IWATERNA RPG ストーリー

@iwaterna

オリジンストーリー 天剣

つまらない。

それは私の心を占領する、黒い靄。


精霊都アスタレンの中等学校を卒業し、人間の住処へ下って3年。

ギルドに所属し、あらゆる仕事を引き受けている内に、いつの間にか私は「七英雄」の1人となっていた。二つ名は《天剣》。

溜息をつくと、少しだけ靄が晴れたような気分になる。窓の外では今日も、新人が明日への期待に溢れた顔で訓練を行っていた。…なんだが、気分が落ちてきた。


部屋の外から足音が聞こえる。また仕事の時間になるだろう。

「クゥラ様、お時間宜しいでしょうか。ギルドからの書状をお持ちしました」

もう一度溜息をつき、立ち上がる。時計は午前9時を回っていた。

「はい、今行きます!」

出し慣れた、溌溂とした声。明るい声を出すたび、心が澱む気がする。

今回の仕事も、いわゆる「雑魚狩り」だった。


小規模な魔物の討伐。ふざけているのか、と声を上げたくなるほどに誰でも出来る仕事だ。

現場で耐えていた5級探検家に声を掛け下がらせると、剣を一薙ぎで始末。

笑顔の仮面で感謝を受け流しつつ、剣を清めるとギルドへ報告。

帰還するや否や、次の雑魚狩り。ここ数ヶ月はずっとそんな調子だ。


およそこの大陸において、安全な場所など存在しない。

都市は常に魔物に包囲されており、討伐を続けなければ人類などこの地では瞬く間に滅びるだろう。

後ろには「魔将七星」の脅威、魔を統べるものの影までが忍び寄ってくる。

誰にでもできると言うことは、誰かがやらなくてはならない仕事なのだ。


その日は結局、午後11時を回るまで解放されることはなかった。


「おはようございます。今日も一日よろしくお願いしますね」

「おはようございます、クゥラさん。不在の間、何か問題はありませんでしたか?」

あくる日。ギルドに顔を出すと、そこでは第3位の《真人》が茶を飲んでいた。


新発見された島嶼部の前線に配属されていた彼が帰還した。これで少しはマシになるだろうか。そんな思考が顔に出ていたのか、彼は苦笑を返すと、いつも通りのようですね、と零す。


