エリュシオン
愛野ニナ
第1話
果てしない暗闇の世界で、
君が私を見つけてくれた。
奇跡は救いようのない絶望の中でしか起こり得ないのだとしても、
私はまた自分を取り戻せるような気がしてる。
その視線はためらいもなく私をまっすぐに見つめていた。
とても不思議な感覚が、私の内に沸き起こる。
逃げ出したくなるくらいの息苦しさと、五感を貫き体じゅうを駆けめぐる熱さに、
私は戸惑い、呼吸さえ忘れている。
目にうつる景色は消えて、私の世界が瞬間止まった。
それを月並みな言葉で表現するならば、とても陳腐ではあるけれど、
そう、例えば、
天使に巡りあえたような。
君のいた世界と私のいた世界は今まで交わることもなく、互いを認識さえしていなかった。
今も君には私とは違う世界が見えているのかもしれない。一緒にいる時でさえも。
私が失ってしまった何か、
あるいは私にははじめから欠けていた何かを、
君は確かに宿していて、
それを思うと私は、
身を刻まれるように切なくなるのだった。
誰だって子供の頃は、つまらない大人になんてなりたくないと思っている。汚い大人には絶対なりたくないと幼稚なことも言う。
でも私は早く大人になりたかった。
自分をとりまく環境のすべてから一刻も早く抜け出したくて、
そのためなら自分が汚れることも厭わなかった。
大人になる過程で私はある種のしたたかさを身につけた。
利用できるものは何であれ利用して、時に狡猾に立ち回りながら、
気がつけば私は、そんなありふれたつまらない大人のひとりになっていた。
それをいまさら悔いてなどいない。
そうしなければ私は今まで生きてはこれなかったから。
世界は綺麗事だけで成り立っているわけではない。
たぶん君だって同じ、
これまで幾度かの闇を通り、いくつかの傷を抱えてもきただろう。
それなのにまるで奇跡のように、
その魂は汚れなく美しかった。
信じてはもらえないと思うけどと前置きをして、
私には人の思念が見えてしまうと、君に打ち明けたことがある。
世界を憎悪しながら生きてきた私は、自分にしか興味のない人間で、その自分自身でさえもまた憎悪の対象でしかなく、
誰にも愛されないことを言い訳に、誰も愛そうとはしなかった。
だからとても君に想ってもらえるような人間なんかではなくて、
私のこの薄汚れた魂さえ、
君は見透かしているかもしれないというのに、
こんな私のことを信じると君は無邪気に頷いたのだった。
私の中に、愛しさが満ちていく。
はじめて誰かを守りたいと思った。
醜悪なこの世界の、ありとあらゆる穢れから、
私が君のこと守ってみせる。
この時ひそかに誓った気持ちを忘れることはないと思う。
例え私が死んでも消えないようにと、この想いの記憶は魂に強く刻みつけたから。
私達の出会った世界が救い難いディストピアだとしても、
君だけは違う世界を見ている。
新しい時代の先にあるもの、
私はそれを一緒に見たいと願っている。
そして君は気づいてもいないだろう。
本当は私などいなくても、君は誰にも汚されたりなんかしない。
私の天使。
君を汚してもいいのはこの私だけだから。
エリュシオン 愛野ニナ @nina_laurant
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます