第3話 よい

「うぅー…ちょっと酔ってきたかも」

「はぁぁ?!」


 日本はやはり山が多い。もうずっと、うねりくねった山道を走っている。高い木々に囲まれた坂道は、上がったり下がったりしている。その上、右に曲がったり、左に折れたりしているものだから、僕はだんだん気持ち悪くなってきてしまった。


「…おい!おいおい!…まじかよ!?

 もう!俺の背中に吐いたら、山の中にほうって帰るからな!」

 そのとき、薄暗い視界がガバッと晴れた。進む先には、光る海。港町が広がっていた。ふんわりと潮の香りが鼻をくすぐる。


「はぁ…もう…。今日はこの辺で休憩しよか」

 僕はうなずく代わりに、ハルの身体をギュッと締めた。

 カチカチカチと指示器の音がして、すぅーっとバイクの速度が落ちる。森の中から住宅街へと空気の香りが変わるのを感じた。


******************************


「ウッマァー♡

 海の側だとこんなに美味しいんだぁー!!!」

 京都にも回転寿司はあるけれど、ここのお寿司はもっと瑞々みずみずしくて、濃厚な感じがした。


「…さっきまで、酔うてグロッキーになってた癖に。ようよくそんだけ食えるわ…」


 呆れるように言って、お茶をすするハル。彼のお皿にはわさび茄子が載っている。せっかく海の近くのお店なのに…。


「ええやろ、別に。好きやねん」

 鮮やかな青の載ったそれをパクッと頬張る。回転寿司で、なぜかハルはいつもこれを食べるのだ。

 …でも、お寿司で野菜を食べる意味が分からん。"京都市内のお寿司やさんは海から遠いから、新鮮じゃない!"みたいなグルメな理由かと思っていたけど、海の側でも食べるのか。


「…うっさいな。ちょっぴり辛いのと…色が好きなんや。綺麗やろ」

 少し頬を赤らめて、素っ気なく言う。眉毛を整え、髭を剃ったハルの横顔はさっぱりしていた。


「それに、最近は輸送が発達してるから、内陸の寿司屋もちゃんと新鮮やで」

「そうなん!?」

「当たり前やろ!

 ちょっと海から離れただけで鮮度が落ちるって、何十年前の話してんねん」


 何十年…うぅ。言われてみれば、確かにその通りで…恥ずかしい。照れ隠しにジョッキをぐっと呷った。嫌なことはアルコールで忘れるに限る。


「あっ!!!アキ!お前、いつの間にビール頼んだん!?

 くそっ、運転で飲めへん俺の前で、これ見よがしに生ビールなんて、飲みやがって!!!

 帰り道は運転してやらんからな!」


 …何だかんだと言ってるうちに、店内のお客さんが増えてきていた。…そろそろ夕食の時間だからかな。

 窓の外ももう薄暗い。西の空が黄色く染まっている。藍色の空はいつもより綺麗に見えた。


 よぉーし、今夜は寝かさないぞぉ!

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