08話.[それなら大丈夫]
二月になった。
特になにかがあったわけでもないのに、忙しかったわけでもないのに、それでもあっという間に一ヶ月が経過してしまったことになる。
わがままな自分としてはもう少しぐらいなにかがあってくれるとよかったんだけどね……。
「どーん!」
ただ、彼女は変わらず元気でいてくれているからその点はよかった。
友達が調子悪そうにしていたらそわそわしてしまうからこれからもそうであってほしいと願いつつ、もう少しぐらい勢いを弱めてほしいと考える自分もいる。
「へいへい、もっと元気に生きましょうや!」
「ふふ、花帆の真似をすればいいの?」
「そう! それで組織を作るんだよ!」
彼女みたいな子が集まる組織が出来上がったら付いていけなさそうだった。
なので、あくまで三人でいられればいいと言ったら「はぁ」とため息をつかれてしまう。
だってどうせなら楽しくやりたいとも言ってみたら「明るくなった方がもっと楽しめると思うけどね」とそれっぽいことを言われて黙ることになった。
でも、人によって過ごし方というのは変わってくるから難しいことだと思う。
彼女にとってはそれが素だとしても私が真似をすることになったら無理をしているということにしかならないんだ。
「あ、でも、和といちゃいちゃしてばかりの真由は外しちゃおうかな」
「私がいても空気を悪くしちゃうかもしれないからその方がいいかも」
って、なんでこんな話をしているんだろう?
私がしなければならないのは多数と仲良くすることではなくふたりと仲良くすることだ。
たくさんのことを求めようとしたらまず間違いなく上手くいかなくなるから調子に乗らないようにしなければならない。
本当だったらここで止めてくれる和がいてくれればいいんだけど、残念ながらグループの子達を優先しているから望んではいけないことだった。
和的にはうるさい彼女を黙らせるために学校では遠慮をしている、らしい。
「花帆、ちょっと飲み物を買いに行こ」
「いいよー」
もう少しでバレンタインデーになる。
毎年市販の物を買って渡していたから今年もそうしようと思う。
もうそれで完成形なんだから変にいじる必要はないだろう。
「ぷはぁ、冬でも変わらずに冷たい飲み物が美味しいですなあ」
「え、冷たいのを買っちゃったの?」
「え、まさか温かいのを買う派なんですかい?」
押し付けるつもりはないから押し付けないでほしかった。
黙ってちびちびと飲んでいたら「飲ませてっ」と無理やり奪われて飲まれてしまった……。
いまさら間接キスぐらいでわーわー言うような歳ではないし、そもそもそんなこと全く気にしない人間だから構わないと言えば構わない。
ただ、あくまで信用している相手にしかしてほしくない、というのはあるかな。
「なるほど、温かいのも悪くはないかな」
「ほとんどなくなった」
「うっ、ほ、ほらっ、私のもあげるからっ」
「いいよ、そろそろ戻ろっか」
「あ、ま、待ってっ」
元気な彼女と教室に~というところで和が出てきた。
どうやら私達を探していたみたいだからもう少し廊下でゆっくりすることにする。
やっぱり三人でいられる時間が一番大好きだ。
ふたりきりになると……その、すぐに健全ではなくなるからこっちの方がいい。
あれもまた常識人である和が止めてくれるといいんだけど、残念ながら和の方が本気だからそうはならないんだ。
「ふぅ、やはりふたりといるのが一番楽だな」
「当たり前だよ、可愛げがあるふたりだからね」
「それもあるが、やはり一緒に過ごしてきた時間の差というのは露骨に、な」
珍しく花帆は違うとかそういうことを言ったりはしなかった。
彼女もまた、そんな珍しいことがあったのにそこには全く気づいていないみたい。
いや、それかもしくは気づかなかったふりをしているのかもしれなかった。
触れてしまったらまたいつものそれが始まってしまう、的なことを考えたのかも。
「こっちを優先しない罰なんですよ」
「はぁ、私が真由を優先していれば文句を言うくせになにを言っているのか……」
「違うよ、私達ふたりを放っておくのは犯罪ってこと」
「それなら突っ伏していることがまだある貴様も同罪だということだな」
「わ、私はもう真由にべったりだもん」
「それなら私もそうだが」
べったりという意味ではどちらも同じようなものだから確かに間違ってはいない。
すぐにくっついてくるから私としては気恥ずかしくなることも多い。
暖かい、柔らかい、いい匂い、同性だろうと関係なく物理的接触は影響を与えてくるんだ。
まるでふたりからモテているような風にも見えてしまえるのが危険だった。
「学校にいるときの真由は私の!」
「勝手に貴様の物みたいな扱いをするな」
「ふふんっ、それが嫌ならもっと来るべきだね! ま、あなたにはそれができないんだけど!」
はぁ、なんですぐに煽ってしまうのか。
言い合いでは勝てないのにどこからその自信はきているんだろう?
