第30-2話 「世界一の彼氏がいるんだから」
私は一人で繁華街へと遊びに来ていた。
普段一人で遊びに行くことなどないが、新谷んから中学時代の秘密を教えてもらい新谷んとの関係が修復、いや、寧ろ以前より強固な関係になったことに私は浮かれており思わず家を飛び出してきてしまった。
新谷んとは予想以上に良い関係を築くことができていると思う。
今まではいじめを受けていた経験から友達を作ることは控えていたし、新谷んとは頻繁に会話をしていたけど、友達、と口にしたことはなかった。
しかし、先日新谷んは正式に私を友達だと言ってくれた。そのことに私は浮かれていた。
この関係を継続していくには、進むことも戻ることもせず今のままの関係を続けることが大事だ。
そうなると、いくら新谷んに彼女がいないことに気付いてしまったとは言え、進展することは望まずそれに気付いていないフリをしながら今後も新谷んと付き合っていく必要がある。
まあ進展しちゃったら仕方がないけどねぇ。私、明らかに新谷んを友達以上の存在だと思ってるし。
でも今はまだこの居心地の良い関係を続けたい。
私だけ新谷んに彼女がいないことを知っており、新谷んが私に彼氏がいると思い込んでいるこの状況は私にとって好都合だ。
それにしても、新谷んに彼女がいないって聞けたのはラッキーだった。偶然街中で新谷んと橘くんを見つけて盗み聞きできるなんてそう起こる話ではない。
ってあれ? あれって……。
街中を歩いていると、新谷んとうるはちゃんがファミレスの中にいるのを見つけた。
同級生とこの短期間に2回も遭遇するなんてことある?
というかあの2人、付き合っていないのになんで2人で遊んでいるのだろう。
いや、そりゃまあ幼馴染で仲がいいんだからそりゃ恋愛関係になくても2人で遊んだりはするだろうけど……。
まあ前回新谷んと橘くんを見かけたときは席が隣だったこともあって盗み聞きしたけど、わざわざファミレスの中に入ってまで二人の会話を盗み聞きしようとは思えない。
そう思って2人がいるファミレスの横を素通りしようとした。
今考えてみるとその時、私の頭の中には嫌な予感が思い浮かんでいたのだと思う。
ただ、そう思うのならただ素通りするだけではなく、もっとしっかり目を逸らすべきだったんだ。
ファミレスの前を通過しようとしたその時、新谷んとうるはちゃんが唇を重ねている姿が目に入ってきた。
その瞬間、時間が止まってしまったかのような感覚に襲われて目の前が真っ暗になる。
後々考えてみれば、キスは新谷んからではなくうるはちゃんの方からしていたとか、うるはちゃんが悲しそうな顔をしていたとか、新谷んが慌てていたとか、勘違いせずに済む様子は豊富にあったのだと思う。
しかし、私の視界は完全に真っ暗になっていた。
持っていた鞄を地面に落とす。
な、なんで? あの2人、付き合ってなかったんじゃないの? それならキスするなんておかしいよね?
……いや、きっと付き合ってないなんて言うのは私の勘違いだったんだ。新谷んと橘くんの会話だってきっと私の聞き間違いで……。
そもそも彼女がいると嘘をつく人なんて中々いない。私自身が彼氏がいると嘘をついているせいで別の言葉を聞き間違えてしまったのかもしれない。
流石に白昼堂々ファミレスでキスをしている2人が付き合っていないなんてことはありえないだろう。
そうだよね。新谷ん格好いいし、うるはちゃんは可愛くていい子だしお似合いの2人だよ。
私は新谷んとただの友達なのだから2人がキスしてるの見て悲しくなる必要なんて……。
そう思い込もうとしているのに、私の頬を1滴の滴が伝った。
そうだよね。私、完全に新谷んのこと意識してたもんね。今更都合よくただの友達だって思い込もうとしたって無理な話だよね……。
あの2人の間に私の入る隙なんてない。
うるはちゃんからしたら迷惑極まりないよね。自分の彼氏の周りを女の子がチョロチョロ動き回ってるなんて。
新谷んからしたって、彼女でもない私がしつこく絡んできたらウザいだけだよね。
きっと新谷んと距離が近づいたと思ってたのは私だけで、新谷んは私のことなんてなんとも思ってなかったんだね……。
悲しくなんてない。悲しくなんてない。
だって私には、イケメンで長身で誰よりも優しい世界一の彼氏がいるんだから。
本当は存在しない彼氏の存在で何とか気を保ちながら私はその場を後にした。
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