第30-1話 「何もしてねえよ」

『直生くんおはよ』


 いくら最終的に話がまとまったとは言え、あんなことがあってこれからうるはといつも通りに接することができるのだろうかと不安に思っていると、うるはから一通のメッセージが送られてきた。


 どうやら俺が不安に思っていることを察して安心させるためにメッセージを送ってくれたようだ。


 俺に気を遣ってくれる必要なんてないのに……。


『おはよ。調子よさそうだな』

『そりゃそうだよ。昨日あれだけきれいさっぱり振ってくれたんだから、寧ろ明るく振る舞うしかないっていうか?』

『急に言葉に圧力を感じるんだが?』

『ふふっ。冗談だよ』


 そんな他愛のないメッセージ内容にホッとしながら、俺は昨日のうるはの言葉について考えをまとめていた。


 それは、椎川には彼氏がいない、という言葉だ。


 椎川に彼氏がいないと言われても椎川から散々彼氏の話は聞かされてきたし、何よりダブルデートをしているのだからにわかには信じがたいが、うるはが嘘を言うとも思えないので事実なのだろう。


 とは言え、流石に事実関係を確認しないまま椎川にこの話をするわけにはいかないので、なんとかして真実を突き止めなくてはならない。


 どのようにして椎川から真実を聞き出すべきか……。

 

 ――あれ、そういえば今日は椎川からまだ話しかけられてないな。


 少し前まで俺と椎川の関係は悪化していたので、話しかけられなことに慣れていて気が付かなかったが、中学時代の秘密を打ち明けることで関係は修復したはずなので椎川から話しかけてきてもおかしくはないはずだ。


 それなのに、椎川から話しかけてこないこの状況には違和感がある。


 そう思った俺は自分から椎川に声をかけてみることにした。


「椎川、ちょっといいか?」


 椎川には先日俺の秘密を明かし、俺にとって椎川は大切な友達だと伝えたことで悪化していた関係は修復できていたはず。


 以前の俺と椎川の関係なら、冗談を装って彼氏がいないかどうかを訊いても問題ないと思ったのだが……。


 なぜか椎川は大きな音を立てながら立ち上がり、俺と会話どころか目を合わせることもなく無言で教室を出て行ってしまった。


「……は? どうしたんだよあいつ」

「おや、また椎川姫の気に触るようなことでもされたんですか王子様」


 椎川の態度に呆然としていたところに声をかけてきたのは橘だ。


「別に何もしてねえよ。何かした記憶なんて本当にないし。てか王子はキモいからやめろ」


 何かしたどころか、俺と椎川の関係は修復して以前よりも強固なものになったとすら思っていた。

 しかし、先ほどの椎川の態度からは俺と椎川の関係が強固になった様子は到底見て取ることができない。


 強固になったどころか俺に対して再び冷たい態度を取り始めたようにすら見える。


「いいじゃん王子。格好いいし。まあ記憶にはないって言ったってさ、お前が何かしてなかったらあんなに怒るわけないだろ?」

「やっぱり怒ってたよなあいつ」

「どこからどう見ても怒ってるようにしか見えなかったけどな。まあしばらく考えてみろよ。思い返したら意外と原因が見つかるかもしれないし」

「そうするしかなさそうだな……」


 橘にそう言われて必死に俺が椎川に何をしてしまったのかを考えたが、やはり俺には思い当たる節がない。


 その後、授業開始のチャイムが鳴る直前に椎川は教室に戻ってきたのだが、それ移行椎川はずっと窓の外を眺めており俺の方に視線をやることはなかった。

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