第8話 家庭教師

爽やかな風のふく朝。

日がさらさらと窓辺にさす。

「ルーク様。おはようございます。」

涼やかなハンナの声。

「今日から家庭教師の方がいらっしゃいますよ。たくさん学んでくださいね。」

「…うん。そうだね。」

この世界で初めての誕生日から、四年。

俺は六歳になった。





「ルーク様!お待ちください!」

パタパタと廊下をかける足音。


「ふはは!ここまでおいで!」

追いかけるのは新人のメイド・ソフィア。

そして、逃げ回るのは公爵令息のルーク・スケヴニング。

そう、俺だ。

「ルーク様!家庭教師様が嫌だからといって、逃げるんじゃありません!」

「だってそのせんせい、こわいんでしょ!」

「有名で人格者です!ですから大丈夫だって––––あっ!」

ソフィアがつまずく。

がしっ。

ツバキだ。ソフィアを抱えるように受け止めている。

「大丈夫ですか、ソフィア。ルーク様。大変お元気で可愛くて今日も尊いのはよろしいですが、逃げ回り、迷惑をかけるのはいけませんよ。そして今日も生きる力をありがとうございます。」

「ツバキ…。…わかったよ。でもおれへのアイをきめゼリフふうにいわないで。」


そう、家庭教師。

公爵が俺につけるという先生だが、俺は乗り気じゃない。

「はわ…。ツバキさん…。素敵…。」

「ソ、ソフィア?いまなんて…。」

ツバキは仕事に戻ったが、ソフィアは頬を染めてしばらくポケッとしていた。


「あーあ、かていきょうしかあ。」

(まあこの世界の文化や歴史、ほとんど分かっていないから、いいけど。…前世の家庭教師みたいに、親のいないところで暴言吐かない人がいいなあ。)

コンコン、と、部屋の扉がなった。

「失礼します。」

扉からやって来たのは、虚な目をした青年。白っぽい髪に、色素の薄い瞳。

「…これからルーク様の家庭教師を務めさせていただきます、ケイシー・カナリックと申します。…よろしくお願いします。」

「あ…はい、よろしくおねがいします。えと、ルークです。」

(ソフィア⁈生気がない方ですが⁈)


ぽやぽや〜としているソフィアの顔が思い出される。あのメイド!

「…本日は、ラピチナ国での月の呼び方、それと日の呼び方をお教え致します。」

(呼び方…、月の名前とか、曜日っていう感じ?)

「…あの、」

「はい、せんせい。」


彼は部屋にある、魔法石でできた黒板に次々に文字を書いていく。

「…いえ。ええと、一年は365日なのは知っていますよね。月は12ヶ月、それぞれ数字が呼び名です。一月、三月、九月、十二月…のように。曜日は七つ。月、火、水、木、金、土曜日。この七つで一週間となります。…わかりましたか?」

(え、日本と同じ⁈)


「あの、わかりましたか…。」

「えっ、あ、はい!」

ケイシー先生は持っていた鞄からプリントを取り出して、俺に渡す。

「…宿題です。明後日までにやってください。…それでは。」

そういうと、扉へ向かう。

「え、もうおわりですか?しゅくだいもいちまいって…。まだじゅっぷんたってないですよ。」

「…だって君、まだ六歳でしょう。それに今日、僕は用事があるんです。なので帰ります。それに––––。…いえ。」

さよなら、と言って先生は部屋を出た。

あまりに早い授業だった為、混乱する。

「ええ…。」







「はあ…。今日は涼しくなってよかった。もうすぐ秋だと思うけど、暑いなあ。」

ハンナはそう言いながら、窓を拭く。

どたどたっ。

驚き、音のした方を見る。

すると階段の一番下の段。そこには、ルークの家庭教師である青年がいた。

(あれは…、ルーク様の家庭教師殿?)


近づいて声をかける。

「あの、どうなさったんですか。貴方はルーク様の家庭教師様ですよね。」

肩に触れようとすると、ぎゅるりと目をむけられた。

「ひっ。」

思わず悲鳴を上げる。


「…ッッ、どうせ、どうせっ。」

そう言いながら、走り出す。向かう先は玄関。

「あっ、家庭教師殿!」







屋敷を飛び出して尚、走るケイシー。

「僕なんかが、近づいていい人じゃなかったんだ、ルーク様は。」

その瞳には、絶望が浮かんでいた。

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