第一章 「オウゴンオニハネアリ」

お野菜の気分

意図的にはぐれてやろうかな

「ねえ、ユーゴー」



 霧深い渓谷を俺ともう一人が行く。どちらもローブを纏い深くフードを被っていたが、俺のそれはボロ布のような代物で、もう一方は重厚かつ上品な光沢のあるベルベットだ。街中を歩けば奴隷とそれを不当に扱う貴族かと思われる出で立ちだったが、生憎とここは人どころか魔物もよりつかないほどの濃霧の中、腹の立つ勘違いをする奴はどこにもいない。


 何も好んでこんな所を歩いているわけはない。確かに自由を謳歌するための旅の途上、道無き道を行くこともその自由には一応含まれるだろうが、出来ることならきちんと整備された道を行き、大小は問わないから村やら街やらで夜には休息を取れるような生活を望んでいるはずだった。俺もこいつも。


 舌打ちをしながら石ころを蹴飛ばす。

 視界も悪けりゃ足場も悪い(ついでに気分も)。ガラガラと岩が崩れ落ちる音が絶え間なく響いてくるし、テキトーな作りの靴の裏からは鋭利な石の感覚がほとんど直に伝わってくる。また舌打ちをひとつ。


「ユーゴーったら」


 一寸先も、というとちと言い過ぎだが、はぐれようとおもえば簡単にはぐれられる程度には視界が悪い。渓谷と判断したのも両脇に高く聳え立つ何かの影からであって「ここは怪物の口の中ですよ」とでも言われれば否定できる根拠は多く無かった。


 あーあ、まったく。


「もう意図的にはぐれてやろうかな……」


「なんでぇ!? ていうかさっきから怖いよ舌打ちやめてよ! そんな怒ることないじゃないか!」


 思わず漏れた言葉にうるさく反応して詰め寄る牛乳うしちち女を押し退ける。「はぐれる」と言ったことが余程効いたらしく、慌てて腰に手を回して抱きついてくるもんだから大きな胸が押し付けられていくらか気分が晴れたが、霧は晴れない。


「お前が選んだ道がこんな悪路だって分かってたら来なかった」


「うっ」


「馬鹿が」


「シンプル罵倒やめて!」


 これみよがしに大きなため息をつく。喉がゴワゴワする気がした。この霧、身体に良くない成分でも含まれてるんじゃないだろうな。


「だ、だって地図にはただの大きなお墓って」


「お馬鹿?」


「しつこいなぁ!?」


 横から覗き込んでみれば確かに墓地との表記がある。それから少し行けば通り抜けられる坑道があって、そこを抜ければ太い街道に出る。そうすれば物を売りに行く商人やら農夫やらに拾ってもらって楽ができるだろうという公算だ。

 色々と検めてみたものの、地形が変わるほどに地図が古すぎるわけでも、方角や地域が間違ってるわけでも無さそうだった。


「なんだこれ、訳が分からん」


「ほらあ! 悪くないじゃん、私悪くない!」


 ドヤ顔がムカついたので顔面を引っ掴んで力を込めた。チッ、邪魔だなここの突起、折るか。


「い、痛い痛い痛い! ごめんなさい調子に乗りました!」


「一生俺に服従すると誓え」


「誓うかぁ!?」


 あっ、逃げられた。

 高いベルベットが汚れるのもお構い無しに地面を転がる牛女。息も絶え絶えだ。まあ無理もない、今の今まで命も絶えそうだった訳だし。


「殺すまでやるつもりだったのかぁあ!!」


「まったく、おイタしちゃ『めっ』だぞ」


「なんだ『めっ』て! そんなんで済むか! 『メシャッ』とかだろ!」


「『ぐちゃっ』」


「水分が多い!」


「そりゃ、人の頭には脳みその他にも色んなもんが詰まってんだぞ。それともなんだ、お前の頭やっぱり空っぽなのか」


「う、うわああああん!」


 虐めすぎたのか癇癪を起こしたらしい。相変わらず情緒は子供のそれだ。両手に火球を生み出して投げつけてくるが、こんなものでダメージを受けていたらとっくの昔に死んでいる。かわし、受け止め、弾き飛ばす。


 わっはっは。他愛なし他愛なし。


「あん?」


 それを繰り返しているうちに、ふと違和感を覚えた。火を受けた霧の動きが、明らかに通常のそれではない。



「おいユニ」


「なんだよ! 私がこんなに頑張ってるのにそんなに余裕ってどんだけだよ!」


「ああもう、悪かったよ。いいから聞けって」


 謝罪しようと近付いた時、俺たちの間にゴロンとなにかが転がり込んできた。どうやら火球が当たって飛んできた、渓谷の一部らしい。


 白く、カビが生え、深い虚が見えるそれは、どこからどう見ても何かの生物の頭蓋骨だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る