06話.[私だけではない]
放課後の教室で寝る日々に戻っていた。
別にまた極端な選択をしたというわけではない。
午前中や放課後までは大切なふたりと過ごし、放課後になったらこうして寝てゆっくりできるというのはかなり幸せな毎日だった。
「まだ帰らないのか?」
「和は先に帰っていいよ」
「駄目だ、家まで行くわけではないにしても私は真由と帰ると決めているからな」
それでもと言ったらブランケットを貸してくれた。
彼女は意外と寒がりだからこういう物に頼らなければ厳しいみたいだ。
私の方は……確かに寒いけどそこまでではない、という状態かなと。
それより仲良くしたいと言ってくれたのにあんまり来てくれなくなってしまった花帆の方が気になっているというのが現状だった。
「和のところには来ているよね?」
「花帆か? それはそうだな」
お正月から既に二週間は経過している。
つまり、仲良くしようと動いた結果、現実を知ったということだろうか?
私がつまらないとかそういうことにはっきり気づいたのかもしれない。
あ、言っておくと彼女ばかりを優先していた、とかでは断じてない。
彼女は私達としっかりいつつ、グループの子達とも交流しているからそんなことはそもそもできないんだ。
止めるつもりもない、楽しそうにしてくれているならそれで十分、だというのに。
「気になるのか?」
「ほら、突っ伏していることも増えちゃったから」
「花帆は私達の中で一番寒いのが苦手だからな」
彼女は横の椅子に座って「もう二月も近づいているわけだから辛いのだろう」と重ねてきた。
それだけならよかった、だってそれなら対策できるから。
だけど違う理由でそうしているのならその理由を知りたい。
友達としてあの子の力にもなりたかった。
「それなら花帆の家に行こう」
「分かった」
すぐに帰れるように荷物はまとめておいたから問題ない。
それにこのまま付き合わせることは申し訳ないと感じつつあったので、地味にその提案はありがたかった。
彼女もこれで帰れるようになるから満足できるだろう。
「真由が花帆と仲良くしようとする度にあの頃のことを思い出すのだ」
「和の後ろに隠れていたよね」
「ああ、それどころか涙目になっていたぐらいだったな」
彼女以外の人とは上手く話せていなかったからいきなり連れてきたときは転びそうになったぐらいだった。
お互いに初対面だというのにふたりきりにしようとしてくるしで彼女も意地悪で。
でも、なんだかんだ慣れるのだということはすぐに分かった。
あと、私達が話しているときに優しい顔をしていた彼女をよく思い出せる。
「花帆と話しているときにお母さんみたいな笑みを浮かべている和が好きだったな」
「呆れることも多かったがな」
「それでも私にとっては……」
最初の内はあれが見たくて花帆に近づいていたのもあったんだ。
が、繰り返している内に単純にあの子といたくなっていた。
あれだけ怖がっていたくせにって自分のことなのに不思議に感じたぐらい。
だからそれからは怖がっているだけじゃもったいないって考え直したんだ。
「着いたぞ」
何気に彼女の家よりも学校から近かった。
インターホンを鳴らして数秒待つ。
花帆のご両親も共働きでこの時間はいないからそう緊張する必要もない。
出てきてくれたから中へ入らせてもらうことにした。
目が合いそうになったら逸らされるのが気になるけど……。
「はい」
「ありがとう」
そこまで欲しいというわけではないものの、何故か私にはなかった。
なにかしてしまっただろうかと不安になっていたら「真由ちゃんは意地悪だからあげない」と彼女が言ってきた。
意地悪……なことをしただろうか?
「真由になにかされたのか?」
「うん、この前からずっとね」
彼女が仲良くしたいと言ってくれるまで仲良くしたいと言い続けていただけだ。
もしそれがそれに該当するということなら、言葉自体に問題があるわけではなく私のことが嫌だということなんだろう。
相性問題があるから仕方がないと片付けるしかないのかもしれない。
それでも私は普通に仲良くしたいんだけどな……。
「仲直りしておけよ、ふたりが喧嘩したりしてしまうと私も悲しいぞ」
「喧嘩……ではないんだけどさー」
人によって受け取り方というのが違うから難しい。
何気なく放った言葉が相手を傷つけている可能性もあるし、迷惑をかけてしまっている可能性もある。
この前の「好きだからいてね」というやつは正にそうだ。
相手を縛りたいわけではないのにあんな発言をしてしまったことをいまは少し後悔している。
自分の悪いところだけは変わっていってほしいのにそこだけはずっと変わってくれないから意地悪だ。
「真由ちゃんは和ちゃんが大好きだからそんなつもりはないって分かっているんだけどさ、たまに真っ直ぐに好きとか言うから……ドキッとしちゃうんだよー」
「好きだと言ってもらえて嬉しいだろう?」
「そりゃそうだけど……」
彼女には悪いけど正直、嬉しいと思ってしまった。
もちろん試しているとかそういうことではない。
が、私程度の言葉でも相手に影響を与えられるというのが大きな情報だった。
「そんなことで突っ伏しているとは貴様も女なのだな」
「女だよっ、ふたりより女子力高いよっ」
「ほう、それならいまから夜ご飯を作ってもらおうか」
