第2話 転生

「電車に轢かれて、君は死んだ。覚えてない?」

辺りは未だに霧が立ち込めている。



「...は?死んだって、どういう事、だよ。」

「あちゃ。ショックが大きすぎたかな。ここまで忘れているなんて」

少年は呆れたように首を振る。



「あのね。君は塾から帰る途中に、乗るはずだった電車にはねられたの。君がうつらうつらしてて誤って線路に落ちたから、君の過失だけどね。それで君は死んで、その魂が迷子になりかけていたのを僕が拾った。そういう訳。」

「死ん、死んだ?」



思い出そうとするが、強い吐き気と頭痛で考えられなくなる。

(なんだよコレ。頭が痛い…!)


夢だ。これは夢なんだ。

俺は死んじゃいない。絶対に。

死にたくない…!



「そうだよね、信じられないよね。でも実際君は死んで、駅の構内は大騒ぎ。携帯で動画撮ってるやつもいたなぁ。僕が見届けたから間違いない。...それにしても可哀想だねぇ。君はお母さんの為に一生懸命頑張ったのに、当の本人はあんまり残念じゃないみたい。」

少年が笑う。


「ふざ、けんな。俺は、俺の為に、努力したんだ!それを、アイツの為に、されちゃ、困るんだよっ」

そうだ。俺は今まで、自分のために頑張ってきた。友達と遊ぶことも、ふざけあうことも捨てて。なのに、こんなとこで死ぬ?


「諦めが悪いね。…そうだ!君が死んだ一部始終を見せてあげよう」

少年が俺の頭に手をかざす。

瞬間、電車が正面に迫ってくる映像が見えた。そして、全身が打ち付けられたような感覚に襲われる。


どうしようもなく、死んだことを実感させられる。嘘だ…嘘だ!!

けれど。その映像を見てから、次々に記憶が溢れてくる。自分が倒れ込んだことも、はっきりと思い出してしまう。



「そんな君に、チャンスをあたえようー!僕の慈悲深い計らいで、きらりくんは転生できます。運がいいね、ラッキーボーイだ。」

(なんなんだよ。死んだなんて。それに転生なんて。あたかも神のようじゃないか。)


「...神?まさかお前、自分が神だなんて、言わないよな?」

「神?大当たりさ!でも僕は死神。君たち人間の考えるような優しい優しい神じゃない。まぁ、とにかく君は転生できる権利を与えられた。僕からね。上は反対して聞かないんだけど、可哀想だろ。秘密の儀式ってことさ。」

上?神にも上下関係があるのか。おもしろいな。



あぁもう、なんかもう。どうでもよくなってきた。頭が痛くて仕方ない。眠い。眠い眠い眠い。




「あ〜〜。もういいや。そういう事なら、喜んで転生するよ。権利って事はしないという選択肢もあるんだろうけど。今度こそ俺は、自由を手に入れるんだ!!」


少年...死神が目を見開く。

「へえ、そこまで気付いてたんだ。じゃあ早速、転生してもらうよ。急がば急げだし。」

そう言って死神は両手をひろげた。すると、あたりが星の空に包まれた。美しい。都会ではそうそう見れない。


(まぁ、自称だが神だし。できるのも当然か。)

「橋本きらりは転生する。魂はそのままに、肉体は異世界の者へ。世界は今、ひらかれる!」

死神がそう唱えると神々しい光がきらりの身体を包み、きらりは意識が薄れていくのがわかった。

「ね、死神さん。あんたも人を、見捨てれないところ、…情はあるぜ」

だって、そうじゃなきゃ、秘密にしてまで転生なんてさせてくれないだろ?





しゅんっ。

音がして、橋本きらりが空間から消えた。転生したのだ。

「...死神に情があるだって?…あんな穏やかに生まれ変わる人間、初めてだ。たいていは何故魂を刈り取ったのか、泣き叫ぶのに。変な人間。」

死神は俯いてつぶやく。

「橋本きらりには、きらりになら、加護をつけてもいいかな。」









その頃、本人は——。

ずでんっ。

(...ん?あれ?俺、何してたんだっけ?てか、痛いぞ。身体というか、おでこと膝のあたりが特に痛い。なんで?あの音とこの痛み...いや、コレまさか俺、)

「こおんあ?(転んだ?)」

⁈⁈⁈

(ど、どういう事だ?うまく発音できない!てかバリバリ日本語じゃん!)

