第32-2話 「大変だったな」
楓太くんが急に帰ると言い出して焦っていた俺だったが、多少の冷静さは残っていたようで帰る前に一応椎川の居場所について確認はしてみたが、椎川の居場所については把握していないようだった。
まあいくら姉弟とはいえ休日のお互いの予定なんて把握してないわな……。
ただ、自宅にいないのは間違いないようなので、椎川の家には向かわず当てもなく椎川を探し続けた。
その情報が無ければ椎川の家まで言っていたはずなので、それだけでも大幅な時間短縮にはなっているだろう。
誰しもが一番に思いつくだろうが、勿論スマホで連絡をしようとは考えた。
しかし、俺は椎川の連絡先を持ってはいなかったのだ。
俺たち、こんなに長い時間近くにいたってのにお互いの連絡先すら知らないんだな……。こんなことになるなら最初から連絡先を訊いておけばよかったと後悔している。
いや、そんな後悔をしたって何の意味もない。
できるだけ人と関りを持たないようにしていた昔の俺が椎川に出会った時に連絡先なんて訊けるはずがないのだから。
というか楓太くんにお願いして椎川の居場所を訊いてもらえばよかったなぁ。
そうすれば探す手間も省けたはずだ。
……いや、こうして椎川を探す時間にもきっと何か意味はある。それは今まで嘘をついて散々大勢の人に迷惑をかけた罪滅ぼしなのかもしれないし、椎川とのこれまでを振り返るために与えられた時間なのかもしれない。
だから俺は何があっても椎川を見つけるまで諦めない。
それにしても、椎川が嘘をついているのは事前情報もありあまり驚きはしなかったが、まさか弟を彼氏だと言っているとは思わなかった。
俺ですら妹は避けてうるはを嘘の彼女だと言っていたのに……。
まあ椎川の友達といえば杏樹くらいだし、嘘の彼氏だといえる男子に当てが無かったのだろう。
正直うるはがいなかったら俺だって妹を嘘の彼女だとして仕立て上げていたかもしれないので人のことは言えないな。
椎川は可愛い。急に何を言いだすのかと思われるかもしれないが、外見の良さというのは俺たちにとっては武器でもなんでもない、寧ろ背負わされたハンデのようなものだ。
人目を憚らずに言わせてもらえば、外見が良い、悪いというのは人の価値観として間違いなく存在する。
だからといって俺が外見で人を判断することはないが、これまで俺たちは外見が良かったせいで虐げられ、辛い時間を過ごしてきた。
椎川の彼氏が弟だという事実が発覚したのだから、うるはの言っていた椎川が彼氏がいると嘘をついていた理由も間違いない事実なのだろう。
俺と同じ嘘をついているということは、椎川も俺と同等の酷い過去を持っているはずだ。
同じ過去を経験した二人ならば出会ってすぐに意気投合し、唯一無二の存在になれたかもしれない。いや、きっとそうなっていただろう。
それなのに、お互いが自分を守るためについた嘘がお互いの距離をある一定の距離で保たせていたのだから皮肉なものである。
結局は外見なんて良かろうが悪かろうがその人にはその人の悩みがあるのだろう。
椎川が毎日のようにしてきていた告白。
彼氏がいる椎川が俺に告白をしてくる理由はただの悪ふざけなのだと思っていた。
彼氏がいて、さぞ楽しい生活を送っている椎川が調子に乗って俺をおちょくっているのだと、そう考えていた。
しかし、あれは椎川なりの俺との距離の詰め方だったのかもしれない。
俺たちは人との距離の詰め方を知らないし、距離を詰めようとしてまちがって間違った方法をとってしまうことに人一倍怯えている。
だからこそ、ああやって冗談でも言っていないと俺と椎川の距離がここまで近付くことはなかっただろうし、そもそも関係を持つことだってなかったかもしれない。
今こうして冷静になって思う。
椎川が毎日のようにしてきていた告白は、彼氏がいないとするならば大きく意味が変わってくるんじゃないか? と。
彼氏がいる女子が毎日告白をしてきたのならば、今までのように冗談だと笑い飛ばすだろうが、彼氏がいない女子がこうして毎日告白をしてくるということは……。
俺の予想が正しいのだとしたら椎川はきっと俺のことが……。
こうやって都合よく想像して、俺はまた間違えるかもしれない。間違えに間違えた末、大事な存在を失ってしまうかもしれない。
俺にこうして探されていることですら迷惑だと吐き捨てるかもしれない。
それでも、これまでの自分たちを変えるには一歩を踏み出さなければならない。俺が一歩を踏み出すことで、俺たちの関係は何十歩も何百歩も進展する可能性があるのだから。
仮に間違いだったとしても俺は自分の気持ちに正直に生きたい。これまで変に気を遣って生きてきた結果がこの訳の分からない状況なのだから、正直に生きた方が幾分かマシな人生を送ることができるだろう。
俺は今無性に椎川を抱きしめたい。1人でいる椎川を抱きしめてこう言ってやりたい。
「大変だったな」と。
そしてあわよくば、俺だってこう言ってもらいたい。
「大変だったね」と。
それは欲深すぎるのかもしれないが、そのコミュニケーションが、俺たちにとって大事な大事な始まりになるだろう。
当てもなく椎川を探しているため、かれこれ数時間、椎川を見つける事ができないでいる。
それでも諦めずに捜索を続けていると、椎川の家の近くにある公園で俺はその姿を見つけた。
そいつは小高い丘の上にある公園の頂上に置かれたベンチに座り、街の景色を見下ろしていた。
そして俺は、椎川に気付かれないようそっと近づいて……なんて器用なことはしようともせず、
椎川のいるところまで全力で走っていきその勢いのまま、椎川の都合なんて考えずに、椎川に抱きついた。
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