第18-1話 「させられてるんです」
姉ちゃんと新谷さんがトイレに入っていき、俺はトイレの前に置かれていたベンチに座っていた。
ベンチの横には新谷さんの彼女、うるはさんが座っている。
新谷さんとうるはさんからはずっと前から一緒に過ごしていたことが伺える雰囲気を感じる。
ちょっとやそっとの関係では作り上げることができないようなテンポの良さがあるし、本当に仲のいいカップルなのだろう。
「「……はぁ」」
俺が姉ちゃんの嘘に呆れてため息を吐くと、うるはさんも同じタイミングでため息を吐き顔を見合わせた。
今日初めて顔を合わしたうるはさんとため息のタイミングが被ってしまい、絶妙に気まずい雰囲気が流れ始めている。
というか、うるはさんはなんでため息をついているのだろう。ため息を吐く理由なんて見当たらないのだが……。
「お疲れですか? 初めて会う人とダブルデートなんて疲れますよね。僕の彼女が迷惑かけてすみません」
ああ……。自分の姉を彼女と呼ばなければならないなんて虫唾が走りそうになる。
まあ見てくれだけはいいのは認めてやるけど。
「迷惑だなんてそんな……。ただちょっと特殊な事情があって疲れちゃって」
「特殊な事情?」
「はい。ここだけの話、直生くん、彼女なんていないんですよ」
「そうなんですか……ん?」
……は? 彼女なんていない?
いや、でもうるはさんはこの場にダブルデートをしにきているのだから、彼女が存在しないと言われてもその発言の真意をすぐに理解することができない。
「え、それどういうことですか?」
「訳あって彼女のフリをさせられてるんです」
嘘だろ? そんなの僕たちと全く同じ状況じゃないか。
その話を聞いた時、流れに身を任せて、僕も実は嘘の彼氏なんです、と言おうとしたが、それを言ってしまったと姉ちゃんに知れ渡ったら後で何されるか分かったものではないので、その言葉をグッと飲み込んだ。
「そ、そうなんですか……」
「あれ、その訳は訊かないんですね。やっぱり、あなたはいい人なんですね」
「そ、そんなことはないですけど……」
「いえいえ、そんなことありますよ。そう思ってなかったら今の話だってあなたには直接しませんしね」
「は、はぁ……」
「直生くんはもっとちゃんとした生き方をしないとダメなんです。嘘をついて上手くいったって、それは結局後々自分のためにならないし、ただ自分の首を絞めるだけになっちゃいますから」
今俺たちが全く同じ状況だからというのもあるが、この人の言葉はそっくりそのまま姉ちゃんにも言われているような気がした。
「じゃあどうしたらいいと思うんですか?」
「それは直生くんが決めることだし、私が決めることじゃないよ。まあでも、将来的にあの人の隣にいるのが私だったらなって思ったりしてるってのは本当の話だよ」
……ああ。うるはさんと新谷さんがあまりにもお似合いで波長が合っていると思ったのは、この人が新谷さんのことが大好きで、ずっと新谷さんのことを考えて生きているからなのだろう。
嘘のカップルではあるが、熟年の夫婦と勘違いしてしまいそうな程波長があっているように見える。
それにしても、新谷さんも罪な男だなぁ。自分のを好きな女の子の気持ちに気付かずに、彼女のフリをさせるなんて……。
まあ新谷さんにも彼女をいると嘘をつくそれなりの理由があるのだろう。
新谷さんとうるはさんが本当にうまくいったらいいなと思う反面、なぜか僕は今日会ったばかりの新谷さんと姉ちゃんが、いつか結婚したらいいのになんて、突拍子のないことを考えていた。
「あ、あの」
「どうかした?」
「僕たち今から帰りませんか?」
僕は嘘みたいな言葉を真剣な表情のままうるはさんに投げかけた。
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