第37話 眠るふたり

「…ルーク様!確認したいことが」

「…なに?」


本が無くなっていた。

バジル著書の、【世界録】だけ。

あの本と客たちには、唯一共通点があった。

それは、あやしげな目玉だったが––––


「公爵閣下とセス様が心配です。先程も、様子が変でしたし…」

「そっか。わかった、一旦、本のことは後にして、父様たちの様子を伺いに行こう。

なにか…あいつらについて、聞き出せるかもしれないし」



未だ、嫌な予感は消えゆくことなく、俺の心に燻っていた。


***

「父様!」


勢いよく扉を開く。

困ったときの執務室☆


案の定そこには、公爵とセスがいた。

公爵はソファに腰掛け、セスはそのすぐ側に立っている。

が、ギルの言う通り、様子が変だ。


公爵の目は虚で、どこを見ているのかわからない。

俺の言葉にも反応しなかった。

セスも同様、虚な目で、少しばかりゆらゆら

と揺れながら立っている。


「父様…セス…?」

「ルーク様!俺が行きます!扉から離れないでください!」


…なんだ?

この、奇妙な…。

客人といい、公爵たちといい…

いや?でもソフィアは話した感じでは正常だった。あんな虚な目はしていなかった。



「公爵閣下!セス様!どうされたのですか!…閣下!」

ゆさゆさと、ギルが二人をゆする。

しかし、変わらない。


「ギル…」

「ルーク様…どうしましょう…俺…」


ギルは不安なのか、眉根を寄せている。

そりゃそうだ。

いくらなんでも、まだ9歳の子供なんだ。

自分のつかえる家の主人と、その側近がこうなら不安にもなる。

それでも酷く取り乱さないのは、俺の前だからなのだろうか。


「ギルは執事長やメイド長を呼んできて!そろそろ、異変に思う頃だと考えるけど…」

「ルーク様…わかりました!……ルーク様も行くんですよね?」


「…俺、俺は…」

「駄目ですよ。危険です」


ギルの瞳が、先ほどと打って変わって強い意志をもつ。

主人を危険に晒すわけにはいかない、側を離れさせてはいけない、護らねばならない…そんな意志を感じさせた。


「ん!わかった!でも、俺はこの部屋にいるよ。なにか父様たちが倒れたら大変だし」

「何言ってるんですか!」


「父様たちが倒れたら、頭を強打して、それこそ意識を完全に失うかもしれない…。

それに、二人は今…眠ってるんだと思う。

目はあいてるけど、そんな気がする」


「気がするって…」

「近くに人がいると思う。大声で呼ぶのは成功しないだろうし。広すぎるからね」


「ギル、お願い」


「俺に


………


「すぐ戻ります」

「感謝する!いってらっしゃい!」


***


「さーて?どうしましょうこの大人二人」


どうしよ、マジでどうしよ。

「任せて」なんて大きなこと言いましたが、俺にはなんの策もありましぇん。

「知略の公爵家」が泣くな、これ。


ごめんなさい、と想像の中でご先祖様に手を合わせる。


…さて本当にどうしたものか。

うーん、うーん。

寝てるっぽいんだよなあ。

俺の勘がそう告げている…っ!


「父様ー、起きてー。可愛い息子が泣いてるよー(棒)」

「セスセスセス〜!なにしとんねんあほんだら。何悠々と寝ているんだよ。

俺のこと散々イジって(?)きたくせに!」


…起きねえな。

どうしよ。


逆に子守唄でも歌っちゃう?

俺音痴だから、ハッピーに寝れるよ?

前世でも評判でしたよ、悪い意味で!


なに歌おう。

レパートリーがないんだよ!

しょうがないよ!

君○代?

どこの国の曲だって叱られるかな。

理不尽〜。


(いやいやいや!こんなことしてる場合じゃなかった!起こさないと!)


…寝てる…夢…?

あ、夢で聴いたあの曲を歌おうではないか。

「母様」が歌ってたぽいし。

起きるかも。


息を吸う。

人前で歌うのは、何年振りだろう。

この世界では初めてではないか。


「ら、らーらー、らあら、らん、らー!」

…続きわかんない、アドリブ強行手段ですね。


「らー、らら!らあ、らん」








*****

誰だ?

声が聴こえる。


懐かしい、愛しい人の声。

彼女もよく口ずさんでいた。


なんの曲かと問えば、

「私の曲よ」

と、笑顔で応えていた。


その曲が聴こえる。

でも彼女ではない。


だけど大切な、愛しい愛しい者の声––––。



*****






「っ!…ゲホッ、ゲホゲホ!」

「ととと父様⁈起きた⁈」


皆さん朗報です、父様が起きました。

いきなり起きるなよ怖いよ。

そして起きた途端部屋の隅に飛び移って剣を構えるなよ。


「…おはようございます?父様」


「ルー、ク?…何故俺は…。」

びっくりしてるね、なんで?


ん?

父様たちが、お客を招き入れたんでしょう?

あれ?なんか、変だなぁ。


「…っ!セス!どうした⁈」

「あれ?セス、起きてない⁈」


「…ルーク…いや、今はいい。セスは、どうしたんだ?」

「えっと、…怪しい術にかかって寝てる?」


「…チッ。…【催眠スリープ】か?

術は簡単な回路の様だし…俺の炎で燃やせばいいか」


も?燃やす?

物騒ですが⁈やめて!ギル!早く来て!

公爵が目醒めるとすぐに物騒なこと言い出しました!


「ルーク。…お前は離れていろ」

「ええ?なんでですか?」

「セスに魔法をかける。危険だから、離れていろ」


渋々ひきさがる。

…魔法か。

あの事件以来だな、見るの。

ケイシー先生は変身魔法を使ってたみたいだけど…?


「【気炎万丈起きろ】」


––––ゴゥ、と音をたてて、セスの体を炎が包み込む。


肉の焼ける匂いはしない。


「…っ、こわ…」

「……」


炎が消える。

まるで、線香花火の火が落ちる様にあっさりと。


「…ん…むぅ。…あれ?ケイ様?ルーク様も」


「執事長!こっちです!」


「ギル!」


ギルが来た。

執事長と数人のメイド、騎士を連れて。


「……ルーク、なにか知っているな?」




「ええ…。説明します、父様」





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