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Nora
01話.[心地がいい場所]
暖かくて心地がいい場所だった。
そういうのもあって、すぐには自宅に帰らずにゆっくりとしていた。
誰かがいるというわけではないけど、それがまたここに残りたいという気持ちを強くさせる。
「いつまで寝ているのだ」
扉が開けられる音が聞こえていたから驚きはしなかった。
顔を上げたら「寝すぎだ」と言われたうえにおでこを叩かれてしまった。
ここで勘違いしてほしくないのは別に約束をしていたわけではないということだ。
つまり、私がいくらここで寝ようと本来ならなにも問題はないわけで。
「帰ったんじゃなかったの?」
「ああ。だが、暇だから戻ってきたのだ」
なんでそんな無意味なことをするんだろう。
家でゆっくりしていればそれこそ暖かい場所で過ごせるというのに。
携帯を弄っても、漫画を読んでも、ゲームをやっても許されるような場所。
好きなだけお昼寝をしても問題にはならないそんな場所なのに。
あ、だけどいまの私が言うのは説得力がないかと片付ける。
「帰るぞ、もう暗くなってしまう」
「うん、ちょっと待ってて」
必要な物を鞄にしまって退室。
暖まれていた分、廊下は酷く冷たかった。
何故か外の方が暖かったぐらいでなんでだろうと馬鹿みたいに考えた。
「最近はよくああしているが寝られていないのか?」
「違うよ、暖かい場所が好きなだけだよ」
「だが、外に出ることになるのだから家で休めばいいだろう?」
「そうなんだけど……」
家にいるのが嫌いとか、家族と不仲で居づらいとかそういうのはなかった。
私はただ、学校に残るのが好きだというだけだ。
冬だけじゃない、春夏秋も同じように過ごしている。
彼女は暑いのも寒いのも苦手な子だからそれこそ「なんでそんな無駄なことを?」と言ってくるかもしれないね。
「告白されているのも関係しているのではないか?」
「どうだろう」
「その気がなければ振るしかないのだ、そうしたら振った側にも多少はなにかが残ってしまうだろう?」
自分と相手のことを考えたらそれが一番だった。
その気がないのに受け入れることなんてできないし、なにより、私は男の子といるのが得意ではないから。
何故か怖いと感じてしまっているからというのもある。
昔から彼女とか女の子としか過ごしてこなかったからだ。
なので、多分この先もずっとそれは変わらない。
もしなにか変化が起きて男の子と多く過ごすようになったとしたら、自分が自分に一番驚くと思う。
「
「なんでだろう?」
「優しくできるからではないか?」
「私が優しくしてもらっているだけだよ?」
相手が異性でも同性でもそこは変わらなかった。
私ができることというのは限りなく少ないんだ。
だからいつも申し訳なくなったりする、謝罪の回数がどんどんと増えていく。
そんな人間を気に入ってしまうというのはなんともおかしな話だった。
私が仮に相手側の立場だったら絶対に彼女を選ぶ。
なんで彼女の魅力に気づいてあげないんだろう?
「運動能力も学力も
「それが全てではないだろう?」
「でも、私だったら絶対に和の方を選ぶよ?」
彼女は難しい顔になって「それだけで選ぶものではない」と言ってきた。
彼女は見た目もいいし、なにより、私にも優しくしてくれる。
私の方は彼女の完全劣化版みたいな感じだからやっぱりおかしい……よね?
敢えて、私みたいにちょっとあれな人間が好きだとか特殊な趣味があるということなのかな?
自分が知らないことなんてたくさんある。
彼女のことだってほとんど分かっていないと言っても大げさではない。
つまり、そういうことがあっても変ではないということなのかもしれなかった。
「まあいい、困ったら遠慮せずに言ってくれ」
「うん、いつもありがとう」
「ずっと昔から一緒にいるからな」
彼女はよく頭を撫でてくれる。
でも、そのときは何故か微妙そうな顔になってしまうんだ。
なんでだろう、義務感でしているからなのかな?
私としてはこれならまだ無表情のままでしてくれた方がいい。
だってやっぱり気になってしまうんだ。
振られたときに浮かべられるあのがっかりしたような顔よりもよっぽど気になる。
一緒にいる時間の長さが全く違うから仕方がないのかもしれないけど。
「っと、風邪を引かれても困るからこれで解散にしよう」
「うん、また明日も話そうね」
「ああ、それではな」
和と別れてからはそれなりにひとりで歩かなければならなくなる。
だけどこれも仕方がないことだ。
私があの子に合わせて志望する高校を変えたから。
だから文句を言ってはいけない。
それに、公共交通機関を利用しなければならない距離ではないから気にならない。
「ただいま」
両親は十九時ぐらいまで帰ってこないからほとんどひとりだった。
が、気にせずにすやすやできるというのもあって、私はそれをいいことだとしか考えたことがなかった。
寝ていれば勝手に時間が経過してくれる。
その間だけはより幸せな気分で過ごすことができる。
なので、これからもこういう時間は確保したかった。
「そうちゃーく!」
読書をしていたら急にハイテンションな女の子がやって来た。
特に気にする必要もないから気にせずに読書を続けていたら、
「真由ちゃんや、無視をするのはやめておくれ」
と、言われたから本を片付けた。
今日中に絶対に読み終えたいというわけではないから急ぐ必要はない。
あと、さすがにこうなってくるとスルーはできないから。
「それより見てよこれっ、可愛いでしょっ?」
彼女が持っている鏡に映っていたのは猫耳を装着した自分だった。
恥ずかしくはない、けど、なんか痛い気がする。
こういうのは和みたいな女の子が着けるから可愛いと思う。
というのもあって、外して返しておいた。
「和にしてもらった方が可愛い」
「なるほど、じゃあ協力してください」
和はと確認してみたら突っ伏して寝ているようだった。
あの子にしては珍しい行為だったから気になって移動した。
いまは猫耳とかどうでもよかった。
「どうしたの?」
「……ん? ああ、そこにいる人間のせいで疲れたのだ」
私の後ろにいるのは先程の子、
そうか、つまりもう被害に遭った後だったのかと気づいた。
ちなみに花帆はによによと笑っているだけで気にしていないようだった。
多分、こういう子が上手く生きていくんだろうなと急に思った。
「まったく、貴様のせいで朝から最悪な気分だ」
「まあまあ、猫耳ぐらい着けてくれてもいいでしょ?」
「自分に着けておけばいいのだ、ほら、貸してみろ」
で、何故かそこは大人しく渡したうえに、大人しく着けられていたという。
私はこの子のこともほとんど理解できていないままだ。
「んー、私には似合わないかなー」
「似合っていないということはないだろう」
「お、優しいですなあ」
「事実を言っているだけだ」
このふたりはこんなことを続けながらもずっと仲が良かった。
してほしいことをちゃんと口にできるというのはいいことなのかもしれない。
もちろん、相手のことを全く考えていない発言は駄目だけど、彼女達はその駄目なラインというのをしっかり把握できているから問題にならないんだ。
私は……できているのかな?
よく呆れたような顔をされてしまったりするからできていないかもしれない。
また、相手が我慢してくれているだけの可能性もあるから過信は危険だ。
振られたら話す程度がいいのかもしれないね。
「真由たん? そんな顔をしてどうしたの?」
「ふたりが仲良くしてくれていると嬉しい」
逆に喧嘩なんかをしていると胸のあたりが苦しくなる。
これは自分が怒られてしまっているような風に感じるからだろう。
だからなるべく怒ることは他のところでしてほしいし、怒られることも違うところでしてほしかった。
そうでなくても逃げられない授業中にそんなことが展開されたら怖くなってしまうから。
「それはそうだよ、だって和たんは私の物だからね」
「私は物ではないし、仮に物だったとしても貴様の物になった覚えはないぞ」
「またまたー、照れちゃってー」
花帆のすごいところは初対面のときからこのテンションだったことだった。
それなら呆れたような顔をされたところで続けられるかとも納得できる。
本当に人によって違うから面白いところだった。
「昨日はあんなに愛し合ったのに……」
「変な言い方をするな、たまたま外で会ったというだけではないか」
「でも、一緒に過ごしましたよ?」
「それは事実だから否定はしないぞ」
花帆と彼女のお家は近いからそういうことも多くある。
少しだけ羨ましかったりもするけど、そんなことを口にしたことはない。
相手を困らせたいわけではないし、私も私でひとりでいたいときが結構あるから。
また、直接ぶつけたところで距離的に一緒にいてくれる可能性が低いからというのもある。
高校になってもこうして一緒に通えているだけで満足しておくべきだった。
「それよりも、さ、なんか和たんの首筋を見ていると舐めたくなるんだよね」
「気持ちが悪い変態だ、真由、いまからでも廊下に逃げよう」
「わーんっ、冗談だから逃げようとしないでよー!」
結局、ふたりだけで楽しそうにしていたから席に戻ることにした。
立っているよりも座っていられる方が好きだからというのも大きい。
あとはここから楽しそうなみんなを見ることが好きだった。
色々な情報が聞こえてくるからそれを聞いているだけで時間をつぶせる。
結構目立つのは花帆の声だった。
そこそこ高いのと、声が大きいというのもあってよく聞こえてくる。
ただ、これは友達だからというのもあるのかもしれない。
それに、やっぱり一番耳に入ってくるのは和の声だから。
「和たーん!」
「そもそもその呼び方をやめろと言っているだろう」
はは、やっぱりいつも通りで安心できる。
ずっとそのままでいてほしかった。
「鈴本、ちょっといいか?」
「ん? うん」
ここでは話しづらいみたいだったから廊下に移動してみたらいきなり告白された。
されればされるほど、理由を聞けばきくほど、なんでなんだろうという気持ちが強くなる。
とにかく、今回も受け入れられないから断らせてもらうことにした。
「……ちなみに、好きな奴でもいるのか?」
「ううん、私、男の子が苦手だから」
「そうなのか……あ、はっきり言ってくれてありがとな」
苦手といっても一緒にいられないほどではない。
だけどなるべく一緒に過ごすことにならないようにと願っている。
昔、告白されて断ったときに怒鳴られたことがあったからだ。
全ての男の子がそうではないとは分かっているけど……。
「モテモテだな」
「見ていたの?」
「トイレに行っていたからな、少しそこで話そう」
ちなみに彼女はそのことを知っている、どころか、そのときにその相手を殴ってしまったぐらいだったから少しだけ大変なことになった。
先生には怒られるし、彼女は変えないし、私はとにかく落ち着かなかった。
でも、あれも結局泣いてしまった自分が悪いで片付けられてしまうことだ。
「これで今月になってから五件目だ」
「多いの?」
「十分多いだろう」
罰ゲーム……とかではないよね。
もしそうなら教室内の雰囲気があんなにいいわけがない。
となると、他者からしたら多少は魅力的に見えるということかもしれない。
自分らしくそこに存在しているだけだけど……。
「疑いたくはないが、裏でなにかしているのか? 例えば配信とか」
「え、してないけど……」
インターネットを利用することもほとんどない。
私は昨日もそうだったように寝てばかりの人間だ。
例え起きていたとしても読書とか和と花帆とお喋りをしているかでしかないからそんなことを言われても困ってしまう。
それに、彼女は私のことをよく知っているはずなのにどうしてなんだろうか?
