嘘の判明
第32-1話 「不器用なんですよ」
椎川が俺の追走から全力で逃げ帰ってしまってから一週間、椎川は俺と顔を合わせるどころか口も聞いてくれず、椎川との関係は悪化の一途を辿っていた。
この一週間にも俺はめげずに何度か椎川に声をかけようとはしてみたのだが、センサーをビンビンに張っている椎川は俺が声をかけるよりも先に逃げてしまう。
急に機嫌が悪くなってしまった理由が分からずどうしようもなくなってしまった俺は1人でブラブラと街の中を徘徊していた。
「……はあ。もうどうしようもないよなぁ」
「あれ、新谷さんじゃないですか」
独り言を言っている間に後ろからしゃべりかけられた俺は急いで後ろに振り返る。
どこかで聞き覚えのある声のような気がしていたが、そこには長身でさわやかイケメンの椎川彼氏が立っていた。
「あ、松坂さんでしたっけ。お久しぶりです」
「あ、やっぱりまだ何も聞いてない感じですか?」
「え? 聞いてないって何を?」
「とりあえずカフェにでも入りましょうか」
そう言われて特に疑問を持つこともなくカフェに入ったのだが、なぜ俺は椎川の彼氏と2人でカフェに入ることになったのだろうか。
別に俺と出会ったからと言ってわざわざ俺を誘ってカフェに入る必要はないはずだ。
今は椎川と喧嘩をしていてそれどころじゃないってのに……。
――いや、考えようによってはこれは寧ろチャンスなのではないか?
訊きづらい内容ではあるが、椎川に訊くよりも椎川の彼氏に訊く方が難易度は低いような気がする。
というか俺は何を聞かされていないのだろうか。
俺と松坂さんが椅子に座って会話を始めようとしたところで、後方から女性の声が聞こえてきた。
「あ、あの……」
「あ、丁度いいタイミングですね」
「こ、こんにちわ」
俺たちが座った席にやってきた一人の女の子。
なぜ話しかけられたのかも分からないしもちろん俺と面識はない。
となればこの女の子は松坂さんの知り合いなのだろう。
その女の子は少し恥ずかしそうに俺に向かって会釈をしてはいるが、松坂さんとどのような関係なのだろうか。
「あ、あの、そちらの女性は?」
「はい。僕の彼女です」
――は? 僕の彼女?
あんたの彼女は椎川……いや、うるはから椎川には彼氏がいないという話は聞かされているので、松坂さんと椎川はやっぱり付き合ってないのか?
――いや、松坂さんが浮気をしていたってことか!?
そう考えた俺は慌てて席を立った。
「温厚そうに見えるあなたがそんなに軽い人だとは思いませんでした!! もう帰ります!!」
「ちょ、ちょっと⁉︎ 何か勘違いしてませんか‼︎」
「勘違い?」
「僕は椎川楓大。椎川望結の弟です」
「……は? 弟?」
俺は松坂さんが放った言葉の意味を理解することができなかった。
椎川に彼氏がいないという話はうるはからも聞いていたので、今更彼氏じゃないと言われても驚かないが、弟だと言われれば話は変わってくる。
その話が本当だとしたら、この人は松坂さんですらないのか!?
「はい。弟です」
よく見れば確かに椎川と顔が似ているような気もする。顔の輪郭も目の大きさも鼻の高さも、よく見れば椎川に似ているように見えてくる。
というか、以前椎川から彼氏の写真を見せてもらったときにも同じことを思った気がする。それならその時に気付けたんじゃないのかよ俺・・・・・・。
「……確かに、言われてみれば顔も似てる」
「よく言われます」
椎川の遺伝子と同じ遺伝子を受け継いでいるのだから、楓大くんがめちゃくちゃイケメンなのも頷ける。
姉弟そろって美男美女とは最強遺伝子だな。
というか今俺めちゃくちゃ恥ずかしい勘違いしてたよな⁉︎
しかもかなり失礼な勘違いを⁉︎
「あ、あの……。ごめん。変な勘違いして」
「いいんですよ。嘘をついてた姉が悪いんですから」
「いや、そういう嘘をつかないといけない事情があったんだろうし、悪いなんてことは思わないよ」
「……姉が新谷さんを魅力的に思う理由がわかりました」
「え、何か言った?」
「いえ、なにも」
変な勘違いをしてしまったのは恥ずかしいが起こっている様子はないし許してくれているようだ。
というか、椎川は弟が彼氏だって嘘ついてたのか!?
それは流石に軽率すぎるだろ……。思わず少し笑みがこぼれた。
「というか本当に君は弟なのか?」
「はい。これ見てください」
そう言って椎川弟が見せてきたのは学生証だ。
見せられた学生証には間違いなく『椎川』と書かれており、名前の横には楓太くんの写真も張られており、この子が松坂さんではなく、間違いなく椎川の弟だということが分かる。
流石に生徒手帳を偽造してまで嘘をつこうとは思わないはずなので、これは信頼していいだろう。
「本当に弟なんだな」
「はい。本当です」
椎川が彼氏だと偽っていたのが弟だというのには驚かされたが、弟なのであれば今俺が悩みに悩んでいる問題について質問も訊きやすい。
「そういえば、最近椎川の機嫌が悪いんだけど、何かしらないか?」
「はっきりとした理由は知らないですけど、まああんな姉なので、不器用なんですよ。新谷さん、姉を頼みます」
「……へ? いや、急に頼まれても……」
「それじゃあ僕たちはもう行くので」
「え、あ、ごめんね。長々と引き留めて」
「いえ、また機会があれば、今度は4人で」
「……4人?」
そう言って楓大くんは店を出て行ってしまった。
なぜ楓太くんが急に店を出て行ったのかは分からないし、楓太くんが何を言っているのかは理解できなかったが、椎川は不器用だと楓太くんは言った。
そうだ、椎川は不器用なんだ。それはこれまでの行動を見ていれば分かる。
そして、俺も椎川と同じ嘘をついてしまうくらい不器用なんだ。どう器用に立ち回ろうとしたって俺にはそんなことできるはずがない。
それならば、やはり正面から当たって砕けるしか方法はないのだろう。
それに気づいた俺は直ぐに走り出した。
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