第2章 運命が動き出す

第8話 放課後の待ち合わせ

 歌子に話せるだけのことを話した日の放課後、華月は一人で教室に残っていた。他のクラスメイトは部活に行ったり帰ったりと様々だが、彼女は歌子と別れてから一人でいる。


「危ないと思ったら逃げるんだよ?」

「危なくないよ。だって、お互いに正体知ってるからさ」

「わかった。……絶対、許可が出たら教えてね?」

「勿論。じゃ、また明日」


 部活に行く前、歌子はそう言ってようやく教室を出て行った。

 親友を見送り、華月は改めて机に突っ伏す。彼女の待ち人は、日直の仕事で職員室に提出物を届けに行っているはずだ。

 カチカチカチ。黒板の上に掛けられた時計が正確に時刻を刻み、単調なそれは聞く者を眠気へと誘う。案の定、華月はうつらうつらとし始めた。


 それから、どれくらいの時間が経っただろう。不意に揺すり起こされ、ハッとした華月は目を覚ます。

 目の前に、苦笑する光輝の姿があった。


「し、白田くん!?」

「ごめん、黒崎。良く寝てたから起こさない方が良いかと思ったんだけど、風邪ひくといけないから起こした」

「いや、それはありがとうだけど……」


 無防備に寝ている姿を見られてしまった。華月はそれが恥ずかしくて顔を真っ赤に染め、更によだれを気にして素早く口元を拭った。

 わたわたと一人慌てる自分を、光輝が微笑ましく見ていることなど思いも寄らない。ようやく冷静さを取り戻してから、ふと華月は時計を見上げた。時刻は、最後に彼女が確認した時間から三十分経っている。


「……白田くん、白田くんが戻って来たのって……?」

「ん? 十分くらい前かな」

「…………早く起こしてよ」


 十分も寝顔を見られていた。その事実に華月は穴があったら入りたい心境に駆られたが、今はその時ではないと思い直す。

 深呼吸をして、何食わぬ顔を作り出すことに成功した。


「と、兎に角! 用事は終わったの?」

「ああ。先生に日誌は届けたし、もう日直の仕事はない。帰りながら話すか?」

「ううん、ここで話そ。帰りだと、校門で別れることになっちゃうから」


 長くなるでしょう? 華月がそう言うと、光輝は頷く。確かに、話す内容が内容なだけに、教室から校門までの10分では到底終わらない。

 光輝は華月の前の席―歌子の席―を拝借すると、鞄を机の上に置いた。椅子の背もたれに腕を預け、前屈みで華月を見る。

 その茶色の瞳の色に、華月はどきりとした。胸の高鳴りを誤魔化すように、華月は光輝に尋ねる。


「話す前に、お願いがあって」

「何?」

「白田くんが勇者の息子だってこと、歌子に話しても良い……?」

「歌子……。北園?」


 まだクラスメイト全員の顔と名前が一致していない光輝は、かろうじて華月といつも一緒にいる女子生徒のことを思い浮かべた。確か、北園歌子という名前だったはずだ。

 光輝の答えに正解の意味を込めて頷くと、華月は話を進める。


「そう。わたしが魔王の娘ってことはもうカミングアウトしてあるけど、白田くんが何でそんなわたしと関わるのか不思議がってて」

「その子、口は固いのか?」

「うん。少なくとも、頼めば誰彼構わず吹聴することはないと思うよ」

「じゃあ、黒崎を信じることにする。言っても良いよ。……俺も、同じことを頼むことがあるかもしれないから」

「白田くんなら、信じられるから。白田くんが言っても良いって思った人には、わたしが魔王の娘ってこと、言っても良いよ」

「助かる」


 光輝が思い浮かべたのは、祖父母と友也だ。

 勇者の息子を喪いながらも懸命に孫を育ててくれた祖父母は、もしかしたら魔王の娘が同級生だと知れば転校させようとするかもしれない。魔王こそが、彼らの息子夫婦を奪った元凶だから。

 しかし昨日の出来事を経て、光輝にとって華月は恨みの対象では決してないことがわかった。それどころか、もっと別の関係性を結びたいとさえ思う。それがどんな形なのかはわからないが。

 友也は、光輝に秘密があることに勘付いている。いずれ、協力を仰ぐ必要も出て来るかも知れない。その時、自らのことについて知っておいてもらうべきだろう。

 光輝は華月の許可を得られたことにほっとして、ふと言葉を零した。


「……絶対、守るから」

「何か言った?」

「―――何でもない」


 ふと零れ落ちた言葉に、光輝は目を見張る。華月には誤魔化したが、言葉を口の中に戻せないことが無性に残念に思われた。どう考えても恥ずかし過ぎる。


 話が脱線した。2人は苦笑し合って、話を戻す。

 華月は光輝が話しやすいよう、きっかけを作ろうと問いかける。


「白田くんのお父さんが、勇者だったんだよね?」

「そうだ。……白田のぞむ。それが俺の父の名。剣と盾は、残されたものを受け継いだんだ」


 教室に、夕日が射し込む。赤とオレンジが複雑に絡み合った複雑な色に顔を染め、光輝は語り始めた。

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