02話.[校舎を目指した]
「ふーん、真由たんは言うことを聞いてくれないんだー」
違う場所で過ごしていても必ず発見されてしまう。
まあ、花帆から逃げているわけではないからいいと言えばいいんだけど、なんか雰囲気が怖いからいまはひとりで相手をしたくはなかった。
和をきっかけに知り合っているから結局はこれが現実なのかもしれない。
私的にはもう友達だと思っているけど彼女にとっては違うのかも。
「ま、そりゃ和ちゃんの言うことを聞きたくなるよね、ずっと昔からいるんだし」
「ごめん」
「えー、なんかそこで謝罪されたら私が意地悪しているみたいじゃんか」
ひとつだけはっきり分かっていることがある。
ちゃん付けで呼んでいるときは限りなく本音に近いということだ。
ずっとふざけてはいられないからおかしいことではない。
でも、このままだと本当の花帆を知ることができる日はこないかもしれない。
それは普通に寂しいことだった。
「ちょいちょい、なんか勘違いしていないかい? 私が本当にそうしているとかそういう風に考えていないかい?」
「違うよ、でも、隠すことが多いから花帆のことを知りたくても知ることができなくて寂しいと思っただけだよ」
「隠すことが多い……え? あ、私が?」
「うん、花帆はほとんど元気なのを装っているだけだと思うから」
私は怖いからなるべく言うことを聞くようにしている。
多分、ふたりから怒鳴られて怒られたりしたら人間不信になる。
だからそうならないためにも自分のできる範囲で頑張っているというのが現状で。
で、いま正に少し危うかったから逃げ出したくなっていたところだったけど、……勘違いなのかな?
こっちが悪く考えてしまっただけで、彼女には本当にそういうつもりはなかったのかな?
「私は和だけじゃなくて花帆とも仲良くなりたいよ、だけど、そのまま続けられると本当の意味で仲良くなれているとは言えないから……」
本当のところを見せてほしい、そう言うのはなんか違う気がした。
ただ、こうして口にしてしまっている時点であまり変わらないということも分かっている。
つまり私は失敗してしまったということになる。
所詮私だからということで片付けてくれはしないだろうか?
「私は――」
「ここにいたのか」
今日もクールな感じの和がやって来た。
なにかを言おうとしていた花帆と会話をしている。
結局、こうして見ているのが一番このふたりのためになるのかもしれない。
が、私も人間だからどうしても仲良くしたいという気持ちを抑えられないんだ。
「聞いておくれよー、なんか真由たんが私を悪者にするんだよー」
「事実、胡散臭いからな」
「ひどっ! ……ずっとありのままでいられる人間なんていないよ」
「それは花帆の言う通りだ」
それでも私は自分らしくいられている気がする、と言うよりも、自分らしくいるしかできないと言った方が正しいかもしれない。
彼女みたいに極端に変えられる人間はそこまで多くはないと思う。
私からすればそれも才能だけど、乖離しすぎると本当の自分というやつを見失ってしまいそうだから私にはなくていいかな。
「花帆の笑顔はほとんど偽物のように感じるのだ」
「それも同じだよ、いつでも百パーセント心から笑える人なんていないよ」
「一緒にいる身としては不安になるのだ」
「んー、だけどそれは仕方がないよ、コントロールなんてできるわけがないもん」
彼女はこちらの頭を撫でてから「コントロールしようとする方が傲慢だしね」と重ねた。
いまのこの表情は偽物のようには感じなかった。
「私は真由ちゃんにもっと笑ってほしいかな、一緒にいる子が無表情でいると私は不安になっちゃうんだよ」
「私ももっと感情を出していきたい」
「うん、その方がいいよ」
ふたりといるときだけは年相応の人間みたいに存在していたい。
さすがにつまらなさすぎるからこのままでは駄目なんだ。
もしこのまま続けたら間違いなくふたりは飽きてどこかに行ってしまう。
「じゃあ真似をしてみてっ、にこっ――ぶぇ」
「余計なことを教えなくていい、真由はこのままで十分だ」
彼女は叩かれた頭を押さえつつ「でも、本人はこう言っているけど?」と言った。 いい笑みを浮かべただけなのにどうして止めたんだろう?
それに彼女の明るいやつが全部嘘だということではないから悪くないはずなのに。
あ、ふたりに増えたら対応をするのが大変だからなのかな?
