07話.[それだけで十分]
「一緒に過ごした時間の長さの違い的に仕方がないのかもしれないけどさ、それにしたって和ちゃんを優先しすぎじゃない?」
顔を真っ直ぐに見てみたら私不満がありますといった顔をしていた。
先程まで楽しく会話ができていたのにあまりにも唐突すぎる。
「聞いてるの?」
「放課後はふたりで過ごしているよね?」
グループの子にどうしてもと誘われて和はここにいなかった。
最近はこういうことが増えているから自然と彼女とふたりきりになる。
彼女ともゆっくり話したい自分としては喜んでいるというのになんでこうなるのかという話だ。
「足りないの」
「それなら突っ伏していないで来てくれればいいよね?」
「真由から来てほしいの!」
ちなみに彼女の元へは私からよく行っている。
でも、そのときは「んー」とか「いまはいい」とか言って躱すのが彼女だ。
だからどうしたって午前中とかは和とばかりになってしまうわけで、その原因を自分が作っているということを知った方がいい。
私がこの前友達としてだからねとかいちいち余計なことを言ったからだろうか?
「どうせ裏では和ちゃんといちゃいちゃするんだから学校でぐらい相手をしてよ」
「するよ、避けたりしないよ? 仲良くしたいって言ったと思うけど」
寧ろ仲良くすると言ってくれたのに全くその気が伝わってこないのは彼女の方だ。
あれはあれでなかなか不安になることが多いからちゃんと相手をしてほしかった。
眠たいということなら仕方がないけど、本当のところはそうではないからだ。
何故そう言い切れるのかは簡単、他の友達には普通に反応するから。
そうしたら自分のときとの差が気になるのは当たり前だろう。
「じゃ、じゃあさ、手とか握れるの?」
「え? うん、していいならだけど」
差し出してきたからぎゅっと握らせてもらう。
和の手とはまた違った感じでちょっと面白かった。
何気にどちらも運動部所属だったからちょっと硬めだったりもする。
「だ、抱きしめることもできるの?」
「できるよ?」
これまたぎゅっとしたらびくっと体を固まらせていた。
私と和は恋仲というわけではないからこれをしても怒られることはない。
ただ、こうしていると和にしたいって気持ちが出てきてしまうのが問題だった。
「あ、いま和ちゃんのことを考えているでしょ」
「うん、最近はよくこうしているから」
「ふーん、不健全な仲なんだね」
違うとは言えなかった。
ふたりきりでいるとすぐにこういうことをしてしまうから。
段々気分があっち方向に傾いていってキスすらしたくなってしまうぐらいだから。
なんとか抑えられているのはまだその関係ではないからだ。
こういうことを求めてきても好きだとは言ってくれないから、ひとりで帰ることになったときはもやもやや寂しい気持ちが大きくなる。
「なにをしている」
「ふっ、貴様こそこんなところでなにをしているのだ?」
あ、これはまた酷いことになりそうだった。
泣かせるまではしないだろうけど、多分、似たような感じになる。
なんで体を固まらせておきながら彼女は煽ることができるんだろうか?
余裕があるのかないのかがよく分からない子だ。
「早めの時間で解散になったから来てみたらこれとはな」
「ふははっ、真由を返してほしければ――ぶぇ」
友達として酷いことになる前に止めてあげなければならない。
あと、今回のは気軽にしてしまった私も悪いから責められるべきなのはこちらだからだ。
そのことを説明すると、
「ほう、それなら付いてきてもらおう」
和はこちらの腕を掴んで歩きだす。
ちらりと振り返って呆然と見ていた花帆には昇降口で待っていてと口パクで言っておいた。
「……関わってくれる同性であれば誰でもいいのか?」
先程までの怖い顔とは違って弱々しそうな顔だった。
もちろんそんなわけがないから違うと言っておく。
なんかこれでは私がふたりを弄んでいるみたいだから微妙だった。
あの子は差を感じているだけでそういう面で嫉妬しているわけではないんだ。
「……他を優先することもある私が言うのは違うかもしれないが、……ああいうことをして時間をつぶすのはやめてほしい」
「求められたからしただけだよ」
「わ、私だけにしてくれ」
違う、これでは理想の形じゃない。
私はあくまで強気な彼女にぐいぐいとこられるのがいいんだ。
私が頼まれる側ではない、このままじゃ絶対に駄目になる。
あと、他人を揶揄して楽しむような性格ではないからね。
「こういうときは強気な和でいてほしい、私を自由にしてくれていいから」
「じ、自由に……」
「あ、痛いのとかは嫌だよ? でも、それ以外だったら……」
つまり、抱きしめるとかそういうこともどんどんしてくれればよかった。
乱暴を働いたりしなければその先のことだって私は受け入れられる。
まだ早いということならいつか相応しいときまでしなくてもいい。
他を優先したいということなら優先してくれればいい。
でも、こうしてふたりでいるときだけは……と考えてしまうんだ。
「……帰るか、花帆を待たせているのだろう?」
「うん、帰ろう」
焦る必要はないと余裕ぶっている自分がいる。
彼女なら絶対にまた自分のところに戻ってきてくれると、そういう前提で動いてしまっている。
