第1話 推しをなくしてクラスの推しと出会う
〜時を経て〜
「あ~~ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤbai……」
焦っている時にしか繰り出せないような早口で“ヤバい“を連呼する男こと、
それは推しVtuberである“
しかしながらこの男はタチが悪い。何故なら
「最大の推しであり、何より自分の子のキーホルダー落とすとかマジであり得ねぇ……まだ貰ったばっかなのに……」
そう。“
好きだった幼馴染にフラれて、絶賛落ち込み中だっためぐりにキャラクターデザインの依頼は届いた。
普段仕事で受けている依頼はライトノベルのイラストだったりコンテストなどの宣伝用ポスターばかりで、Vtuberのキャラクターデザインの依頼は初めてだった。決してVtuberのファンであるわけでもなく、拝見したことがない自分にVtuberという大層な存在のキャラクターデザインなんて務まらないだろうと思い、断ろうと考えていた。
それにその時は仕事をする活力もなければ、満足のいく作品を描ける自信もなかった。ましてや初めての試みであるVのキャラデザなんてもっての他だった。
しかし、そんな時によぎる。
ふとした瞬間にフラッシュバックするあの日の出来事。
ずっとあの日のことを忘れる理由が欲しかった。
何かに打ち込み、何かに挑戦し、何かに必死になって彼女を忘れることであの日のことを、彼女の全てを否定したかった。
何度も繰り返される悪夢。どれだけ逆夢であってくれ願ったか。
消したくても消せない。祓いたくても祓えない。忘れようとしても、断ち切ろうとしても呪いのようにしがみ付いてくる。
俺は
そして、もう一度前を向いて歩きたかった。
俺は悩んだ末、同じイラストレーターの先輩である“96saki“さんに相談することにした。96sakiさんとは彼がイラスト担当をするライトノベルがアニメ化決定した際に、お祝いで作品のヒロインを描かせていただいたことがあり、それをきっかけに以降 可愛がってもらっている。俺にとって頼れる兄貴的存在で良く描いた作品のアドバイスをもらったりしている。
そんな面倒見のいい96sakiさんから返ってきた答えは実に前向きな後押しだった。その言葉が「Vtuberキャラクターデザイン」への挑戦に背中を押してくれ、俺は依頼を受けることを決意した。
そしたら何ということでしょう。
まんまとVtuberの沼というヤツにハマってしまいました。
当初は勉強も兼ねて沢山のVtuberを見て知識を得ようと、仕事の一つとして考えていた……のだが、甘かった。俺は壮大に見誤っていたのだ。
恋をするのは一瞬、それぞれの世界観と個性の溢れるVtuberいう存在の魅力にどんどんとのめり込んで言った。その中でも心から引かれたライバーは自らがデザインを行った西宮萌奈だった。
声はドストライク。当然ビジュアルは自分の好みにしている。
もうこの二つを兼ね備えていたら言う事がない。
素直にハマるしかなかった。
西宮萌奈と出会ってから俺は見違えるように変わり、
今は毎日が楽しい。萌奈ッちが配信をしてくれる日は気分アゲアゲでつまらない学校ですら、心地よく感じるし、もう歩いているだけで楽しい。また、イラストレーターとしての知名度も上がり、去年のスケジュールを遥かに上回る依頼が入っていたりする。
勿論その分忙しくて、学校との両立が出来るのか不安はあったものの、それ以上にこの生活が幸せだった。
萌奈ッちには心の底から感謝している。
きっとこの出会いがなければ俺は永遠に途方に暮れていたと思う。もしかしたらイラストレーターを辞めていたかもわからない。けど引き留めてくれたのは、俺に勇気をくれたのは、他の誰でもない西宮萌奈だ。
君の頑張りを見ていると嬉しくなるし、自分が奮い立たせられる。
ただ、頑張ろうって。そう思えるんだ。
と、まぁ臭い言葉を申しておりますが……
現在、そんな最推しのキーホルダーを彼は落としているのです。
こんなに語ってるのに行動がまるで比例していない。本当にファンなのか怪しくなってくる。いやもう嘘くさすぎる。
今一度自分を見つめ直した方がいい。
俺は「あ~~!」と声を荒げ、髪の毛をワサワサと触ったのちに制服も脱がないまま元来た道を再び走り出した。
***
「やべぇ……見つからねぇ……」
辺りは夕方にさしかかっていた。帰ってきた道の至る所を探し回っても結局、西宮萌奈のキーホルダーは見つからないままだった。「はぁ……」とため息をつくと同時に聞き飽きているベルが耳にねじ込まれる。必死に探しているうちに学校へ着いていたらしい。