私としてはさすがに学んだ方がいいとしか言いようがない。
これで構ってもらえるから~ということなら止めることはしないけど。
「こめかみをぐりぐりしてやる!」
「わっ、えっ、あっ」
手が出やすいということを分かっているのに馬鹿としか言えない。
それで三秒後ぐらいには涙目になった彼女が出来上がっていた。
こっちを抱きしめてきたからよしよしと撫でておく。
って、馬鹿とか思っているくせにこれはなんかずるい気がする……。
「私にいてほしいならいてほしいと素直に言えばいいではないか」
「逆だよ逆、和が素直になれていないだけでしょ」
もう彼女はMということで片付けておこう。
構ってほしいからしていること、そう考えるのが一番だから。
いちいち悪く言ってしまうあたりが微妙だけどね。
でも、どうしようもないことだから特に言ったりはしなかった。
「今日は酷い目に遭った、このままだとあれだから駄菓子屋さんにでも行こうよ」
こういうところは好きだった。
「どうしたい?」と聞かれるよりもよっぽどいい。
これなら付いていくだけで特に文句を言われることはないから。
まあ、聞いておきながらえーとか微妙な反応をする子じゃないんだけど、世の中にはそういう難しい人がいるということを分かっているからこういう感想になるんだ。
「やっぱりこれだよねー」
「うん、ここに来るといつも買っちゃうかな」
お湯を入れるだけで美味しいラーメンが食べられるという物。
スープが美味しいし、これがまた冬に食べると体が暖まっていいんだ。
隣に仲がいい相手がいてくれているというのも大きい。
「ねね、本当に和から変える気はないの?」
「それは……うん、花帆には悪いけど……」
「ちぇ、でも、こうして相手をしてくれるんだよね?」
「うん、それは必ず守るよ」
「ならよしっ」
これもまたこちらが頼む側だからそこを勘違いしないでほしい。
もっと堂々としていてくれればいいんだ、それで怒ったりはしないんだから。
まあでも、他者からすればそれを完全に鵜呑みにして行動するのは怖いか。
私だってそうだ、気にしないでいいと言われても気になってしまう。
だからそう聞かれる度にはっきり言おうと決めていた。
不安だということなら何度でも言ってあげるから安心してほしい。
「あと、抱きしめてもいい?」
「私からはできないけど花帆がしたいならしていいよ」
このことはちゃんと和に言うから大丈夫だ。
ちなみに、この後また三人で集まることになっているからすぐに言える。
空になった容器を捨てて、少しだけ離れたところで彼女が抱きしめてきた。
「これをしないと一日が始まらないし、これをしないと一日が終わらないんだよ」
「そうなんだ、じゃあこれからもしてくれれば――ぶぇ」
気づいたら既に和がいて頬をぎゅっと掴まれていた。
私が相手でも、いや、私が相手だからこそすぐにこうなるのかもしれない。
和は「気軽に許してしまうなんて私の友は淫乱だな」と言ってきた。
私のこれが淫乱に該当するなら普段の彼女はどうなってしまうんだろうか?
「それより場所を考えろ、こんなところで抱きしめるなんてどうかしているぞ」
「あれ、和は普通に外でしていたよね? あれれー? 自分のことは棚に上げてすぐにそういうことを言ってしまうのかなー?」
「それはいいから離せ」
「はーい」
これから私達はチョコを買いに行くことになっていた。
彼女達は溶かして作るみたいだからすごい。
……私も正当化していないでそろそろ頑張った方がいいのだろうか?
