てーーーーん!?

「その風体ナリで口から息吸ってんじゃねえ! 呼吸器官どこについ」


『キェェェェエエエエ!!!』


「てーーーーん!?」


「あ、よし! ユーゴーが止まったぞ!」


 短足おっさん植物が上げた雄々しくも甲高い奇妙な声を聞いた瞬間、身体は石のように動かなくなり呼吸も止まった。吐きかかっていた台詞は喉の奥で詰まり、胸の中を殴打する。

 ビリビリと大気が震え、奴の全身からは先ほどの霧……胞子がばら撒かれる。一体どこまでこの声は届いているのやら、バッタバッタと上空を舞っていた魔鳥が地にたたきつけられる。そして胞子が首の折れたそれらを包み込んだかと思えば、その肉は綺麗にこそげ落ちていた。


 くそったれが、声まで不細工じゃねえか。褒めるところがねえな!


「なるほど、ああやって生物から養分を奪うんだな。だからあんなに綺麗に骨になるのか」


 何を冷静に分析してやがる、俺達もしこたま吸ってんだぞ。あと助けろ。


 だが奴はそれで満足しなかった。先程の声は攻撃などではない、あれはそう、ときの声。

 奴はあろう事かその短い脚で以てこちらに猛烈な勢いで走ってきたのだ。


 一歩一歩は小さいが(脚が短いから)、そのスピードは到底馬鹿にできるものでは無い。ぐんぐんと俺達に迫るその様は正に悪夢だ。風邪っぴきの時の。



「う、うわぁあ! こ、怖い速い気持ち悪い!」


 ちょ待てユニ、一人で逃げるな俺も連れていけ。


「うぐふ!?」


 願いも虚しく連れに見捨てられた俺はその巨体の突進をモロに食らい、盛大に回転しながら天高く舞い上がった。


 ぐるぐると定まらない視界の中で、しかしおっさん植物が俺を嘲笑ったのがよく見えた。



「こ、のやろ……!」



 くそったれが、舐めやがって!



「こんなもん効くかよ根菜野郎!」



 ガチガチに固まっていた身体を気合いと根性と膂力で動かし、回転の勢いそのままに地に足をつけ、俺を置いて逃げやがった薄情で臆病な牛女と並走する。


「お、流石。もう動けるんだ」


「うるせえ牛女! 情けなくて涙が出るぜ!」


「いやいや、ちょっと金縛りに合うくらいなら大したものだよ。本来ならあの声で死んでしまってもおかしくないんだから。あの魔鳥達、首が折れたから死んだんじゃないんだよ」


「情けねえのはお前だ! あっさり見捨てやがって!」


 走りながら蹴りを入れてやるがそっちよりも言葉の方が効いたらしい。露骨に目を逸らし、そしてその先にキモ植物が迫っているのを見つけて慌ててこちらに向き直ってきた。



「だ、だってあれだよ? 怖かったんだもん」


「何が『だもん』だ可愛子ぶってんなよ、似合ってねえんだよ乳オバケ。若くなって出直してこい! 婚期逃して焦ってんのか!?」


「言い過ぎだぁ!!」



 言い過ぎだと? そんな抗議して良いのは大事な仲間を見捨てねえまともな奴だけなんだよ!


 逃げながら器用に小競り合いを続ける俺達だったが、それは第三者の介入によって止められた。無論のことその第三者はかの短足植物だ。


 ユニの振り上げた手を戒める根。このままでは埒が明かないと判断したらしい奴は、己の手札を遠慮なしに切ってきたのだ。その根の速度も恐ろしいが、更に恐ろしいのはそれが俺達の先に見える地面から伸びている事だ。どうやら俺たちは思っているよりもよっぽど深く、奴のテリトリーに入り込んでしまっていたらしい。


「ユニ!」


「た、助けてユーゴー!」


「ざまぁあああああああ!!」


「こんの人でなしぃいいいいい!!」



 うはは、ばーかばーか。

 油断するからそうなるんだ。


 物凄い勢いで一本釣りされたユニは先程の俺と同様天高く舞い上がり、そのまま奴の遥か後方に投げ飛ばされた。



「あっはっはっは、ざまあねえぜ牛おん、うげう!?」



 そして油断していた俺はもう一度轢かれた。



「ばーーーーか!」



 くっそあの牛女、後で覚えとけよ。


 弾かれたように吹き飛ぶ俺の体だったが、そこで終わらなかった。待ち構えていた木の根により捕まえられ、やはり後方に投げ飛ばされる。


 しかしそこは俺、空中で上手く体勢を立て直し、視界にしかと牛女の姿を捉えた。



「いよっしゃ、こんなに早く復讐の機会が巡ってくるとはなァ!」


「それが仲間に言う台詞か!?」


 うるせえ俺の中じゃ仲間ってのは「死ななきゃ何してもいい奴」のことなんだよ!


「くらいやがれ、『膨らむスナップ・レッ


「う、うわぁあマジかこいつ! マジかこいつ!」


 ふはは、遅い!

 そんなチンケな防御で俺の魔法を防げると思ったら大間違いだぜ!


 迸る魔力。力強く押し付け合う親指と中指。生じるは無双の業火。


「――どぐふう!?」


 それが放たれる前に、太い根が背後から俺を地面に叩きつけた。

 このおっさん植物、何度も邪魔しやがって。


 がばりと顔を上げた瞬間、視界いっぱいに炎が見えた。いくらあのマンドラゴラが異常とはいえ、火を扱える道理はない。ユニだ。


 こいつ、仲間がどうこう言ってる奴の行動じゃねえだろ。

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