第17話 金糸雀
「剣の稽古は来週からだ。それまで体調を崩すなよ。」
「はい、とうさま。それで…、どうしておれは、またよばれたのですか。」
そう。
あの後、俺は一度部屋に戻ったのだが、夕食後にまた公爵に呼ばれた。
要件は伝えられていない。
「…あぁ、それはな…。」
……
「…それは…」
………
「えと、とうさま?」
公爵が意を決したように、俺の目を見た。
(え?え?おこですか?)
「明後日、俺と出かけてほしい。こんな事があった手前、言いにくいのだが…。」
「おでかけ、ですか。」
(いやそりゃ言いにくいわ!前々から計画していたのかもしれないし、断るのはなぁ…。)
「…うんと、じゃあ––––」
俺が断ると思ったのか、公爵が言葉を遮る。
「いや、いいんだ。…俺も少し軽率だったな。怖かったろう、出かけるのはまた今度にしよう。」
(うっ⁈な、なんだ?公爵の頭に、寂しそうに垂れた、犬耳が見えるっ⁈)
↑強めの幻覚 ↑強めの補正効果
「あの!えと、だいじょうぶですよ!でかけましょう!た、たのしみだなぁ!」
「…そうか、それはよかった。」
公爵は微笑んで(俺の思い込みかもしれないが)俺を部屋まで送ってくれた。
「ルーク。」
「?あ、そうか。とうさま、おやすみなさい!」
「えっ?あ、いや、」
(ん?なんだ?)
「…ルーク。…よく無事で戻ってきたな。…ゆっくり休むといい。」
「⁈…は、い…。」
(公爵が俺を案じた…。)
「あ、あの、でも!ぜんぜんこわくなかったですよ!…それじゃ、おやすみなさーい!」
「…あぁ。」
バタン
ルークの部屋の扉が閉じた。
公爵は執務室へと足を進める。
そのなかで、考える。
(ルークは、泣いていない。保護された時も、男に取り調べして聞いた話の中でも、一度でも、泣いていないという。…そんなに、幼子が泣かないだろうか。誘拐されたというのに、泣かないというのは、変だろうか。男はルークの髪を掴んだり、引き摺ったそうだが…。)
「…ルーク。」
自分の子が。愛する人との子が。
異常だとは考えたくなかった。
〜2日後〜
「ふおおおお!くろい、うま!くろい、ばしゃ!」
「そんなに嬉しいか。」
今はお出掛けの直前、屋敷の前。
そこには、俺と公爵の髪のように真っ黒い、馬と馬車が控えていた。
しかも馬車には青と銀で装飾が施されている。
「はい!うれしいです!」
興奮しない訳がねぇ!
事件の時も街までは馬車だったけれど、ここまでの装飾はされていなかったし、馬も茶色だった。
「そうか。では騒いでいないで早く乗れ。」
(うっ、公爵つめた〜い。いいじゃん。うるさいのは、あの、ほんとごめんなさい…。)
馬車の中も装飾が凄かった。
でも騒ぎすぎて怒られちった。
馬車は街をすぎ、窓の外は青々とした緑へと変わっていく。
がたがたと、しかし心地よく車体が揺れ、俺は微睡む。
意識を手放していく。
『…らーらー、らあら、らん、らー』
誰?
『…ルーク…。わたしの愛しい子…。』
ルーク?それは誰?
『ごめんねぇ。弱い母さんでごめんね』
謝らなくていいのに。
「ルーク!」
無理やり意識を引き摺り出される。
「ルーク、着いたぞ。目的の場だ。」
「あ、あぁ…。はい、とうさま。」
(俺今、どんな夢見てたっけ…。)
もやがかかった様に上手く思い出せない。
夢の記憶を辿りながら降りた場所は、とても綺麗だった。
そこは小さな丘で、ずうっと先まで色とりどりの小さな花が咲き乱れている。
だが、所々に、規則正しく石がたてられている。
「ここは…」
「墓地だ。…綺麗だろう。」
公爵が答えた。
公爵はいつのまにか小さな花束をもっていた。
そして、俺の手を引き進んでゆく。
少し歩いて止まったのは、おそらくここで一番見晴らしの良いだろう場所。
白い墓石がたっている。
「…ここはお前の母親の墓だ、ルーク。」
「…かあさま、の?」
(母親の…墓。死んでいた…。まあ、6年間姿を現していないのだから、そうだろうと思ってたけど。)
「…お前の母は、お前を産んで一週間程で死んだそうだ。俺は戦の最中、それを伝えられた。今日は、フリージアの命日でな。…此処へは、毎年来ていたんだ。」
公爵はかがみ、花を添える。
そして、つづける。
「お前の母は、フリージアといった。金糸雀の様な色をした髪で、紅い瞳をもっていた。…綺麗だった。」
「…おれ、ゆうかいされたとき、こえをきいたんです。」
「声?」
「うたっていたんです、そのひとは。それで、こもりうたをうたってあげる、と。でも、そのあとにせきこむおとがして。そのあとすぐ、ひとがたおれるようなおとがしたんです。」
(あの優しそうな声の人が、今世での母だったのか…。ああ、それなら、一度でいいから、会ってみたかったな。)
「……。」
「とてもきれいなこえで!…すずのなるような、やさしいこえでした。…あってみたかったな。」
「…そうか。」
公爵はくしゃりと、俺の頭を撫でた。
そうして俺の肩を抱き寄せた。
しばらくそうしていた。
帰りの馬車、俺と公爵は母親・フリージアについて話していた。
公爵の話を聞いて、母親の姿が少しわかった。
おとなしそうだけど、ドジで、命知らずだったこと。
優しくて、明るい人だったこと。
歌が上手で、いつも歌ってくれていたこと。
ルークという名を、つけてくれたこと。
たくさん話した。
母親はもう懲り懲りだと思っていたけれど、公爵の思い出話を聞いて、会ってみたかったと再度思った。
(きっと、楽しい人だったんだろうな。)
まもなく公爵邸へ着くという時、窓の外に一羽の金糸雀が飛んでいた。
「とうさま!かなりあです!」
「…金糸雀…。こんなところに…。」
(金糸雀…。母様の化身だったりして。)
金糸雀は悠々と舞い、公爵邸に着くときにはいつのまにか、群青の空へ姿を消していた。
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