「花帆は誰に渡すのだ?」
「えっとねー、ふたりにだけではなくて両親にも作ろうとしているんだ」
「ほう、それなら喜んでくれることだろうな」
「んー、だけどやったことがないからね……」
「それなら一緒にやろう、一緒にやれば楽しく作れるだろう」
「お、それならお世話になろうかな」
ど、どうする? と悩んでいる間にお店に着いてしまった。
結局、市販の物でいいやと片付けた自分がいた。
ここで頑張る必要はない。
あくまでチョコを渡す、ということが重要なんだから。
それになにより、そのことよりも仲良くすることの方が大事なんだからね。
あと、そろそろいい加減、いまよりも踏み込まなければならなかった。
曖昧な関係のままではいたくないし、いるつもりもない。
告白されたいとかそういう願望はないからそれこそバレンタインデーの日に決めようか。
「貰えるのならこれがいいな、複数楽しめるし、なにより安価だ」
「それでいいの? それならこれを買おうかな」
「花帆にはそうだな……あ、これとかどうだ?」
……そちらは少し子ども向けな感じがした。
大人からすれば私達は子どもだから仕方がないと言えば仕方がないけど、なんか悪意のようなものを感じる。
でも、なんかいやと断るのは違うからこれも含めて買うことにした。
お小遣いは貯めてあるから問題ないし、自分も食べられるから丁度よかった。
「バレンタインデーだね」
「ああ」
既に渡してしまっているからただ当日を迎えたというだけだった。
が、私にとってはこれから戦わなければならないわけで。
少しだけ手に力が入っていることがよく分かった。
「和」
「どうし――どうしたのだ?」
ほぼ衝突するような形になってしまったけど気にせずに強く抱きしめる。
彼女と違って力が強いというわけでもないからこれでも痛くはないはずだった。
「私、和が好き」
「それは告白、なのだな?」
「うん、待っていられなかったから」
これ以上曖昧な関係でいたくはなかった。
付き合えるのなら色々と制限されても理不尽レベルではなければ文句も言わない。
彼女が受け入れるということは我慢をするということでもあるので、それぐらいをしてやっと対等な気がするからだ。
これでは答えづらいだろうからすぐに体を離して待った。
その際は違うところを見るわけでもなく、ちゃんと顔を見ていた。
「やはりはっきりする必要があったか」
「ん?」
「ああ、あのまま自然となるようになるのを望んでいたところもあったのだ。だが、真由からしたら不安になってしまうということを私は分かっていなかったなと反省している」
確かにあのまま仲良くしていけば勝手に変わっていった可能性が高い。
いつしか相手に求めることも過激なものになっていたかもしれない。
それでもキスとかは付き合ってからという考えもあったので、結局前に進めていたかどうかは分からないままだった。
だからそれならこうしてお互いに気持ちをぶつけてしまった方がいい。
スキンシップをしてきていてもいざ告白をしたら無理となる可能性だってあるんだからね。
「私も真由のことが好きだ」
「ふふ、ありがとう」
「ふっ、ああ、こちらこそありがとう」
彼女がそう言ってくれた瞬間に猛烈にチョコが食べたくなってしまった。
甘い雰囲気になったからこそなのかもしれない。
彼女がチョコをくれたから食べようと思えば食べられるんだけど、
「甘い雰囲気を壊し隊が来ましたよ~」
花帆が来てくれたことでその欲求もどこかにいってくれた。
目の前でがつがつ食べるようなことにならなくてよかった。
彼女も今回ばかりは……いや、なんだろうあの顔はと困惑。
迷惑そうにしているわけでも、笑みを浮かべているわけでもないそんな曖昧な顔だった。
「ふはは、ずっとそんな感じでいられるわけがないでしょ?」
「花帆」
「ん? ちょ、ちょっと、か、彼女がいるのにぐいぐい近づいてきていいの?」
「こめかみをぐりぐりしてやるからじっとしていろ」
「えっ、あ!」
彼女的には納得のできないことだったとよく分かった。
約一分後には涙目になっているいつも通りの花帆が出来上がった。
「うぅ、やっぱり真由の方がいいよ」
「私に告白しようとしたことがあるのか?」
「うん、一回だけね。でも、そのときも強力なライバルがいたわけですからね」
そのときに告白をしていればどうなっていたのかは分からなかった。
中学生のときなんかはふたりとも同じ部活をやっていたわけだし、帰ることだって一緒にしていたわけだから可能性は高かったはずで。
だけど私としてはそうされていなくてよかったとしか言いようがない。
もちろん、それをここで口にしたりはしないけど。
「だからいいんだ、これからは真由を抱きしめて過ごすから」
「……触れるぐらいだったら許可してやる」
「えぇ、別に和の物とかってわけじゃないのに」
「うるさい、いいからそろそろ帰るぞ」
あ、ちなみにここは学校の敷地内だった。
外に出ても告白はしただろうけど、最初からここでと決めていたからできてよかったなと。
どちらにしろ自分から告白するということは決めていたから自分から頑張らなければいけないわけだしね。
いつもと違って受け身でいるわけにはいかなかったんだ。
「でも、私は和の方から告白すると思ったけどな」
「私もそのつもりだったのだがな」
「真由って結構大胆だよね、私達限定かもしれないけどドキッとさせることが上手なんだよ」
「そうだな」
正直、思わせぶりなことを言ったことはないと思っている。
結構私程度の人間が~と考えてきたぐらいだし、そんな余裕はなかったわけだし。
が、ふたりはこうして言っているわけだから実際は違うのかもしれない。
「真由は怖いからな、これからも流されないようにしなければならない」
「怖くないよ?」
「はは、普通に存在しているだけなら確かにそうなのだがな」
少しだけ気になったから手をぎゅっと握ったら握り返された。
ちなみに反対の手は既に花帆に握られていた。
……これではなんとなく私がふたりの子どもみたいだという風に感じて嫌だった。
「心配しなくていいよ、なにも全てが相手を落ち着かせなくさせるわけじゃないんだから」
「そうだ、不安にならなくていいぞ」
「そっか」
それなら大丈夫だと考えておこう。
あと、細かいことは気にしないようにしておいたのだった。
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