「それは分かっている、だが、花帆の真似をする必要はない」
「えー」
「そろそろ戻ろう、予鈴が鳴ってしまうからな」
納得がいっていないという顔で見ていたものの、花帆は頭の後ろで腕を組みつつ歩いていく。
「すまない」
「え、どうして?」
「……いや、戻ろう」
この前もこうやってよく分からないやり取りをしたことを思い出す。
たまに和もよく分からなくなるから微妙だった。
私ぐらい分かりやすく生きるのも必要だと思う。
ただ、考えても出てこないことだから諦めてふたりを追った。
「真由たんどーん!」
どうやら和が帰ってしまって相手をしてほしいみたいだった。
もう少しここで時間をつぶしていくつもりなんだと説明したら帰ろう帰ろう帰ろうと言ってきたから諦めた。
確かにこういうところは真似しなくていいかも。
「今日は私の家に寄っておくれ、可愛い服を着させてあげるからさ」
「うん」
「ひゅおー! 断らないキミが好きだゼッ!」
これは嫌なことではないから断る必要がない。
あと、嫌われたくないからというのもある。
特に彼女が相手のときは慎重に行動――って、私も結局人のこと言えないか。
私も装ってしまっているのに一方的に求めるのは違うだろう。
「なんてね」
「ん?」
「真由ちゃんは本当の私を知りたいんだよね、なら、こんな一方的じゃ駄目だよね」
なんか大人しくなってしまった。
それでもこの子の家に行くことは変わらないから向かった。
外は寒いからなるべくいない方がいい、大切なふたりに風邪を引いてほしくない。
「お邪魔します」
彼女のお家も同じでご両親はまだ帰宅しないから緊張しなくて済む。
学校にいるときよりは彼女も柔らかい態度から不安になったりもしない。
あ、たまについていけないときがあるけどそれは仕方がない。
「どうぞ」
「ありがとう」
内装というのはほとんど変わらない。
自由度というのはあるようでないから基本的に似た感じになる。
だから油断していると転びたくなってしまうのが危険だった。
ちなみに和のお家では普通に転んでしまうからやはり差があるのは自分だと証明してしまっていることになる。
「でもさ、真由ちゃんって本当に私とも仲良くしたいの? いつも和ちゃんにべったりじゃん」
「仲良くしたいよ、そうでもなければ名前で呼んでほしいという要求を受け入れていないよ」
なにがどうなるのかなんて分からないからできるだけリスクのあることはするべきじゃないと考えている自分にとって、それはかなり勇気のいることだったんだ。
それでも私は名前で呼ぶことにした。
何度も言われてもあれだから……と考えた自分と、現状維持ばかりを望んだところでいいことばかりではないと考えた自分と。
どちらかと言えば後者の方が強かった、変わらなければならないと思った。
友達すらも和に連れてきてもらうのは違うから。
まあ、彼女は和の友達だったんだから変われたとは言えないかもしれないけど。
「仲良くしたいと言ってもらえるのは嬉しいけどねー、いまの真由ちゃんからはあんまり伝わってこないよ。所詮、私は和ちゃんといられないときにいられればいい程度の扱いでしょ?」
「そんなこと考えたことはないけどっ」
「まあまあ、それでも仕方がないよ」
なんか勝手にそういう風にされてしまった。
仲良くしたくないならそのまま言ってくれればいい。
言う勇気がないということなら来なければいい。
彼女の方こそ和といられないときにだけ利用してきているのではないだろうか?
って、喧嘩をしたくて来たわけではないんだから気をつけよう。
でも、やっぱり納得のいかないことだってあるんだと分かった。
「ちなみに言っておくとね、私の方に特にそういうのはないかなーって、怒る?」
「怒らない」
「そっか、ま、所詮こんな感じだよ」
それなら帰ると言っても引き止めてくることはなかった。
なんだろうか、このなんとも言えない感じは。
それでも明日も変わらずにあの子は来るんだろう。
偽物の笑みを浮かべて、あくまで仲良し! といった感じで。
……なんか意地でも逃げてやらないぞという気持ちが強くなった。
こういうところは本当に面倒くさい人間だと思う。
「いや」
教室から逃げるのをやめようと決めた。
別に告白をされるぐらいもう慣れたものだから。
私はこれからも変わらずに相手を振っていくだけだ。
だって仕方がない、なんでも一方通行では成立しないんだから。
「あれ、和だ」
知らない女の子と歩いているところを発見した。
まあ、友達がいるんだからなにもおかしなことではないから気にしないで歩くことに集中する。
「ただいま」
今日は早めに出てきてしまったからひとりの時間がとにかく多い。
和さえいなくなったら学校でもこうなるんだ。
そのことを考えるだけでかなり怖くなる。
「……ん、誰か来た」
中から確認できるからしてみたら和だったから急いで出る。
「ど、どうしたの?」
「先程、無視してくれた酷い親友のところに行こうと決めたのだ」
「あ、……邪魔をしたくなかったからさ」
「まあいい、上がらせてもらうぞ」
いくらでもいてくれればいい、なんなら泊まってくれてもいい。
だけど結局彼女も同じだったら……どうすればいいんだろう。
どちらかと言えばそっちの方が遥かに可能性が高い。
切られるということには慣れていないからそうならないといいな……。
「手伝ってほしいと言われたから手伝っていたのだ、ま、そこに存在していただけなのだがな」
「ふふ、和らしいね」
自然と誰かのために動ける彼女が好きだ。
先程まであった悲しさもたったそれだけでどこかにいってしまった。
私にとってはいてくれるだけでパワーをくれる存在だから本当にいてほしい。
「真由は珍しく早い時間に出たのだな」
「うん、花帆に誘われてね」
「その割には……」
「うん?」
「いや、なんでもない」
なにかがあったなんて言わなくていい。
残念ながら私は仲良くできなくてしまったけど、彼女と花帆は依然として仲がいいままなんだから。
それと今日ので私が邪魔者だということにも気づけた。
これなら多少は空気を読んであげることができる。
私だって多少は相手のために行動しようとするんだ。
「花帆と仲良くできているようで安心したぞ、ほら、最初は花帆から逃げていたぐらいだろう?」
「大丈夫だよ、私だって少しずつ変わっているからね」
なるべく迷惑をかけないようにする。
一緒にいられなくても不満を出さないようにする。
さっきみたいに泣きそうになったりしないようにする。
私ももう高校生なんだからしっかりしなければならない。
あとは……そう、多分だけど離れてあげることが一番彼女のためになる。
私のせいで時間を無駄になるようなことにはなってほしくないから。
なにも言わずにするとこちらも駄目になるからちゃんと言っておいた。
彼女は「そうか」とだけ言って留まっていた。
「実はグループに入らないかと誘われていてな」
「グループ?」
「ああ、私が入れば男女五人ずつのグループになるらしい」
元々いたであろう女の子はどうして抜けてしまったんだろう?