ただ、今回はそう不安にならなくてもいい気がした。
とにかく、学校外で過ごすとき以外は仲良し三人組でいたい。
花帆からすれば微妙かもしれないけど、残念ながら諦めてもらうしかない。
だって彼女も花帆といられるようにと求めているからだ。
「あ、遅いよ、どうせ抱きしめたりしたんだろうけどさ」
「神に誓ってそのようなことはしていないがな」
「まあいいよ、こうして一緒にいてくれているわけだしね」
花帆は足を止めていた私の手を掴んで「帰ろ」と歩きだした。
これはもう単純に甘えん坊とか寂しがり屋なんだと考えておけばいいのかも。
私だって誰かの体温を感じられていると暖かいからありがたかった。
仮に逆側を歩いている和に睨まれていたとしても、だ。
彼女と恋をしつつ他の子とも普通に仲良くするというのは両立可能だと思う。
その場の勢いだけで嘘を言ったわけではないんだし、花帆もまた仲良くしたいと言ってくれたわけだからちゃんと守る必要がある。
「もうこうなったらわざとやっちゃおうかなー」
「……真由がいいならいいのではないか」
「うわっ、全然そんな感じの顔には見えないんだけどっ」
花帆は悲鳴をあげつつ走っていってしまった。
それからすぐにこちらの手をむぎゅっと掴んでドヤ顔になっている和が……。
「私の方が基礎体温が高い、だから暖めることができるぞ」
「ふふ、ありがとう」
「だが、まあそう敵視ばかりしていても可哀想だからな」
言ってしまってから後悔することというのはやっぱり誰だってある。
特に相手が友達だったりすると余計にダメージが大きくなるというもので
でも、それ以上にその友達は傷ついてしまっているかもしれないわけだから怖い。
謝って仲直りすることはできるかもしれないけど、そのこと自体がなくなるわけではないからふとしたときに思い出してしまうようになるかもしれない。
だからなるべくそういうことにならないように気をつけているものの、彼女はともかく私の方は同じようなミスをしてしまうというか……。
「難しいよね」
「ああ、難しいな」
結局、なにが相手のためになるのかは分からないままだ。
それでも、怖いからとか、分からないからとかでなにもしないようになることだけは避けたかった。
なにも全部が悪い方へ繋がるわけではないからプラスに考えていきたかった。
「もやもやする……」
あんなことを言ってくれているものの、私がいなくたって全く問題ないみたいに過ごしているのが気になっていた。
そりゃ確かに本命の和ちゃんといられればいいかもしれないけどさ……。
でも、一番気になっているのはもやもやするのに近づかない自分のことだ。
「花帆、仲良くしたいのなら行けばいいだろう?」
「……和ちゃんのせいだからね?」
「……学校ではなるべく出さないようにしている、それで許してほしい」
そう、そうやって考えてくれているのに私が馬鹿だからこうなっているんだ。
もう変なことを気にせずに近づいてしまえばいい、とまでは考えるのに、彼女と楽しそうに過ごしているところを見ると動けなくなるんだ。
あんなうざ絡みをしてしまったから、というのもある。
……なんであんなことをしちゃったんだろうな私は。
「少し教室を出よう」
「うん」
今日に限って彼女が優しいというのもね。
はぁ、なんでこんな面倒くさい人間になってしまったのか。
小学生の頃はまだもう少しぐらいは可愛げがあったと思うけど……。
「真由のことが好きなのだな」
「へっ? あ、違う違うっ、邪魔するつもりなんて全くないからっ」
自分のこれは本命といるときとの差が気になっているだけだし……。
いやまあ、本命といるときぐらいの態度でいてくれなんて言う方が間違っているからそれを言うつもりはない。
そんなことをする人がいたら逆に引くよ。
だって誰にでも思わせぶりなことを言えてしまうということなんだからさ。
真由も彼女もそういう人じゃないからこそ好きなんだ。
だからこれからも同じような感じでいてほしかった。
例え私のことを忘れることになったとしてもだ。
「本当に違うのか?」
「違うよ」
それだけははっきり言える。
矛盾しているかもしれないけど、真由は彼女と話せているときが一番可愛いんだ。
私がそこに加わってしまったら可愛い姿を見ることができなくなるわけで、そんなもったいないことを自らするわけがない。
私のは単純に寂しさと多少のわがまま、というところだろうか。
……実はまた抱きしめてほしいとか考えたことはあるけどさ……。
「……それならよかった、真由を取られたくないのだ」
心配しなくてもねえ、と言いたくなる。
私がいくら頑張ったってなんにも変わらない。
多分、他の美少女とかが頑張ったところで変わらないと思う。
それぐらいお互いに思い合っているということが伝わってくるから。
何度「私、お邪魔ですかね?」と言いたくなったかという話。
だけどそれは知らなくていい情報だ。
「あ、言っておくけどね、私はふたりといさせてもらうからね? 空気が読めないとか絶対に言わないでよ?」
「ふっ、そんなことを言うわけがないだろう」
「本当かなあ、いつも酷いことしか言わないのにさ」
「そ、それは……すまない」
「ちょっ、そんな真剣に謝らないでよ!」
ああもう調子が狂う!
