第6-1話 「……尾行するしかないな」

 今日は待ちに待った新作ゲームの発売日で、俺は地元の本屋へと足を運んでいた。


 少し前にうるはを呼び出してゲームを買いに行っていたのに、また新作のゲームを買いに行っていることからも俺のゲーム好きが伝わるだろう。 


 ゲームのためとはいえ、毎度毎度家を出てゲームを買いに行くのは面倒くさくはある。

 わざわざ店に出向かなくとも通販で購入すればよいのではないかと言われてしまいそうだが、ゲームの新作を通販で購入するのはなぜか抵抗があるので、いつもお店に直接出向き購入するようにしている。


 店に到着し、店内へと足を踏み入れようとした俺は思わず足を止めて店の前に置かれていた看板の隅へと姿を隠した。

 店内に入っていこうとしている俺の目の前に、見覚えのある人物が立っていたからだ。


 看板の隅から顔を出し、何度も確認してみるが、何度確認してもそこにいるのは椎川だった。


 なぜ椎川が本屋に? 


 椎川は今日彼氏とデートだと言っていたはず。デートで本屋に行くのはあり得ない話ではないが、彼氏と一緒ではなく1人で本屋に入っていく姿に俺は違和感を覚えた。


 なぜ彼氏と一緒にいないんだ? まだ集合時間ではないのか?


 ……いや、椎川は昨日、『朝から晩までずっと一緒』と言っていた。

 となると、昼過ぎであるこの時間帯に1人で本屋の中を歩いているのはやはり違和感しかない。


 やはり彼氏と喧嘩をしており、デートの予定だったところを1人で出かけることにしたのだろうか。


「……尾行するしかないな」


 なぜ椎川が1人で本屋に入って行ったのか気になった俺は椎川を尾行すると決めた。

 流石の俺でも尾行をするのに抵抗はあり、尾行しようと即決で決められたわけではない。


 椎川を尾行するかしないかはかなり逡巡したが、学校以外の椎川を何も知らない俺は単純に休日の椎川が何をして過ごしているのか知りたくなってしまった。


 尾行を開始すると決めて直ぐに椎川は本屋を後にし、本屋を出た椎川の後を付けること5分、次は靴屋へと立ち寄った。

 靴屋へ立ち寄る際も彼氏と合流することはなく、1人で入店した。


 焦る様子もなく靴屋に立ち寄るとなると、やはり彼氏と待ち合わせをしているわけでもなさそうだ。


 そして1人で靴を試着して店員と会話をし、気に入らなかったのか試着した靴は購入することなく店を出た。


 靴屋を出て次に向かったのは女性物の服を取り揃えているアパレルショップで、靴屋の靴に続き様々な服を試着している。


 靴を見に行ったり服を見に行ったり、これなら彼氏さえいれば普通の定番デートとして余裕で成り立つはず。

 それなのに、なぜ彼氏がいないのかが俺には理解ができない。


 更に尾行を続けると、最後に立ち寄ったのはごく普通のスーパーマーケット。

 そして椎川は恐らく今日の夕飯で使用すると思われる具材、卵や肉、野菜類を購入してスーパーマーケットを後にした。


 ……いや、これは間違いなくもう今日はデートしないだろ。


 彼氏とデートする予定があるならデート前に買い物なんてしないだろうし、尾行を続けてもう夕方になりつつある。


 まさかとは思いながらそのまま最後まで尾行を続けていたが、椎川はそのまま自宅へと帰って行ってしまった。


 なんだよ、デートなんて全くしてないじゃないか。何でデートしてないんだよ……。


 なぜ椎川が今日彼氏とデートをしていなかったのか、気になって気になって仕方がない。

 こんな疑問を残したまま普通に学校生活を送るなんてできそうにないが、椎川になぜデートをしていなかったのか、と訊いてしまえば俺が尾行をしていたことがあるので訊けるはずもない。


 尾行を終えて帰路についたが、俺はその後もずっと椎川がデートをしていなかった理由について考えさせられていた。

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