「最悪だ。俺の萌奈ッちが……」
カバンに萌奈ッちがいるのといないのとでは学校生活に大いに影響してくる。ボッチ陰キャの俺に平穏を届けてくれる唯一の存在なのに、それがいなくなってしまってはもう何しでかすか分からない。(何かする度胸もないが)
俺のクラスには学年で知らない人はいないSS級の美少女がいる。クラスの男子は勿論、女子さえも、カーストだの天使だの、はたまた“クラスの推し“だのと言っている。言わゆる目の保養というヤツだ。大抵の人は彼女を見て癒されるのだろう。可愛くてスタイルよくて、男女問わず誰とでも話せて、優しくて明るい人。そう、彼女は完璧なんだ。嫌なことあっても“推し“を目視すればすべてが解決するくらいの力を持っている。
ただ、俺はブレない。絶対に萌奈ッちだ。2次元かよって思うかもしれないが、だから何だと言いたい。確かに美人だし、優しい人だとは思う。しかし、まともに関わったことのない人に対して目がハートになる程俺の器は小さくない。
変なプライドかもしれないがこれがファンというものだ。
少し時間が経てば辺りは暗くなってしまう。そんな中探すのは無謀だと判断し、もう一度探しながら家に帰宅することにした。
「あ~ほんとどこ行っちまったんだよ~、あれ非売品よ?超レアなのに何してんだよ俺は……」
ぶつくさと不貞腐れながら四方八方に目をやるが、お目当てのキーホルダーは出て来てはくれない。少し前の急いで帰った自分を一発、いや4発くらい拳で叩き割ってやりたいと思いながらも、今日のコラボの準備を昨日しておけば良かったと強く後悔をした。
家に帰っても食べるものがないことに気が付いためぐりは、コンビニで夕食を購入して自宅へと向う。薄暗くなった空のせいで辺りが見えづらくなったが目を通さずにはいられない。そんな中キーホルダーがなくなってしまった事実が俺を襲う。本当にヤなこった。そんなに必死に走っていたのかと考える。姿勢よく走れず、グラついた反動で取れてしまったんだろう。運動神経がお世辞にもいいとは言えない俺の必死なダッシュとなると、絶望するほど不細工な走り方なのではないだろうか。あぁ~もう想像もしたくない。だってガチなやつで不細工なんだもん。それを誰かに見られたかと思うと死にたくなるな……
“俺にはマイナスなことしか起きないのかっ!!“と文句を言いながら歩を進めていると、公園から叫び声が響く。
「もうっ!!!」
(うおっなに!?怖いんですけど……)
こんな時間に人がいるなんて思っておらず、叫び声にたじろいでしまう。叫んだ後にはカランッと高い音が鳴った。缶を蹴ったみたいだ。
ここからだ。俺の平穏な日常がなくなったのは。
何故俺はここで素直に帰らず様子を伺おうと思ってしまったのか。“怖っ“とか言っておきながら何を言葉に見合わない行動をとっているのか。アホとしか言い表す他ない。
バカな俺は恐る恐る音のする方へと近づいていく。すると一人の女子高生が立っていた。暗くて分かりづらかった部分はあったが、制服の色的に同じ高校なのではないかと思われた。
「あ~もう何なのっ!
何をそんなに嫌なことされてるのっ!!って聞きたくなるくらいの怒り具合だった。逆にそんなヤンキーみたいな言葉で相手は退けないのかと疑問が浮かぶ。だとしたら何という鋼のメンタルだろう。俺だったら0.5秒で謝罪してすぐ逃げるぞ。
今時の学生は悩んだり、病んでしまう人が多いと聞く。また積み重なったストレスが危ない方向へ進んでしまう人も少なくはない。
きっと今見ている彼女のように何かをされて傷ついてしまうんだろう。いなくなってしまいたいと思う程に。
今の彼女は空き缶を蹴ってキレていられるくらいの精神なのだろうが、嫌な行為が続いたらどうだろうか。もっと行為がエスカレートしていったら耐えられるだろうか。
いくら強い人間でもいつか壊れてしまう。昔の俺のように……
俺にはどんな理由で空き缶女子高生が激怒しているのかは分からない。けど、まるであの時の自分を見ているようで苦しくなったんだ。
だからなのかもしれない。俺が今ここに立っているのは。
しかし、なんと声をかけたらいいだろうか。大体、全く知らない人に慰めの言葉をもらったところで一体何が変わるのか。
いや、何も変わらない。慰めの言葉をかけてもらって気持ちが癒えるのは信頼できる人だけだ。いきなり来た見知らぬ人間に心を動かすことはできない。それは俺が一番理解しているはずだ。
彼女を横目に背中を向ける。俺では彼女の力にはなれない。
ただ報われるといいなと心の片隅で願いながらゆっくりと離れる。
と、次の瞬間。パキッと木の枝が折れる音がした。
(!?!?)
