Life goes on.

南川黒冬

「epilogue」

epilogue

 崩れゆく城。

 放たれた火は、尋常ではない速さで広大で絢爛豪華な魔の象徴を焼き滅ぼしていく。

 まるで地上の太陽。暗い空を橙に染める熱波は、人類の夜明けのようにも思われた。



「は、ははははは……ここで、終わりか」


「……」


 城内に残ったのは、たったの二人。

 広大な城の最奥。烈火がぐるりと取り囲んだその場所で向かい合う二人は、舞台でスポットを浴びる役者のようだった。



「ここが私の物語の終着か。ここでエンドマークか。これが、君の物語のクライマックスか!」


「……」


「フフフ……らしいと言えば、らしいかもな。まったく、傀儡として生まれ、糸から解き放たれたかと思えば死か……ははは! 逃げられないということかな、運命からは!」


 膝を着いていた女が、首もとに突きつけられていた剣に、更に強く自身の首を押し付けた。

 白い柔肌に、赤が差す。

 真っ白なカンバスに、心を描こうとしたように。


 その状態で。

 死が目の前にある状態で、女は笑った。


 満面の笑みで、両手を広げた。

 全てを受け止めると、全身で表現した。



「『さぁ、君のハッピーエンドだ。そして私を、終わらせてくれ』」

 

 見事だった。美しかった。

 もしもここに観客がいれば涙を流してスタンディングオベーションしても可笑しくないくらい、それほどまでに女の、死を抱き留めたその姿は美麗だった。


 それを眼前で見せつけられた男は、当然息をのんだ。言葉に窮した。頬を汗が伝った。

 そして口を開いた。これまでずっと口を噤んでいた男は、最後の最後に漸く口を開いた。



「え、なんだそれ。かっけー」


「は?」





 それが始まり。或いは終わり。


 最大最凶のダンジョン、難攻不落の魔王城は跡形もなく無くなり、人類の敵、魔物の掲げた最強のそれ、魔王の姿を以降見た者は無い。


 また、屍山血河を切り開き、人類に真の平和の夢を見せた勇者とその仲間達の行方も同様だった。


 人類は英雄達を迎えるのを楽しみに待っていたが、遂に彼らは二度と現れなかった。その勇姿は物語の中でのみ現れる幻想となったが、それすら徐々に鮮やかさを欠いていった。


 魔王が死せども魔物は消えず。我が物顔で夜を歩くには不足した仮初の平和の中で生きる人々は、やはり度々魔物の被害に遭い続けたし、野盗の類も根絶することは無かった。魔物という共通の敵の元に団結した各国は未だに細い絆を保つことに躍起になり、それに頼るしかない非力な人々は夜の闇に追い立てられて早々と家路につく。真の平和などやはり夢だったのだと気づく頃には、勇者譚にカビが生えていた。

 貴賎を問わず話の種となっていた彼らの存在はそんな慌ただしい日常の中で消費され、水面下で僅かな火を残すだけとなったのだ。


 発つ鳥跡を濁さず。

 彼等はしかと世界に己の存在を知らしめたが、後の世に残ったと言うには余りにそれらは透明に過ぎた。


 そう。物語は既に、終焉を迎えている。

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