「こんなところでどしたの?」
「如何せん真由に告白する人間が多いから気になっているのだ」
「ああ、確かに真由たんはモテるよね」
「でも、一度も話したことがないのに告白なんて普通はしないだろう」
「んー、まあでも、そういうことは実際にあるよね。事実、真由たんは一度も関わったことがない子から告白されているんだから」
私は中身を知っていない状態で告白なんてできない。
見た目だけ良ければいいというわけではないんだ。
相手が美人なら、格好いいなら、そうやって片付けることはできない。
もし乱暴を働いてくるようだったら、他の男の子と一緒に過ごすことになった際にも悪影響が出る。
意外と係のお仕事とかで関わる機会があるからそれでは駄目になってしまう。
「まあいい、これからはもっと私が一緒にいればいいからな」
「でも、殴るのはもう駄目だよ?」
「分かっている、あんな思いを味わうのはごめんだ」
彼女は「私が正しいはずなのにあの教師ときたら……」とぶつぶつ呟いていた。
あのときはお互いに謝って和解で終わったけど、彼女的にはそうするしかなかったということなんだろうな。
だけど本当に怖かったから私的にもああいうことはもう起こってほしくない。
どうすれば告白されないようにできるだろうか?
「真由、これからは教室以外で過ごせ」
「和はいてくれるの?」
「ああ、必ず守るから安心しろ」
教室の雰囲気は好きだけどそれで回避できるということなら従った方がいい。
というか、私にできることは結局それぐらいしかないんだ。
そして、今回も一方的に彼女に甘えることになってしまう。
「それは駄目だと思うなー」
「何故だ?」
「だってほとんど私達としかいなくてもあの結果なんだよ? 逃げていても変わらないよ」
「それでも多少は効果があるかもしれないだろう? 例えば、私達が話しているところを見て惚れるような人間は少なくなるはずだ」
仲のいいお友達と楽しそうにしているところを見たらおっとなるかもしれない。
ただ、私は頻繁に笑ったりしないからほとんど無表情なわけで。
敢えて無愛想にも見える人間を好きになるなんて本当におかしかった。
まだ私を経由してふたりに近づきたいということなら分かるんだけどね。
「逆効果だと思うけどなー」
「今日は少しおかしいな、いつもの貴様らしくないぞ」
「私は真由ちゃんのためを思って言っているんだよ」
珍しく笑みを引っ込めて真面目な顔だった。
なにかが起こってから対策をしても遅いということは分かっている。
が、自分のことで彼女達の時間を減らすというのは納得のできることではない。
だから無理やりこの話題を終わらせた。
出てくるとは思えないけど、これは私が自分で頑張らなければならないことなんだから。
「っと、そろそろ戻らなければな」
「そだねー」
戻らないと学校にいる意味がなくなるから戻ろうとした。
そうしたら扉のところで和が足を止めてこっちを見てきた。
「変なことを考えるなよ」
「え?」
「いや、戻ろう」
「あ、うん」
変なことってなんだろうかと考えつつ教室に戻ることに。
やっぱり教室内の雰囲気はとてもいいものだった。
そのため、罰ゲームとかの類ではないということがすぐに分かる。
いいか、これからはもったいない気がするけど他の場所で過ごそう。
その際はひとりでいい、和は花帆や他の子の相手をしていてほしかった。
「授業始めるぞー」
悪意がない告白なのであれば私的には問題ないから。
それでも、全く気にならないわけではないから対策をするのが相手のためにもなるよね。
いつも通り授業中は静かに過ごして、早速休み時間になったら実行をした。
一週間ぐらいしてみれば結果が出るのかどうかは分かるだろう。
怒られたりしないように和にだけは言ってきてあるから問題ない。
高校生活はまだまだ続くから平和なままであってほしかった。
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