「誰かいるの!?」
声が俺のいる方向へと向けられる。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!!ここで木の枝踏む!?なんなのホントに!神は俺を陥れてたいわけ??どうすんだよこの状況……!)
「まさか……!もうっいい加減にしてくれないっ!?お願いだから付き纏わないで!」
(なんかキレてる相手と勘違いされてるし、足音近くなってきてるって!ヤバいどうしよう。けど弁解だけはしたい!しておかないと俺まで激怒対象になる!)
「すいません!!!叫び声が聞こえたので気になってしまって。ホントに悪気があったわけではっ!」
俺は弁明をするため姿を出し、口を動かす。
「相馬……くん?」
「宮西……さん?」
頭が追い付かなくなる。
目の前に立っていたのはクラスのトップである宮西萌奈だった。
え?宮西さん?
つまり激おこ空き缶女子高生は宮西さんだったって……こと?
分からん。ますます分からん!!一体何がどうなってるの!?
元気一杯で誰からにも愛される“クラスの推し“の宮西さんが空き缶を蹴って激怒していた……!?
「あのさっきの……見てた?」
首を傾げながら少し不安そうにしながらも問いただしてくる。
「えっと。はい。すいません」
嘘は付かず正直に答えた。
少しばかりの沈黙を置いてから放たれた彼女の言葉は想像絶するほど冷たかった。
「はぁ……もう最悪。よりにもよってクラスメイトにこんなとこ見られるとかホントついてない」
え……?
「学校では元気で優しいクラスのカーストがこんな柄でもない口調使ってて驚いた?いや、その顔で驚いてないわけないか。これが本当の私。学校では猫を被ってるの」
今目の前にいるのが、愛嬌があって笑顔が絶えないあの
性格が変わっているとかの話ではない。もはや二重人格だ。これが本当の
「どう?悲しい?クラスの可愛い可愛い美少女がこんな悪い女の子で」
「い、いや俺は君と深いかかわりもなければ、話したことだってほとんどないから悲しいと言った感情はないですけど、流石に豹変しすぎてて鳥肌立ってます……」
「普段あんまり話さない人だって私のこと好きだけど?相馬君は違うの?」
何と自己中な考えだ。自信に満ち溢れている人しか言えない発言。すさまじい。だが全員がそうだとは思わないでいただきたい。
「一ミリたりとも興味はないです」
そう断言した俺に対し、少し表情が変わる。
「へ~言い切るんだね。好きな人でもいるの?」
「何故言わなきゃいけない」
「相馬君面白いね」
「面白いこと言ったかな?」
苛立ちがこみ上げる。俺のことなんて何も知らないくせに見透かしたような言い方をしてくるのが気に食わない。
「何怒ってんの?まぁいいけど。それと、今日見たことクラスの人にバラしたらあんたにストーカーされてるって言いふらすから」
「言わないよ。これ以上こっちも居場所がなくなるのはごめんだからね」
「理解が早い人は嫌いじゃないよ。このことは二人だけの秘密ってことで。じゃあね、根暗ボッチくん」
そう言って暗くなった闇の中に溶け込んでいった。
「はぁ……なんか疲れた。無駄に緊張したし」
ため息をついてから家へと向かい始める。
クラスの推しである心優しいあの
彼女は、宮西萌奈はまるで皮を被って舞台に立つピエロのようだ。
天と地という言葉が良く似合うだろう。
彼女が何故あのような行動をとる理由があるのか。意味もなく人を陥れるような、考えなしの人ではないはずだ。きっと何か訳があるんだろう。
だが、俺には何の関係もない。ただ、今日のことを誰にも言わなければ彼女と交わる機会なんてない。なにより、今は人のことを考えている時間はない。キーホルダーのこと……今日のコラボ。そしてこれから先のこと。俺にはまだまだやることが残っているんだ。
「あぁ~もう忘れよう!今日は萌奈ッちと念願のコラボなんだ!こんな嫌な出来事を持ってコラボできるかっ!よっしゃ~楽しみだ。早く家帰って準備しよ~」
住んでいる世界の異なる2人が秘密を共有する。
その繋がりが2人を近づける。
今はまだ分からない。
だが、理解し、分かり合える日はそう遠くはない。
この物語は2人が近くも遠いココロの行方を探し回るジレったく、もどかしい一枚だ。
ピエロとフォトブック 〜クラスNo. 1ヒロインと根暗ボッチの秘密裏生活〜 立花レイ @coppepan
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