いや、そんなのどうでもいいか、だって私には関係のないことだ。
「雰囲気が良さそうならいいんじゃないかな」
「男子も女子もほとんど知っている人間だ、だから参加しようと考えていてな」
「いいね」
「ただ、不安になるから花帆も参加できないか聞いているところなのだ」
おお、それはまたなんとも明るく賑やかなグループになりそうだった。
何度も言っているように、楽しそうにしているところを見られるのは好きだから是非とも実現してほしいと思った。
そうしているとひとりでいなければならないという寂しさもどこかにいってしまうから私としても頼みたかった。
彼女は「上手くいけばいいがな」と最後に言って出ていった。
「そうか」
和大好き女の子としてはいいんじゃないかな。
とにかく、上手くいくように願っておくことにした。
翌日から参加できるようになったみたいで談笑していた。
もう教室から逃げる必要もなくなったからのんびりそれを見ていた。
授業が始まったらそっちに集中、解除、集中を繰り返していた。
「いただきます」
それでも、ご飯のときは静かな方がいいから外で食べることに。
母作の美味しいご飯を食べたら目の前を見つつぼけっと休憩を選択。
お腹いっぱいなのと、なんだかあれを見るのが早くも嫌になってきてしまったから仕方がない。
寒いから眠気というのはやってこなかった。
「やっほー」
「あれ、なんで……」
「なんかあのグループの雰囲気が合わなくてさー」
はは、それもまた彼女らしいな。
紙パックのジュースをくれたから貰って飲ませてもらった。
優しい甘さがいまの複雑さを吹き飛ばしてくれる。
「私はさー、緩いのがいいんだよ、決まった時間に必ず集まらなければならない関係なんてごめんだね」
彼女は曖昧な笑みを浮かべて「和ちゃんが誘ってくれたのは嬉しかったけど」と。
言ってしまえば彼女を誘ったのは和だからグループ的にはノーダメージだ。
ダメージを与えたいわけではないからそれでいいんだけど、うん、まああの子達的にはあの子がいてくれればいいんだから問題にもならない。
「それに複数人と関わらなければならないとか疲れるしねー」
「いつでもそうだよ」
社会に出たらもっと理不尽なことがたくさん起こるだろう。
いまからでも浅くてもいいから複数の人と関わって練習しておかなければならない――と、ひとりでいる人間はそう考えている。
それならどうしてここに来たんだろうか?
「それより外で食べるなんておかしいじゃん」
「たまにはいいかなと思ったんだ」
してみた感想は、今度からは校舎内で大人しく食べよう、というものだった。
行くのと戻るために時間を使わなければならないわけだし、これなら空き教室とかで食べてしまった方が遥かにいい。
あと、こうして急に変えると和が察知して来そうだからやめた方がいい。
って、これはただの願望だよねと自分に呆れた。
「普通に対応してくれるんだね」
「私は仲良くしたいと思っているから」
「あんなことを言われたのに?」
少なくとも一度の失敗だけで諦めたりはしない。
二度目の失敗を経験したらさすがに長く考えてから行動するけど。
それすらも嫌だということなら来るのをやめればいいとしか言いようがない。
「やめておいた方がいいと思うけどねー」
「じゃあなんで来たの?」
結局、見つからないということもできていなかった。
何故か毎回必ず見つかってしまう。
もうGPSとかで把握されていると言われても信じられるレベルだ。
「暇だからだよ、真由ちゃんを利用して時間をつぶそうとしただけ」
「そうなんだ」
私が舐められているのか、それとも、信用してもらえているのか。
まあでも、間違いなく和には言えないだろうから舐められているのかな。
本来なら嫌なことのはずなのに別にそれでもいいと感じてしまうのは究極的にひとりになろうとしているところだからだろうか?
どんな形でもいいから誰かにいてほしいと弱い心が願ってしまっているのかもしれない。
「真由ちゃんは駄目だね」
彼女はやれやれといった風な表情を浮かべてから校舎の方へ歩いていった。
なんでこんな面倒くさい感じになってしまったんだろうと考えつつ、私もお弁当箱とかを片付けてから校舎を目指した。
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