「周辺で魔物の活動が活発化しているようです。追い討ちをかける様で大変心苦しいですが、これからさらに忙しくなるでしょうね」

「困りましたね。疾く取り掛からなくては」

彼は恐らく全てを見透かしている。表情から憐憫を感じ、私は少し腹が立った。


本日の任務はイトフィラ雪原での討伐作戦。精々3級探検家に与えられる程度の難易度。

迫り来る氷の魔物を薙ぎ倒し、街道の安全を維持する。2時間程度で完了した。


ギルドに帰還。何やら浮き足立っているようで、普段に増して喧騒が激しい。

「《天剣》、任務完了しました。何かあったのですか?」

「ああ、嬢ちゃん。ライラの嬢ちゃんが今日は出てくるらしいからな。みんな一目拝もうとしてる訳だ」


第6位、《剛毅》が答える。ライラと言えば、第1位の《神秘》だったっけ。

人間の癖に私より上位だから余程すごい奴なんだろうと思っていたが、そういえば一度もあった事がない。


「そういえば、私は会ったことがありませんね。どのような方なのですか?」

「確か嬢ちゃんの3つ下じゃなかったか?殆どギルドには顔を見せないんだが、如何せん本当に強くてなぁ、俺は1発も入れられたことがねぇんだ」

「そうなんですね!…ところで、滅多に来られないというのは何か独自任務でも受けているのですか?」

彼は僅かに苦笑すると、頬を指で掻いて言った。

「…いやぁ、それが如何やら。極度の人見知りだ、とは言われているがねぇ」


なるほど。第1位は、極度の人見知りを理由にギルドに来なくても許されるのか。

私が人間の尻拭いをしている間に、人間は部屋でぬくぬくと休んでいたのか。


感情が決壊していく音がした。馬鹿らしい。

帰ろう。アスタレンに。


「帰ってきた〜!!…はぁ、やっぱり落ち着く」

色彩鮮やかな森を抜け、美しい街並みの広がる、精霊都アスタレン。

3年ぶりに帰ってきた、私の故郷だ。


ここでは精霊としての自分でいられる気がして、心が上向く。

小躍りすら出かねないテンションで街を歩き、露天で買い食いしながら家路につく。

「ただいま〜!…あれ、パパとママがいない」

街の外れにある家に到着。しかし家族の姿が見当たらない。

外に出て辺りを見回すも、見つけることはできず。と、隣家のアイル婆さんを見つけた。


「あら、クゥラちゃん。帰ってきたのね」

「アイル婆さん!パパとママが居ないんだけど、何か知らない?」

「あれぇ、聞いてないのかい。娘だけに任せられんと言って、今はギルドに所属しているんだよ」

「…そうだったんですか…。ありがとう、ございます」

「はいよお、クゥラちゃんは休暇?」

「まあ、そんなところです。それじゃ、これで」


…パパもママも、戦ってるのに。

第1位ともあろう人間は戦ってないのか。

私は、自分の感情が更に昏く、沈んでいくのを感じた。


帰ってきて2週間が経った。

パパとママに送った伝書の返信は、未だ届いていない。

朝起きて、周りを散歩して、軽く運動して、寝るだけの生活。

金銭に関しても、七英雄としての報酬があれば数十年は遊んで暮らせるだろう。


しかし、心の中の黒い靄がなくなる様子がない。

それどころか、えも言われぬ焦燥感がどんどん私の心を蝕んでいく。

「……私、どうしちゃったんだろ」

ベッドの上で膝を抱えながら呟いた言葉は、虚空へと消えていく。

「あー、もう!」

勢いよく立ち上がると、2階の窓を大きくあけ放ち、飛び降りる。

気分転換をしないと、どうにかなってしまいそうだった。


街に出た頃には、日は半分沈みかけていた。

街道は仕事帰りの人々と、彼らを店に取り込まんとする呼び込みでごった返している。

そんな人々の群れを流し見しながら、面白そうなものを探していく。

すると、一際賑やかな場所を見つける。

色鮮やかな服を着た、恰好のバラバラなグループが繰り広げる剣舞、曲芸、手品、演劇———

「…大道芸だ!」

色とりどりの布で作られた鳥や、火を吹く狼や、空中を歩く男。

それらは簡単な魔術で、原理こそ容易に看破できるものであったが

――そのな魔術の使い方が、寧ろ私には目新しく映った。


(そっか、私、こんなに余裕がなかったんだな…)

不思議と笑みがこぼれてきた。小さい子供から老人まで、様々な人間が夢中になって楽しんでいる姿を一歩引いてみていると、心が穏やかになっていくのを感じる。

と、その時。


ドーン!と轟音が響き、直後に地響き。

西の方角からもくもくと黒煙が上がり、遅れて悲鳴が聞こえてくる。

「な、何事!?」

けたたましくサイレンが鳴り響く。

「西の方角より魔物の大群が進行中。自警団及び滞在中の探検家の皆様は、アスタレン西門の守護を直ちに行ってください!」

街中にスピーカーからの声が聞こえる。マズい、私いま武装してない…

自分の出せる全速力で家まで帰ると、装備類をひっ掴んで西門へと駆けた。


5分ほど遅れて到着。西門では自警団が隊列を組んで対処に当たっているが、

やはり普段は平和なアスタレンにいるだけあり、少し動きがぎこちない。

「おい!こっち2人負傷者だ!補充人員はいるか!?」

「ダメだ!こっちももう手いっぱいだ!」

あちらこちらから怒声が上がる。前線は今にも崩れそうだ。


「七英雄第4天剣、只今参りました!一番危険な箇所はどこですか!」

「た、助かった!こっちに来てくれ!今にも突破されそうだ!」


純白の剣を構え、敵の大群へと対峙する。

(…全体的に敵のレベルは高くない。どうしてこんなに押される?)

どこかで見たことがあるようなぼろを纏った屍、骸骨の群れ。

普通に訓練された探検家ならば、苦戦はしないはずだが…


正面に来た敵を薙ぎ払うように剣を振る。その斬撃は寸分違わず敵の首を切り離すはずが―――

(!?)

最も低級な敵であるはずの屍が、手に持ったボロボロの剣を構え、斬撃を受け流した!

(…どうなってる!?)

更に剣を弾かれた硬直の隙に、もう1体の敵が差し込みに来る。

縺れの守護をエンタングル!」

慌てて防御魔術を詠唱、攻撃をいなす。加えて、

天上の光明をヘヴンリーレイ!」

前方を殲滅する光線を放ち、防御する暇を与えることなく敵を消し飛ばす。

低級な魔物が緻密な技を用いる。連携などするはずのない魔物が協力する。

私の脳内に、最悪な名前がひとつ浮かぶ。

この特徴は――――――


「ふむ、手こずっていると思ったが、まさか七英雄様がお出ましであろうとは」

白髪の老人。片眼鏡をかけ紳士然としているが、彼こそが人類の最大の脅威達。

『魔将七星』が一柱、第II位。

魔物を生み出し、使役する。その脅威は一人で軍隊に匹敵する―――


「『統率』ッ!!なんでアスタレンにお前が現れる!」

「それはこちらの台詞だな、《天剣》」


剣を構える。脳内では勝つプランを高速で考える。

(どうする?私の『秘儀』を使えば、自警団側の戦線が瓦解する。

 とはいえ、『秘儀』を使わずに第II位とやりあうには無理がある――)


「プランに狂いは生じたが、圧し潰せば問題なかろう。では、『起き上がれリサシエーション』」

『統率』が持っていたステッキを振ると、地面から屍がわらわらと召喚される。

「」



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