまで生命を感じるか。やはりあのおっさん植物がただの墓地をあそこまで変貌させたらしい。



「ここまでくれば大丈夫です。テリトリー以外にはマンドラゴラも手は出してきませんから」


「ほーう。つまりあの渓谷全部がテリトリーって訳だな。どうりで俺達を後ろに放り投げたり、回りくどいことしやがると思ったぜ。どうしても逃したくなかったって訳だ」


 テリトリー以外に手を出さねえとは随分な臆病加減だが、それが長生き及びあそこまで成長した秘訣なのだろう。


「ぴぃっ!?」


 変な声を上げたガキだが、勇気だけは一丁前だ。ガタガタ震えながらユニを守ろうとしやがる。


「ユーゴー、怯えてるじゃないか。やめなよ『炎神状態ファイアモード』」


「やめらんねえからこうなってるんだが!?」


 ああ、そうだったね、なんて舌を出しやがるもんだからよっぽど殴ってやろうかと思ったが、ガキの前だと己を律する。ぱっと消えた炎に一抹の寂しさを覚えながら、ガキと目線を合わせるために屈んだ。


「俺はユーゴー。旅人だ。それで、そっちがユニ。俺の連れ」


「え……?」


 視線が俺とユニの間を往復する。会話ができない程じゃないが、身体の震えといい不安そうな瞳といい、未だに警戒されているようだ。


 まあ無理もない。さっきまで全身を燃やした見たことも無い魔物だと思われていたのだ、言葉一つで安心は出来まい。


「な、仲間なのにあんなことしてたんですか!?」


「そっちかよ」


「ど、どうして燃えてたんですか!?」


「こいつにやられた」


「どうして!?」


「むしゃくしゃしてやった」


「お、おかしいこの人達!」


 顔を見合わせ、ほぼ同じタイミングでお互いを指さした。「こいつだけだろ」という抗議だったのだが、どうも通じなかったらしい、相変わらず引いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る