「か、勝手に食材を使用したら怒られちゃうから無理かなー」
「ふっ、できないのなら言うべきではないぞ」
少なくとも私よりは上だから安心してほしい。
自分が最下層にいるとか卑下するつもりもない、別にそれでも恥ずかしくはない。
できればいつも通りに戻ってほしかった。
わがままかもしれないけど、元気な彼女が好きだからだ。
「た、たた、大変だよ真由ちゃん!」
寝ていたところだからかなり驚いた、飛び上がって天井に突き刺さるかと思った。
声で花帆だということは分かっていたものの、なにでそんなに慌てているのかは分からなかったから喋ってくるまで黙っていることしかできない。
だけどいまのは本当に心臓に悪いからやめてほしかった。
「異常にモテない和ちゃんのはずなのに告白されていたんだよ!」
「そうなんだ」
「って、もうちょっとなんかないの?」
そう言われてもその後にストーカーとかしない限り人を好きになるのは自由だ。
告白をされてあの子が受け入れると決めたなら特になにかを言えるわけではない。
恋人でも家族でもないから言えてもおめでとうぐらいなものだ。
「って、それだけじゃないんだよ、なんとその相手が女の子だったんだよ!」
そういう子もいるだろう。
あの子は同性の私から見てもとても魅力的だからなにもおかしな話じゃない。
私でもそうなんだから他の子が影響を受けても自然だと言えた。
つまり、やっぱり私達にできることは言ってくれるまで待つということだけだ。
ふたりも自由に言いふらされたくはないだろうしね。
「……真由ちゃんってよく分からないよ」
「私は人として当然のことを――」
「まだ残っていたのだな」
彼女と違ってなにかがありましたよー感は全く出ていなかった。
私は彼女みたいになりたい、何事にも動じずにいられる人間でいたい。
完全コピーはできないにしても努力をしようとするのは悪いことではないだろう。
「花帆、貴様に言いたいことがある」
「な、なにが言いたいの?」
私としても少し気になったから意識をきちんとそちらに向けておく。
告白をするわけでもないからいままでの会話を聞いていて注意をする、のかな。
その可能性の方が高そうだ、さすがに彼女の声は大きすぎたから。
「走り去るのだとしてももう少し上手くできないのか?」
「だ、だって……見られたくなかったでしょ?」
「まあ、相手からすればそうかもしれないが……」
やれやれと呆れたような顔で彼女を見ていた。
私達といるときはほとんどデフォルトと言っていいほどこの顔になる。
あ、わ、私はそこまで呆れさせるようなことはしていないけどね。
それに彼女だってしっかり相手のことを考えて行動できるんだから問題にはならないというものだ。
つまり、私達はいい関係だと言える。
「相手のことを考えられるのはいいことだが、それを気軽に他者に話してしまったのは減点だな」
「うっ」
そういえばあれから告白されることはなくなっている。
さすがに実際のところに気づいた、ということだろうか。
そもそもこれまではどうして告白されていたんだろうか……。
考えれば考えるほど分からなくなるという怖いことだった。
「だが、同性から告白されるとは思っていなかったな」
「最近はそういうのも出していく時代になったということだよ」
「そういうものなのだな」
告白をしたことがないから細かいところまでは分かっていないものの、告白をすることは勇気がいることだとは私でも分かっている。
しかも相手が同性となればなおさらそれを振り絞らなければならない。
だって魅力的だからこそ告白をしたくなるわけで、そんな魅力的な存在を男の子が放っておかないだろうからだ。
それになにより、そういう子であればどうしても意識はそっちにいっているだろうし……。
「どうやって断ったの?」
「受け入れることはできないと言っただけだ」
「えー、好きな子がいるからとかじゃないの?」
「わざわざそんなことを言う必要はないだろう」
私だったらそうはっきり言ってもらえた方がすとんと受け入れられる気がする。
受け入れることはできないとだけ言われてもどこが悪いのか分からないから終わった後も間違いなく不安になる。
どちらにしろ振られてしまったらそうなるわけだけど、うん、やっぱりそうしてほしいとわがままな自分が願ってしまう。
私はずっと好きな人がいるからと断ってきた。
もしこれからも告白されるようならずっとそうやって断っていくつもりでいる。
妥協なんかできない、妥協なんかするぐらいなら恋自体を諦めた方がいい。
「今日は更に静かだな」
「そう? 真由ちゃんはいつもこんな感じだと思うけど」
考えごとをしていたというのもあるし、ふたりが話しているときはなるべく黙って聞くようにしているというのもある。
別に興味がないからとそうしているわけではないということを分かってほしい。
嘘だと言われてしまうかもしれないけど、聞いている方が好きだからというのもあるんだ。
「こういうことがある度に余計な遠慮をしているのではないかと不安になるのだ」
「大丈夫だよ、言いたいことがあったら真由ちゃんはちゃんと言ってくれるよ」
「そうだといいのだがな」
そういうときがきたら遠慮なく言うから心配しないでほしかった。
ただそれよりも楽しく話していてほしいというだけだから。
