オリジンストーリー 生命

命というものは表裏一体で、簡単に生と死が裏返る。

それぞれは只の状態に過ぎず、意味も意図も存在しない。

苦痛も恐怖も、命の本質ではない。副次的な効用でしかない。


そのことに気が付いたのは、私が7歳の頃だった。


えてして異種族間に生まれた子供というのは、生きるのが難しい。

短所のみが遺伝したら最悪なのは皆の知るところであるが、長所のみ受け継ぐのも

決して良いものではない事は、きっと当事者にしかわからないのだろう。


幼子では制御できるはずのない膨大な現象浸透力は精霊の母から。

現象を現に降ろすための、卓越した操作技術は人間の父から。


そんな訳で、己の力を制御できないのは当然の帰結だった。



――――――――――――――――――――

夢を見ている。

私を人生のはじまりの記憶。

――――――――――――――――――――


ぺたん、と地面に座る私。

私を中心に地面は乾き、無数の亀裂でひび割れている。


「…おまえ、近寄るなよ。気持ち悪いんだよ…!」

恐怖に歪んだ視線で、子どもが私を囲む。


投げられた虫が私の身体に当たる直前、急速に朽ちて黒い塵と化し――

瞬間、荒廃した地面に四、五輪の花が咲いた。

「…あ、えっと……ごめんなさい…?」

悪意を向けられた意味も分からず、私はとりあえず謝罪する。

「ヒッ……化け物…ッ!!」

彼らはその虫に己の結末を見たのか、恐怖と憎悪に顔を歪ませて私の下から逃げ去っていく。

その恐怖の理由が分からず、私はますます困惑した。

太陽が昇って沈んで行く様に。海の凪と時化が入れ替わる様に。

命は生と死を繰り返すものと規定されているのだから、何の意味もない。


――――――――――――――――――――

夢を見ている。

目を塞ぎたくなる、後悔の時。

――――――――――――――――――――


「ゴホッ………あぁ、お帰り。コフッ……だ、大丈夫だ」

日に日に衰弱していく父を、私は無感情に眺めていた。


「…だから、50年くらいは別れて暮らしたら良いじゃないですか。あっという間ですよ」

「人間は50年も経ったら死んでしまうんだよ…!娘の成長を僕は…見届けないと」

「でも、このままだとあなたが衰弱死してしまいますよ!」

母が何故、私と父を遠ざけようとしているのか分からなかった。

きょとん、と首をかしげて椅子に座る。特別製で、朽ちないよう金属でできているものだ。


その時だった。

「そろそろ限界だ。村から出て行ってもらおうか」

家の戸が乱雑に開かれ、男が複数人押し入ってくる。

元締めらしき男は、背丈もあるような鎗を持ちしかめっ面をさらしている。


「…ゴホッ……あぁ、失礼。そう言われても、引っ越す金もないんですよ。」

父が怪しげな足取りで大男の前に立つ。

隈のくっきり入った虚ろな目でじっと見られた元締めの男は、僅かにたじろぐものの直ぐに父を睨みつけると、首元を掴んで大声で怒鳴った。


「あのなぁ!お宅の娘のせいで、うちの村はもうめちゃめちゃだ!畑も川も朽ちて、こんままだと全員がお宅と心中することになるんだよ!」

「…ですから、そこは妻と私がどうにかしているじゃありませんか…ゴホッ」

「限度の話だ!…自分から出ていかないというなら、強制的に――


あぁ…思い出したくもない。

冷静に、村の人間は私たちを出ていかせようとするなら、もっと直接的な手段を早いうちから取れたのだ。幼い私は、何も知らなくて―――


「…お父さんを、いじめないで!!」

―――私は大きく吼え、全ての力を放って父を守ろうとした。

眩い光が視界を覆い尽くし、結果として、


その日、一帯が地図から消えた。


――――――――――――――――――――

夢を見ている。

新しい選択と、贖いのはじまり。

――――――――――――――――――――


「魔将七星候補ってのは、ここら辺にいるの?《真人》」

「えぇ、アルコイリス。但し、魔将七星候補というには、些か早急すぎるかと。」

「まぁ、摘める芽は早めに摘んでおいたほうがいいと思うけどね」


およそ命の棲めなくなった荒廃した砂漠。

その中心でぺたんと地面に座る私は、遠くから十数年ぶりに人間の声を聴く。

虹の瞳を持つ少年と、黒い服に身を包んだ盲目の男。

私が閉じた瞳を開くと、その2人は目の前に立っていた。


「なんだ、少女じゃないか!この子が本当に危険なのか?」

「まぁ、危険か危険じゃないかで言ったら危険でしょう。なにせ、この砂漠を作ったのは彼女だ」


「…ぁ……あ……なた…は…」

しばらく使われていなかった、枯れあがった喉が声を発そうと動く。


「…私は《真人》。あなたの力を正しき道に使う為に、助ける準備は出来ています」

「おい!一帯を滅ぼした張本人だぞ…何を言ってるんだよ!」

「少し黙っててくださいアルコイリス。彼女の話が聞きたい」


その言葉を聞いて、あの時から止まっていた感情が堰を切って溢れだす。

「……わたしは…!…お父さんもお母さんも…村の人たちも……みんな、私の手で殺しちゃった……!」

「知っています。」

「……私は……自刃もできない…罪を贖うこともできない…ただの殺人者だよ…?」

「現状だとそうなりますね。」

「……そ、それでも……私を助けてくれるの……?」

「えぇ。私は、あなたが正しく力を使えるようにここに来たのですから。」

「うっ…うわああああああっ!!」


私は《真人》の胸に飛び込み、大声で嗚咽した。

彼はいやな顔一つせずに、私が泣き止むまでじっと待ってくれていた。


――――――――――――――――――――

夢を見ていた。

私が《生命》として生まれなおした、

最初の記憶。原初の決意。

――――――――――――――――――――


「……《生命》、起きてはどうかね。そろそろ仕事の時間だが」

「……え?…あぁ、おはよ。《魔装》さん、起こしてくれてありがと」

「それは構わないが、ギルド本部で居眠りするのはやめてもらえないか。七英雄たるもの、威厳というものは必要だ」

少し困り顔で私を見下ろす《魔装》。

私は手櫛で髪を軽く整えると、勢いよく立ち上がる。


「さ、今日もみんなを守らなきゃね。頑張るぞ!」

右腕を《魔装》の前に大きく掲げる。彼は困ったような顔で私を見つめた。

「…私はどうしたらいいのかね?」

「えっ…『頑張るぞ』って言われたら、『おー!』って腕を上げなきゃでしょ?

 ささ、もう一回。頑張るぞ~!」

「お、おー!……これでよいのか?」

彼はおずおずと右腕を掲げる。

「うん!じゃ、今日も一日よろしくね!」


笑みを浮かべながら、海上要塞のギルド本部を後にする。

大丈夫、私は決意を忘れていない。私は、私の意味を覚えている。


命というものは表裏一体で、簡単に生と死が裏返る。

それぞれは只の状態に過ぎず、意味も意図も存在しない。

苦痛も恐怖も、命の本質ではない。副次的な効用でしかない。


だからこそ、私たちが生を守らなければ。

笑顔も幸せも、生きていてこそ生まれるものなのだから。

簡単に裏返る生と死に、抗うだけの力を持っているからこそ、

今度こそ私は、間違えない。


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