ぶさいく

 そうと認識した瞬間、俺はユニの口元に手をやった。


 バチン!


「いっった!?」


「うるせえ」


「まだ何も言ってないじゃん! あと痛い!」


 見るからに人の物じゃあ無いが、重要なのはそこじゃない。

 影しか見えなかった崖に近寄ってみる。どうもたまたま頭蓋骨が飛んできた訳ではなく、断崖そのものが生物の遺骸で出来ているらしかった。


 明らかに作為を感じる現象だ。空を見上げてみるが、やはり霧のせいで何も見えない。一番有り得そうなのはここが魔鳥の巣窟で、これらは食い残しであるというものだったが、常にこの霧が出ているのであれば鳥もここには住まなかろうし、一年や二年でこうなるとも思えなかった。


 地図を信じるならばここは元々ただの墓地で、人々が参るのに困らない条件が揃っている場のはずだ。誰が故人を偲ぶのに好んで危険を犯そうと思うのか。


 どうもきな臭い。これ以上無駄に吸い込むまいと、意識的に息を浅くする。



「うーん。形から察するにコボルトかなあ。ワーウルフとか魔狼の物に見えなくもないけど、そうだとしたらちょっと丸みが強過ぎる気がするよ」


「へえ。流石に専門だな。で、原因は?」


「さて……明らかな外傷があるから自然死では無いだろうけど、どんな奴がやったかまでは。しかし、こうまで肉が落ちるものかな?」


「食ったんじゃねえのか」


「にしたって綺麗だよ。まるで水で洗ったみたいに微塵も残ってない」


「……人間か?」


「うーん。こうまで丁寧な仕事をする奴がこんな風に死体を扱うかどうかは疑問だけど」


 ユニは眉を下げて困ったように笑った。否定しきれないからだ。

 お互いにぐるりと辺りを見渡す。何も見えないというのに。

 相も変わらず霧は深く、断崖からは岩が……骨の崩れる音が響くばかり。遠く魔物の声が聞こえるような気もするが、それがこの霧中からなのかも判断がつかない。


 この白骨の山は、墓標の代わりだと言うには悪意と傲慢さに塗れている。



「だとすれば、随分罰当たりな事だね」


 鼻を鳴らして返事に変え、また歩き出した。

 何も思うところが無いわけじゃあ無いが、義理も何も無い見ず知らずの人間の為に働くことはもうやめたのだ。


 そもそもこの霧だ、死体の山が地下に埋まっていようが表に転がっていようが、既に誰もが訪れられるような場所ではないだろう。それに、人が来なくなったから悪人か或いは魔物が食い残しを捨てているのだと考えた方が自然だ。俺が協力的になった所で、流石に自然現象を相手取るのは骨が折れる。


「……ああ、いや」


 そういや、少し気になることもあったっけ。


「ユーゴー?」


 右腕に魔力を迸らせる。そして中指と親指の先を強く押し付け、思い切り弾いた。


 これこそは無双の魔法。あらゆる魔を討ち滅ぼし、天にすら挑みかからんとす至上の業火。



「『膨らむ怒号スナップ・レッド』」



 先んじて鳴ったはずの破裂音は、直後に発生した爆音にかき消された。


 眼前に発生する爆炎。天高く立ち上る極大の火柱は、辺りの霧を一息に、遥かなる蒼穹と見通しの付かなかった先行きを明るく照らした。


 直接触れていなくともこの熱波から逃れるすべは無い。瞬きするよりも早く真白だった霧が黒く焦げ付き、空気中に解けていく。


 そう、この反応だ。通常のそれでは有り得ないこの変化は、ユニの火球でも起こっていた。



「はっ! やっぱりただの霧じゃなかった、か……」



 無意識に言葉尻は下がっていった。だがそれも無理もないだろう。開けた視界の先に、想像だにしてなかったものがあったのだ。


 何故今まで気が付かなかったのか不思議なほどに、前方に死体の山より尚高く立ち塞がる何かがある。


 それはまるで悠久の時を生きる大樹。荒々しい肌にそこかしこから伸びる触手。巨大であるにもかかわらず本体がそれにも増して巨大であるが故に申し訳程度に感じる葉。植物だ。紛うことなき植物がそこにあったが、異質なのは、それに顔がついている事だ。


 有顔の植物……マンドラゴラ。毒薬などで重宝される、数々の逸話のある魔性の霊草。


 その触手じみた根の先にまで熱波が届いた時、しわくちゃの老婆に似た顔がこちらを向いた気がした。



「うっわ、ぶさいく」


 おい、もうちょっとオブラートに包めよ。

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