なので、これからも話を振られない限りはできる限り黙っていようと決めた。
せっかくのお休みなのに今朝からずっと電話でやり取りをしている。
会社の方でなにかが起きてしまったのかもしれない。
「お母さん、お父さんは会社の人と電話をしているの?」
「違うよ、特になにかが起きたとかではないから安心していいよ」
じゃあなんでと考えている内にその日は終わり、次の日も終わり……。
土日以外は学校に行かなければならないからそんなことも頭の中から消えていった頃のこと、なんか知らない人達が家に入ってきたから慌てて部屋に逃げた。
なんだなんだと困惑している内に数時間が経過し、喋り声が聞こえなくなったタイミングで下に移動してみると、
「見てくれ真由っ、家にもとうとうエアコンがきたんだ!」
確かに父が指した先には真っ白なエアコンが設置されていた。
当たり前だと言われればそれまでだけど、よく落ちてこないなというのが感想だった――じゃない。
「え、だけど暖房は電気代がかなり高くなるって……」
「それよりも家に多くいることになる真由が冷えることになる方が問題だからな」
父は私の頭を撫でつつ「遠慮なく使ってくれ」と言ってくれた。
私としてはそうでなくてもなにもできていないのにと微妙な感じだった。
仮に使用させてもらうのだとしても和達が来たときだけにしようと決める。
「ありがとう」
「はは、俺達だって暖まることができるわけだからな」
それでも一応人として感謝しておくことにした。
母にもきちんと言っておく。
で、父の方は疲れたからということで寝てくるみたいだった。
「お母さんとお父さんはいつ出会ったの?」
「実は保育園のときなんだ、それからずっと一緒にいたんだよ?」
「え、じゃあ運命の相手だったってこと?」
「そんな感じかなー」
私も和とはずっとそんな感じだ。
そこそこ距離はあるけど幼馴染と言えてしまうぐらいの仲だ。
保育園も小学校も中学校も全部丁度中間の場所にあって別ではなかった。
もう少し距離が離れるだけで別の学校に通うことになってしまっていたわけだから想像するだけで怖くなる。
「真由にとっては和ちゃんがそんな感じだね」
「和とはこれからもずっと一緒にいたい」
「だったらちゃんと言わないとね」
エアコンの話もしたかったから部屋に戻って電話をかけることにした。
こういうときはメッセージでのやり取りよりもこちらの方が早くていい。
単純に打つのが遅いというのもあるんだけど、細かいことはどうでもいいかな。
「よかったな」
「うん、あ、だけど和達が来たときしか使うつもりはないけどね」
「はは、それも真由らしいな」
自分でも私らしくていいと思っているからこれでいい。
とはいえ、帰って冷たかったら気になるだろうから両親が帰宅する一時間前ぐらいからは点けておくことにしようと決めた。
そうすれば遠慮していると分からないし、両親も家に帰ったときに暖かったら休めるだろうからだ。
「和、私は一生和と一緒にいたいからね」
「はははっ、一生とは思い切ったものだな」
「いいんだよ、それぐらいの気持ちでいるんだから」
で、また同じ失敗をしたということになる。
終えてからあっとなったところでもう遅い。
相手には言ってしまってあるし、ここで慌ててやっぱりなしと否定してもそれはそれで問題になりそうだからできない。
「それならずっとそうやって言ってもらえるように頑張るしかないな」
「頑張らなくていいよ、いまの和が好きなんだから」
「そうか」
無理している彼女を見たくない。
それに頑張りすぎてしまったらすぐに疲れてしまうからそれも駄目だ。
縛るつもりはないということもはっきり言っておく。
他に優先したいことができたら言ってほしいとも頼んでおく。
結局これでは縛っているようなものかな……?
「いまから行くね」
「ん? ああ、別に構わないが」
なんとなく切らないままで向かうことにした。
彼女の声をずっと聞いていたい、それでその後にちゃんと顔を見たい。
おお、なんか自分が乙女になったような感じだ。
きっと母も父といられているときはこんな風だったんだろうな。
「あれ、どうして外にいるの?」
「ただ待っているだけでは時間がかかりそうだったからだ」
目の前にいるというのにスマホ越しに会話をしているというのが面白かった。
でも、これ以上は必要がないから消させてもらう。
「行くか」
「うん」
すぐに横に並んで手も握らせてもらった。
待っているだけではなにも変わらないことを私は知っている。
あと、完全に受け身でいようともしていなかったからこれでよかった。
彼女は一瞬だけこちらを見て、それでもなにも言わずに意識を前に戻していた。
が、すぐのところで足を止めたからなんで? と聞こうとしたのにできなかった。
「……なにも言うな」
抱きしめてくる力が強すぎて本当になにも言えなくなってしまったんだ。
絶対にありえないけど、なにかを言おうものなら折られてしまうんじゃないかというぐらいの迫力がある。
結局、三十分ぐらいはそんなことが続いた。
「い、行こう」
「う、うん」
勢いで行動してしまうことがあるというのはなにも私だけではないということか。
それが分かって少しだけ嬉しくなったのだった。
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