半身浴してるおっさん
「お前……」
「いや、ちょっと、だって、ごめん」
それに関係しているのかどうかは定かじゃないが、マンドラゴラの顔は気のせいでは済ませられないほどに明確にこちらを向いていた。
大きく落窪んだ目と口がゆっくりと開閉を繰り返している。その姿は植物と呼ぶには抵抗がある。あれは単に動いていると言うよりも生きている、意志を持っていると言った方が正確だろう。
最早大きさは興味から外れている。在るのは理解の外にあるものに対する嫌悪だ。
「なんか心なしか悲しそうな顔してんな。お前のせいだろ」
「え、え? わ、私かなあ。君がちょっと燃やしちゃったからじゃないかなあ」
なに人のせいにしようとしてんだ。俺のは事故だがお前のは故意だろ。
「そもそもあれ本当にマンドラゴラか? あれってあんなにわさわさ動くものなのか」
「あそこまで育ってるのは私も初めて見るから……でも彼ら栄養状態が良いと、自分で地面から抜け出して走り回ったりもするからね、有り得るよ」
なるほど、栄養状態の良さは敢えて調べなくても明白だ。なにせあの巨体、顔さえなければ一部の怪しい宗教に神木だなんだと持て囃されてもおかしくあるまい。根菜の癖に。
「とすると、あいつもしかして、肥え過ぎて自分で抜け出せなくなったのか」
「オブラートどこやった?」
「デブ痩せろ、と言わない辺りに感じろ」
しかしこの言い訳はどうやら彼ないし彼女には通じなかったらしく、間もなく地面が揺れ始めた。僅かな風にすら耐えきれずに崩れていた骨が、断崖の形を保てなくなっていく。神の怒りに触れたことを恐れるように、地鳴りに呼応してガタガタと震える。
まさか偶然ではあるまい、この揺れは確かにマンドラゴラが引き起こしているものだ。腕と呼んでいいものか、側面から伸びる一対の太い髭根が地面を突っ張っているのがその証拠。
血など通っていないだろうに、いかめしく歪んだ顔の辺りは赤く染まって見えた。
「なんか半身浴してるおっさんみてえだな」
「オブラートぉ!!」
遂にマンドラゴラは地面から出でた。腕の二回りは巨大な足がズシンと重々しく地上を踏み付ける。
すっくと真っ直ぐに立ち、奴は自分よりも遥かに小さな俺たちを見下ろして不敵な笑みを浮かべた。
大きさというのはそれだけで武器だ。威力的な意味でも、精神的な意味でも。錯覚だろうが、より日に近付いた葉は青々しく輝き、全身を覆う土と皺すらも雄々しく感じられる。
だが俺の目が悪いのか、さほど変わったようにも思えなかった。
思いがけず視線を下にやる。
「いや脚みじかっ!」
「ユーゴー!!」
「そんなんなら最初から隠すな! 股下が短ぇんだよ!!」
「す、ストップストップ!」
「全然別れてねえじゃねえか、わさわさしてる部分切ったら店先に出せるわバーカ! あれか? コンプレックスだから隠してたのか? そりゃあ悪いことしちまったな!」
ええい、離せユニ!
最早俺達を見ていないことも全身を真っ赤に染めて震わせていることもどうでもいい! 驚きと面白さの同居したなんとも言えないこの感情、これが叫ばずにいられるか!
「ど、どうしよう。ユーゴー止まんない。止まんないよ」
なんだ急に機敏に動きやがって。お空仰いで大口開けて、大きく息を吸って、ってなんでだよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます