第10話 先生

明るい笑い声。

あたたかな食事。

優しい家族。

––––そこに、あたりまえのようにいられる自分。


「…朝、か…。」

自宅のベッドで目を覚ましたケイシー。


あれは、昔からずっと望んできた生活。

嘲笑をうけず、

つめたい食事をとることもなく、

蔑まれない生活。

(僕なんかが、望んでいいことじゃ、ないけれど。)

重い体を起こす。

そうして顔を洗おうと、台所へ向かう。

ぱしゃぱしゃと飛び跳ねる水。

冷たくて、冷たくて。

苦しくて、何かに縋らないと生きる気力が湧かなかった。

(だから、教師になろうとしたんだ。…この世の全部を知るために、生きようと思ったんだから。)

「なのに…僕は。」

座り込む。

「…変われてないじゃないか。今も昔も、ずっと醜いままだ…!」



昼下がり、心地よい風が吹く頃。

「あ、あの…。ルーク様…。これはいったい…?」

俺はケイシー先生を、お茶会(モドキ)に招待していた。

「おちゃかい(モドキ)です。せんせい、すぐにかえってしまうので、しりたいことたくさんあるんです。」

ガーデンテーブルの上には、チェック柄のテーブルクロス、いくつかのスイーツと紅茶。

スイーツはメイド達が作ってくれたものだ。

(クッキー、ケーキ、マカロン、チョコレート…。あ〜!美味しそう!)

「ハンナ。」

「はい。」

名前を呼ぶとすぐ、ハンナはお茶を淹れてくれた。なんたる有能さ!

「…知りたいこと、とは?」

「しつもんです。」

「…なんでしょう。」

「すきなイロはなんですか?」

………

「…黄色です。」

「それじゃ、すきなどうぶつは?」

………

「…犬、でしょうか。あとはフェンリルとか…。…一度しか見たことないですが。」

「フェンリル⁈すごいなあ、せんせいは!」

………

「…えと、じゃあ、やすみのひは、なにしていますか?」

「…本を読んだり、買い物とか、…研究とか。」

(うおおお!ここまで話せた!)

そう、俺がとった作戦…それは、名付けて

『お茶会でケイシー先生の事を知る作戦!』

…である!

(↑圧倒的ネーミングセンスの無さ)

そこから俺はたたみかけるように質問をしていった。

好きな食べ物、オススメのお店、好きな時間帯、趣味、そして…。

「せんせいはじょせいにたいして、ロングとショート、どちらのヘアスタイルがすきですか。」

(俺は断然ロング!)

「…人に、それも女性に容姿を求めるのは失礼ですよ。それは心得てください。」

「う、はい…」

「ですが、いうとするならば…。」

(どっちだ…⁉︎どっちだ…⁉︎)

どくん、どくん。

「…ショートヘアーの方が、好みです。」

「ぬあぁあああー!そっちかあ‼︎」

ショートヘアーも素敵だと思うけど!でも!

「…ありがとうございました。」

「…はい。それでは、僕はこれで。」

「えっ、あ、はい。」

がたがたと席を立つ先生。

顔を伏せると、それではと言って背中を向けた。

「せんせい!おれ、せんせいのことしれて、たのしかったです!」

「…ルーク様。」

「?はい!」

「…僕なんかに、気をつかわなくていいです。…それでは。」

ケイシーが早足で屋敷を出るから、すぐにその姿は見えなくなった。

「…なんだよ。」


「…なんだよ、それ…。」

俺は項垂れるしかなかった。

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