まあでも、似た者同士でいいのではないだろうか。
「いた、ふたりだけでどこかに行かないでよ」
おいおいおい、なんか怒っている顔も可愛いんだけどっ。
地味にこういう顔を見たのは初めてだからインパクトが強かった。
それと同時に、色々我慢してきてくれたんだなあといまさら気づいた。
だってあんなことをしても怒らないでいてくれたわけだからね。
誰でもできるわけじゃないことだ。
「和に話を聞いてもらっていたんだ」
「告白……とかじゃないの?」
「ないないっ、和は魅力的だけどねっ」
「よかった」
おいおい、そういう顔はやめておくれよ。
いまのこの数分だけで何回も吹き飛びそうになった。
そうしたら修理費用とかだってかかってしまうわけだから――なんてね。
ここは空気を読んで離れることにした。
いまはとにかく寝て授業に備えなければならない。
……実は真由コレクションを整理していたから寝不足だった、なんて言えない。
まあ、これも言わなくていい情報だから大丈夫だ。
「ほどほどにしておかないとなあ」
でも、やめるつもりもなかったからアレだった。
とはいえ、全て本人に許可を貰ってから撮っているわけだから問題ないはずだ。
数枚は盗撮したのがあるけど、うん、それも今度許可を貰うつもりだしセーフ!
「帰ってまた整理しよーっと」
それでもとにかくいまは寝よう。
元気じゃなければ見ていることもできないんだから仕方がなかった。
「おはようございます」
「お家で待っていればよかったのに」
「あ、真由とすぐに話したかったので」
起こしてほしいと頼まれたから遠慮なく部屋に行かせてもらうことにした。
緊張したりすることは全くないから気にならない。
部屋の中に入ったらすぐにベッドの上ですやすやと寝ている真由を発見した。
正直、色々出てきたよくない感情を抑え込むだけで精一杯だった。
「……おかあさん……?」
「いや、私だ」
「なごみ……あれ、なんで部屋に……」
隠しても意味はないからそのまま伝えておいた。
着替えている最中、冷静に対応できるところも好きだと急に思った。
小さいところ、可愛いところ、他者に優しくできるところ、なにより自分を優先してくれることがよかった。
最近だけではない、ずっと小さい頃から彼女はこんな感じだった。
いつでも「和」と呼んで近づいてきてくれる存在だ。
私があれなのかもしれないが、それで気にならないわけがない。
うんと小さかった頃の真由なんて天使みたいに……。
「おまたせ」
「いや、一階に行こうか」
顔を洗ったりしたいだろうからそこでも少し待つ。
焦る必要はない、がっついたりすると駄目になるから気をつけなければならない。
「和」
「ああ、終わったの――」
彼女はすぐにこちらを離すと「朝からできるなんて幸せ」と言って笑った。
こういう大胆さだけは昔の彼女にはなかったものだ。
もしかしたらだが、……私のそれを真似してしまったのかもしれない。
だが、こちらが黙るしかできなくなるような状態にまでさせてしまうというのは正直、怖い存在としか言いようがない。
「和?」
「……不意打ちするのはやめてくれ」
「でも、抱きしめただけだよ?」
「それも……危険だからな」
冬だから尚更心臓のことを考えてやらなければならない。
あと、かあっと熱くなるのは間違いなく体によくないと思うからだ。
彼女はあくまで「抱きしめただけなのに」とそこを変えるつもりはないみたいだ。
つまり、これはもう当然のことだと言いたげな感じだということで。
「朝ご飯を食べてくるね」
「ああ、私は外で待っているからな」
頭を冷やす必要があった。
「いつでも冷静に対応できる和が格好いい」と真由はこれまで何度も言ってくれていたが、正直なところを言うと冷静なふりをしているだけだった。
別に真由が関係しているところだけは、というわけではない。
最近で言えば慣れていないグループの人間と過ごしているときもそうだった。
クリスマスだってそっちの方が正直大きかったぐらいなのだ。
でも、私はいつでも格好いい人間でいなければならない。
いまのままの私が好きだと言っていたということは、つまりそうではなくなった私には興味を抱いてはくれないということだろう。
そうなったら精神が死にかねないから気をつけなければならない。
「行こ」
「ああ、行こう」
手を繋いで歩くことが当然のことになった。
これも私からしたわけではないから少し気になる。
抱きしめることだって最近は彼女の方からだ。
「和のご両親のことを考えなければ和が家に住んでくれればいいのにって思うよ」
「多分、この距離感が一番だ」
同じ家で過ごしていたらどうなっていたのかは分からない。
彼女も新鮮さを求めて花帆のところに行っていたかもしれない。
そもそもの話として、いまとは変わってくるわけだからそうではなくてよかったと考えるしかない
前提が崩れてしまったらなにもかもが狂ってしまうのだぞ、そう言いたくなる。
「それにいまでも歩み寄ればこうして会えるではないか」
「そっか」
「ああ、不安にならなくていい」
それでもこうして繋がれているのだから。
私はそれだけで十分だった。
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