第28-1話 「俺の家こいよ」

「なぁ椎川」


 登校してきて自分の席についた俺は、隣の席にいた椎川に声をかけた。


「な、なに? どしたの?」


 やはり椎川の俺に対する態度は相変わらず以前とは異なっている。


 これまでの椎川であれば俺が声をかけても挑戦的な態度で俺を揶揄うような姿勢を見せていたのに、今の椎川は明らかに動揺している。


「放課後さ、俺の家こいよ」

「……へ? 新谷んの家?」


 椎川は首を傾げる。


「そう。俺の家」

「な、なんで私が新谷んの家に行かないといけないの⁉︎」


 まあ予想通りの反応だな……。

 なぜかは分からないが俺に対する態度を一変させ距離を置こうとしている椎川に対して、自分の家に来いと急激に距離を縮める提案をしているのだから反発されるのは当たり前のことだ。


 それを分かっていながら声をかけたのは、このままでは椎川との関係が終わってしまうような恐怖感があるからだ。


「特に理由はないけど、別に来ない理由もないだろ?」

「そ、そりゃまあ別に行かない理由はないけど……」


 特に理由がないとは言っているが、流石の俺も理由なしに椎川を自分の家に誘うようなことはしない。理由があって椎川を家に呼んでいる。


「じゃあ決まりな」

「いや、勝手に決められても困るんですけど⁉︎」

「だって断る理由はないんだろ?」

「理由はないけど……」

「なら構わないな。それじゃあ放課後、帰る前に声かけるわ」

「わ、分かった……」


 無理矢理ではあったが、なんとか椎川を俺の家に誘うことに成功した。






「お、お邪魔します……」


 椎川は申し訳なさそうに、入りづらそうにしながら俺の家へと入ってきた。


「別に緊張しなくても大丈夫だぞ。まだ家族誰も帰ってきてないから」

「だ、誰もいないの⁉︎」

「いたほうがよかったか?」

「いや、いない方が気楽だけど……」


 椎川に緊張させないようにと、普段で有れば俺より先に帰ってきている妹には寄り道してから帰ってくるようにお願いしていたので、家には誰もいない。


 誰もいない静かな家を、無言のまま進んで俺たちは俺の部屋へとたどり着いた。


「まあ座ってくつろいでくれよ」

「いや、くつろぐって言われても……」


 そう言いながら椎川が座ったところで、俺は本棚から一冊の大きな本を取り出し椎川こ前においた。


「え、何これ……卒業アルバム?」

「そうだ。俺の中学の卒業アルバム」

「え、なに、これを見せるためにわざわざ家に呼んだの?」

「そうだよ悪いか」

「別に悪くはないけど……」


 そう言いながら椎川は俺の卒業アルバムに目を通し始めた。


 卒アルに登場する橘やうるはを嬉しそうに指差しながら卒業アルバムをめくっていった椎川だったが、しばらくしてから椎川の表情は曇り始めた。


「……え、新谷んどこにも写ってなくない?」

「写ってなくはねぇよ。最後の集合写真にだけはいるだろ」


 そう、俺が今日椎川に見せたかったのは、俺の登場回数1回か2回しかない卒業アルバムだ。


「なんで写ってないの? 偶然写真に写ってなかったの?」

「大体そういうのは不公平にならないよう全員が写るようになってるから偶然写ってないってことはねぇよ」

「ならなんで……」

「あんまり学校に行ってなかったんだよ」

「……え?」


 椎川は卒アルから目を離し俺の方を向く。


「俺さ、色々あっていじめられてたんだよ。理由は恥ずいから言わないけどな」

「そ、そうだったんだ……。でも、なんでそれを私に?」


 そう、それが今日、俺が椎川に伝えたかった最重要事項である。


「中学時代も友達がいなかったからさ、俺が今友達って呼べるのは橘だけなんだよ」

「まあそうだろうね。いじめられてたからって理由は知らなかったけど、新谷んが橘くん以外と学校で喋ってるのほとんど見たことないし」

「確かにほとんど喋ってないけどな、お前もそのうちの1人なんだよ」

「……へ?」


 自分で言っておきながらなんて恥ずかしいことを言っているのかと顔を覆いたくなるが、俺は昨日、妹に言われて決意した。思ったことをそのまま行動に起こすと。


 いくら恥ずかしいからとはいえ、引き下がるわけにはいかない。


「お前だけなんだよ。あんなにうざったらしく毎日毎日絡んでくるのは」

「う、うざいってそんなストレートに言わなくても……」

「でもそのうざさが俺にとって大切だったんだよ。だから……」

「だから?」

「こ、これからも友達でいてくれ」

「--え? そんなこと言うために私を家に呼んだの?」

「な、何がそんなことだ‼︎ こっちからしたら重大なことなんだからな⁉︎」

「はははははっ‼︎ なにそれ新谷んやばい、面白すぎるよそれ‼︎」


 椎川は腹を抱えて笑っている。


「おい、笑うな‼︎ これでも勇気出していったんだからな‼︎」

「ごめんごめん。そうだよね。……こちらこそ、これからも友達でいてね」


 そう言って微笑む椎川の顔が妙に可愛らしく、輝いて見えて、俺は思わず目を奪われた。


「……ありがとう」

「ほら、礼を言うならジュースでも持ってきてよ」

「ちょ、お前急に態度元に戻りすぎ……」

「ほら、早く持ってこないと友達やめるよ‼︎」

「ちょ、調子に乗りやがって‼︎ すぐ持ってきます‼︎」

「持ってくるんかい‼︎ ははははっ‼︎」


 不恰好なやり方だったとは思うが、なんとか俺たちは元の関係に戻ることができた。

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