第3話 日帰り温泉
水族館を出て、近くのファミレスで夕食を取り終えた時、俺たち二人は広い大通りを歩いて駅まで向かっていた。ランリンの持つ大きな紙袋からはサメの頭が少し飛び出していて、俺はほんのちょっぴり、こいつと一緒に歩くのを恥ずかしく思ってしまった。他者の視線を妙に気にしてしまうのは、俺自身の悪い癖だ。
「温泉! 次は温泉行こうよ!」
「え、温泉? 今から温泉地行くのキツくないか?」
「それが、実は都内にも温泉あるんだよね」
言われてみると、何か聞いたことある気がする。こいつは上機嫌なうきうき顔をして、つぶらな瞳でこちらを見つめてきた。この笑顔は、あまりにも眩しすぎる。
「分かったよ」
久しぶりの日本で、こいつはきっとはしゃいでいるんだろう。帰りは大分遅くなってしまうが仕方ない。俺はランリンと一緒に電車に乗り、彼に導かれるまま日帰り温泉へと足を運んだ。
最寄り駅からそう遠くない場所に立っていたその天然温泉は、こじんまりとしているものの、なかなか雰囲気は良さそうだった。風情では鬼怒川や草津には当然劣るけれども、都内にぽつんと立っている温泉というのも、なかなか悪くない。ちなみにここでも、ランリンが俺の分まで支払ってくれた。
……そんな俺の情緒は、脱衣室で大いに乱されることとなる。
「今度は信康と鬼怒川行きたいなぁ」
ランリンは衣服を脱いで、白い素肌を露わにした。その裸体を見た俺は、思わず息を呑んでしまった。
雪のように真っ白な肌をしたランリンの体は、確かに男のものだった。胸板は薄く、腕も細い所は昔のランリンと変わらないけれど、昔より鍛えられているのか、少しばかり筋張った筋肉質な体に変わっている。
それでも……何だか俺にとって、こいつの裸は見ちゃいけないもののように見えてしまった。
「信康大丈夫? 風呂入る前から顔赤いけど」
「えっ、ああ、俺のことは気にすんなよ!」
……この時の俺の反応は、どう見ても怪しさ満点だった。動揺を悟られちゃいけない、と思っていると、ますます挙動不審になってしまう。どうしたらいいんだろうか……ちなみに、ランリンの男子のソレは俺より大きめだった。ちくしょう。
浴場に入ると、もわっとした湯気が全身を包んだ。こじんまりとした外観に反して、中は意外と広い。その上露天風呂まであるようだ。
周りの男たちが、ちらちらとランリンの方を見ている。ぶしつけな視線をぶつけるなよ、と、俺はランリンの傍について盾になるような位置を取って男どもを威嚇したが、当のランリンは何も気にしていないようだ。思えば、他人がランリンをじろじろ見ている、というのも、俺の被害妄想なんじゃないのか。いや、自分のことでないのに被害妄想というのもおかしいが。
体を洗い終えると、俺たち二人は露天風呂に入った。外気は身震いするほど冷えていて、俺もランリンもさっさと湯船に浸かった。俺は何だか気分がそわそわして落ち着かず、どうもゆったり浸かれない。それとは対照的に、ランリンは「はぁ~」と気持ちよさそうに息を吐いて、心行くまで湯を楽しんでいるようだった。
温泉を後にした時、すでにもう時刻は九時を回っていた。ここから真っすぐ家に戻ったら、多分家に着くのは十一時ぐらいになるだろう。そんなことを考えていると、ランリンが提案を持ちかけてきた。
「もう遅いし、うちに泊まっていかない? うちなら三十分ぐらいで着くし」
「えっ、大丈夫なのか?」
「平気だよ。そちらが良ければ」
ずっと友達付き合いしてきたとはいえ、ランリンは特別な立ち位置の人間だ。俺のような一般ピープルが、そのような人物の住まいで一泊など大丈夫なのだろうか。そう思ったが、結局それ以上俺の口から異を唱える言葉は出てこなかった。やっぱり、ランリンの提案というのはどうも断りづらい。昔から。
結局、日帰り旅行のはずが一泊することとなった俺は、彼の住まいへと向かった。最寄り駅は都内の一等地だ。駅を降りると、急にぽつぽつと雨が降り出してきて、それはすぐに強い雨となった。
「やっべ、傘持ってきてなかった!」
「走ろう! ついてきて!」
走り出したランリンの後ろを、俺もついていった。会っていなかったうちにランリンの足は速くなっていて、受験勉強と春休みですっかり
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