第29-4話 「一人で生きていけるように」

 今思えば、昔からこうなることは決まっていたように思う。

 私なりに、直生くんのため、なんて言い訳をしながらしていた行動は全て私自身のための行動だった。


 引っ込み思案で人とコミュニケーションを取るのが苦手だった私はどこに行っても誰と会っても上手く会話すらできず、恐らく親にも呆れられていたと思う。

 あの頃の私はまだ幼かったので深くは考えていなかったが、幼いながらに自分に呆れ、変わろうともせず自分の可能性を閉ざしてしまっていた。


 そんな時、出会ったのが直生くんだった。


 直生くん以外の子は引っ込み思案な私と友達にはなってくれなかったが、直生くんは他の子とは違い、上手く会話もできない私を見捨てることなく喋りかけてくれた。


 私はそんな直生くんを友達として見るよりも先に、利用価値のある子だと思って見てしまった。


 人と上手くコミュニケーションが取れない私でも、直生くんと一緒にいれば直生くんが手を差し伸べてくれるし、一人でいるよりも自然と言葉が出てくる。

 純粋に友達になりたいという感情ではなく、自分にとってこの子と友達になるのは利益があると考えて直生くんと友達になったのだ。


 それからというもの、居心地のいい直生くんの後ろという立ち位置に居座りベタベタと引っ付いて自分自身が変わろうと努力をしたことなんて一度もなかった。


 高校生になった私からすればその状況が望ましいものではないことくらいすぐ理解できるが、あの頃の私にとってその生活はあまりにも快適なものだった。自分から手放すのはあまりにも惜しい状況だった。

 努力も苦労も全くせずとも直生くんの横にいれば私は人並みに会話をすることができたのだから。


 そんな生活を続けていたせいで、高校生になった今でも直生くんがいないところでは誰かとの会話に苦手意識を覚えたりしている。


 そんな私が、今までの立場をひっくり返せる場面が一度だけあった。


 それは、中学生になってしばらくしてからのこと。


 直生くんがいじめを受けていた時期である。


 直生くんは中学に入学してからすぐいじめられていたわけではなく、寧ろ最初は恰好よくて話が面白くてクラスの人気者。いつでもクラスの中心にいるような人だった。


 状況がひっくり返ってしまったのはそんな直生くんの状況を妬み出す人が出てきてから。その人たちは少しずつ派閥を広げ、あっという間に直生くんをいじめる環境は整っていった。


 ただ仲間外れにされるだけではなく、物を隠されたり悪口を黒板に書かれたりと直接的ないじめを受けていたのも知っている。


 そんな状況で直生くんを助けられたのは、親友の橘くんか幼馴染の私だけだったと思う。実際橘くんはいじめを受けている直生くんに手を差し伸べていたし、私が直生くんに手を差し伸べることで自分は変われたのではないかと思う。

 橘くんは自分の立場を顧みずに手を差し伸べていたというのに、私は火の粉が私に降りかかるのが怖くて直生くんがいじめを受けているのを見ていることしかできなかった。


 それなのに、関係を崩したくなくて学校では直生くんに近づかないようにしているくせに、学校の外では味方のフリをしていた。


 今考えても当時の自分には虫唾が走る。


 私が自分を更に嫌いになったのは直生くんがいじめられ始めてからしばらくが経過したある日のこと。

 

 下校しよう校舎を出ると、直生くんと橘くんが校舎の隅でしている会話の内容が聞こえてきた。


『いいのかよこのままで。前はもっと学校でも楽しそうに話してたじゃないか』

『いいんだよ。俺はうるはとの関係を途切れさせたくないし、迷惑はかけたくないと思ってるから』


 その会話を聞いた私は泣きながら下校した。


 直生くんは気付いていたんだ。私が直生くんに対する態度を変えていたことを。

 

 それなのに、直生くんは私を嫌いになることもなく友達を続けていてくれた。


 自分がいじめを受けているにもかかわらず、直生くんは自分のことよりも私のことを考えてくれていた。私は直生くんのことなんて後回しで自分のことしか考えていなかったのに……。


 私は最低の人間だ。


 こんな最低な私なのに、長い間直生くんのそばににいたことでいつしか直生くんに恋愛感情を抱いてしまっていた。


 最低かつ卑怯な人間だと思う。


「……へ?」

「いや、あの、だから、要するにうるはとは付き合えないってこと」

「え、いや、そんなこと言われなくても分かってるよ?」

「俺の気持ちをうるはが理解してるってのは分かってる。それでも俺からちゃんと伝えないとダメだと思ったから」


 今回だって、自分は卑怯だと思う。


 この状況を招いた原因は自分で直生くんを巻き込んではいけないと思っていたのに、結局は直生くんを盛大に巻き込んでしまった。


 私はどこかでずっと自分に対して後ろめたさを感じていた。

 後ろめたさを感じていたからこそ、自分の気持ちは後回しで椎川さんに直生くんの横という立場を譲ってしまっていたのだろう。


 その感情が無くて自分に自信が持てていたのなら、今こうして直生くんから振られることも無かったのかもしれない。


 誰も巻き込まないと決めて椎川さんに直生くんの横を譲っておきながら、結局は直生くんを巻き込んでしまった。


 そんな私に直生くんは素直な気持ちを伝えてくれた。

 自分に向けられた行為に対する答えなんて伝えづらいはずなのに、直生くんは真っ直ぐとした目で伝えてくれたんだ。


 きっとそれも、自分のことより私のことを考えてくれたからなのだと思う。


 その気持ちをはっきりと聞けたことで、私の気持ちは不思議と晴れていた。


「え、なにそれ傷口に塩塗り込まれてる気分なんだけど」

「ぐっ……。そう言われるとそうなんだけど、俺に好意を抱いてくれてたうるはに対して俺から答えがないなんてダメだとおもったから……」

「……ありがと。返事くれて」

「……え?」

「確かに私、自分一人で自分の気持ちにケリをつけようとしてた気がする。もっとショックを受けるのかなって思ってたけど、今直生くんに言われてスッキリしたよ」

「……こちらこそありがとう。俺のことを想ってくれて」

「あーあ。なんか慣れないことしたからまたお腹空いた。夜は直生くんの奢りね」

「寿司でもステーキでもなんでもこい」


 今日で私の恋は終わった。


 長い間、抱き続けていた感情は今日で捨て去らなければならない。


 心残りなんて何もない。心残りがあるとすれば、過去に戻って引っ込み思案ではなくなった自分でこの人生をやり直したいと思っていることくらいだろう。

 今日を境に、私は新しい自分に変わっていくんだ。直生くんに引っ付いて生きていただけの私ではなく、直生くんがいなくても一人で生きていけるように。

 

 結局そのきっかけをくれたのは直生くんなのだから、救いようがないとは思う。


 それでも変わっていくんだ。新しい私に。


 ただ、一つだけ許してほしい。


 今日の夜、布団に潜り身体中の水分がなくなってしまうほどに、涙を流すことだけは。

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