「ルーク様!ご無事ですか、あぁ額と膝を擦りむかれている...。さ、ハンナが手当てしてくださるツバキのもとへ連れて行きますから、こちらへ。」

「うえええええ?!」


確かに、『今の記憶』にはハンナという女性がいる。さらにそれを辿ると、彼女が何者かも思い出してきた。

ハンナに抱えられ移動する。彼女はメイドだ。髪をシニヨンのようにまとめ、紺色の長いスカートがつくメイド服を着ている。

「あぇ、あんなっ。」

(!やっぱり上手く話せない。...てか、俺、名前なんだっけ?……きらり、じゃなくて)





『____貴方の名前はルーク』






軽やかな女性の声が、俺の名を呼ぶ。

そうだ。俺はルークだった。


「ルーク様。医務室です。ツバキに手当てしていただきましょう。」

「う、うあ?」

「あぁ。ルーク様はツバキに会うのが初めてでしたね。ツバキ、根はいい人なのですが。」




そう言って、ハンナは医務室の戸を開ける。

「ツバキ!ルーク様の手当てをして下さいませんか。」

ふあ〜、と大きなあくびが聞こえた。のそのそと出てきたのは、赤い長髪で、瞳が琥珀の様な男性だ。白衣を着て、髪を無造作にまとめている。


「はんな...?こんな早く起こすなよ。まだ11時だぜ。それに、ルーク様なん...て...⁉︎」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。コイツ顔がいいな。



「ル、ルーク様?あ、あぁ。」

いきなり俯いて震え出したかと思ったら、目をキラキラとさせて喋り出した。

「か、可愛いっ!天使かよ!は?可愛い。尊い。存在が可愛い。」

(は?こ、怖い。ツバキってこんな奴なの⁈)

「ツバキ!ルーク様が引いておられますよ。やめてください。申し訳ありません、ルーク様。この医師、可愛いモノに目が無くて。ルーク様は可愛いの権化ですので、こうなるのも仕方ないのですが...。」

「あ、あんなぁ!」


「あんな?ハンナのことか!いいなぁ、ハンナ。俺もルーク様にツバキと呼ばれたい!」

そういいながら、ツバキは救急箱を棚から取り出す。仕事はできるようだ。

「少し痛いと思いますが、我慢して下さい、ルーク様。...尊い。」

消毒液が擦りむいたところにしみる。ツバキは絆創膏を貼ると、どこから取り出したのか、袋に包まれたクッキーを渡してきた。


「はい、ルーク様。頑張ったご褒美です。」

ご褒美。ご褒美なんて、いつ振りだったか。


体が幼いからか、もしくはさっき前世を思い出したからか。

こんなことで嬉しくなってしまう。

「...あいあと。」

▼ツバキはルークの尊さで倒れた!

▼ツバキのライフはもうゼロだ!



「ぐうっ。」

(なんだよ。変な声だして倒れたし。)

「...ルーク様、行きましょう。」

ハンナは目を逸らし、すすっと医務室を出る。

(...ツバキは要注意人物にしとこうかな。)


ハンナに「もう勝手に一人で行動してはいけませんよ」と叱られ、連れて行かれたのは自分の部屋。

(自分の部屋ぁ⁈きらりの記憶と照らし合わせると……でかすぎるな。マジかよ。)

ルークの部屋だというところには、大きなベッドと鏡、本棚、そして机があった。


(鏡!よし、コレで自分がどうなってるのかわかるぞ。)

今世でも、まだ一度も自分の姿を見たことがない。

よちよちと歩き、鏡を覗き込むと、そこにはまだ一歳ぐらいの男の子がいた。

「うぇあ?」

漆黒の髪に紅い瞳、そして赤子ながら整った顔立ち。

(これは、これは俺、超嬉しいんだけど‼︎)

そこでふとルークは考えた。

(あれ?黒髪はいいけど、紅い瞳ってどういうことだ?それにハンナといい、この部屋といい、まるで中世のヨーロッパみたいだ。でも死神の少年は異世界だと言っていたしな。)

......

(ま、自由に暮らせるならなんでもいいけど!!!)

ルークは考えることを放棄した。

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