第8-4話 「見えても大丈夫だけどねっ‼︎」
私を助けてくれようとしているその男子は、職員室に倉庫の鍵を借りに行こうとしてくれた。
しかし、この人が先程の女子生徒と仲間なら私の希望はまた打ち砕かれてしまうと考え、思わずその男子生徒を呼び止めてしまった。
「あ、あの‼︎ 私閉所恐怖症で、鍵を取りに行って1人にされるのが怖いのでそこにいてくれませんか?」
自分があまりにも無茶なお願いをしているのは理解している。
今この男子生徒にこの場に残ってもらったところで私の不安が多少解消される程度で何の解決にもならないのだから。
それに、この人が先程の女子生徒の仲間なら私のお願いは聞かずに立ち去ってしまうだろう。
しかし、その男子生徒はまた意外な返答をしてきた。
「それは別に構わないけど、それじゃあ君がそこから出られないよ?」
いや、出られないのは百も承知でお願いしているんだけど……というか構わないの? 私の無理なお願いをきいてくれるっていうの?
「わ、私の気持ちが落ち着くまでで良いので……」
「……分かった。じゃあそばにいるよ」
なぜその男子生徒が私のお願いを聞いてくれたのかは疑問だったが、私の不安を解消しようとしてくれているので恐らく先程の女子生徒の仲間ではないのだろう。
だとしても、あなたがここにいてもメリットなんて何一つないんだよ? それなのにどうして……。
「どうしてそばにいてくれるんですか?」
「だって怖いんだろう? それならそばにいてあげるのが普通だろ」
……そっか。
この人にとって、人を助けたり人に優しくするのは当たり前なんだ。
そんな当たり前ができていない人がこの世には沢山いて、今まで出会ってきた人達はそんな人ばかりだった。
それなのに、この人はその当たり前を何事もなく当たり前にやってしまえるんだ……。
「……ありがとうございます」
「閉所恐怖症なら最初から狭いところには近づかない方がいいんじゃないか」
「だ、だって道具係だったからしかたがなく……」
「誰かに代わってもらわないなんて真面目なんだな」
「べ、別にそういうわけでは……」
なんだろう。おちょくられているのにこの人と会話をしていると心が落ち着く。
「何年生?」
「1年生です」
「よかった。俺も1年生だから。先輩にタメ口使ってたらどうしようかと思って」
「それなら最初から敬語で喋ったほうが良かったんじゃない?」
「そりゃそうだな」
他愛のない会話なのに、この人と会話をしていると気持ちが落ち着いていくのはなぜだろうか。
次第に先ほどまで抱いていた恐怖心が薄れていくのが分かる。
この男子生徒が同級生だと分かったとはいえ、初対面の同級生とタメ口で会話をしたことがない私でも、この人とは自然とタメ口で会話をするようになっていた。
そんな安心感を覚えていると、ガラガラ、という音とともに体育倉庫の上にあった窓が開いた。
そして開いた窓から、その男子が倉庫の中に入ってきた。
「え、どうやって入ったの? 私じゃ背伸びしても届くような場所じゃなかったのに……」
「アンタがそばにいろって言うから近くにあるものでなんとかならないかと思って探してたら偶然横に脚立が置いてあってさ。それで入ってきた。俺の日頃の行いが良かったのかもな」
「日頃の行いが良くて運がいいならなんで私はこんな目に遭わないといけないんだろう」
「……ぷっ。はははっ‼︎ お前、面白いこと言うんだな」
「ちょ、ちょっと笑わないでよ‼︎ こっちが今までどれだけ怖かったか分かる⁉︎」
「そうだよな。じゃあ外に出るか。ほら、跳び箱とか使って俺がお前を抱えたら手が届くだろ」
「そ、それはそうだけど……」
「良かったな。体操着で。それならスカートの中が見えることもないだろ」
「だ、大体スカートの中に直接パンツなんて履いてないんだから別に見えても大丈夫だけどねっ‼︎」
そして私はその男子に抱えられる形になりながら、何とか窓枠に手が届き、窓から脱出することに成功した。
その私の跡を追うようにしてその男子生徒も窓から外に出てきた。
「へ、変なところ触らないでよね」
「そんな度胸があったらこの密室でとっくの前に手を出してるよ」
「ま、まあ確かに」
「やっべ。授業中にトイレに来たにしては時間がかなり経っちまった。それじゃあもう戻るから。もう閉じ込められないようになー‼︎」
「え、あ、ちょっと‼︎ お礼を……」
こうしてその男子はお礼を言う前にその場を立ち去ってしまった。
そのせいで名前を訊くことすらできなかったが、その男子こそが他でもない新谷んなのである。
最近この件についてどことなく新谷んに訊いてみたが、新谷んは全く覚えていない様子だった。
一瞬ムカつきはしたけど、新谷んは私にとって大きな出来事だったとしても、その出来事を忘れてしまう程に日常的に人を助けているのかもしれない。
そんな新谷んは外面的にも内面的にも本当に魅力的で、私は好きになりかけていたのだと思う。
しかし、その矢先で新谷んに彼女がいると知った。
そりゃあれだけ良い人なら彼女がいてもおかしくない。
新谷んに彼女がいると分かったので私は新谷んにアタックするのをやめた。
しかし、新谷んの優しさが私にとっての光を見出してくれたのは間違いない事実で忘れることはないだろう。
この一件で私はあることに気付いた。
それは、彼氏がいる男子に対して私が身を引いたのだから、私に彼氏がいるとしたら、男子は寄ってこないのではないか? ということだ。
この日から私は、彼氏がいる、と嘘をつくようになったのである。
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