第2話 美人♂とサメ
衝撃の再会から、二日後のことであった。ランリンとまた遊びに行きたかったが、彼もまだ引っ越して間もないだろうから、腰を落ち着けるまで待つつもりだった。
そうしたら、彼の方から誘いをかけてきた。
「信康。今から水族館行かない?」
「水族館? 今から?」
突然スマホのメッセージアプリに送られてきたランリンの提案に、俺は驚きつつも何だか懐かしい気分になった。彼は基本いいやつなのだが、突拍子もないことを言い出して俺を振り回すことがよくあったからだ。ああ。いつものだ……
……しかし、今から行っても回れなくはないが、営業時間的にはギリギリではないだろうか。こんなことなら、もっと早く言ってほしかった……といっても、ランリンにそんな常識は通用しない。
とはいえ、彼の誘いを断るのも、何だかしのびない。昔から、俺は彼の誘いを断ったことがほとんどなかった。彼の境遇を知る者として、「かわいそう」という哀れみを抱いてしまったのが原因なのか、それとも別の何かがあるのか……とにかく、彼の誘いは何だか断りづらいのだ。
結局、俺は最低限の荷物を持って電車に乗り、合流場所の駅に向かった。昼間はまだ暖かかったけれど、夕刻が近づくごとに寒くなってきて、冬用のダウンジャケットを着てよかった、と心底感じた。
駅のホームでは、ウキウキ顔のランリンが待ち構えていた。彼もまた緑のダウンジャケットを着ていたが、こういう体のラインが出ない服装だと、より一層美少女めいて見える。
「さぁ、行こう!」
「本当に今から行くのか?」
「そりゃもう、当然さ」
こんな強引な友に付き合う自分も自分だ、と、心の中で密かに自分のことを呆れ混じりに笑った。
「日本の電車、懐かしいなぁ。綺麗だけどちょっと人が多いかな」
「ランリン、確か高校は電車通学だったっけ。朝はこれよりずっと混むぞ」
「それはつらいなぁ……」
席は埋まっていて座れなかったものの、まだ帰宅ラッシュ前ということで、車内はそれほど混んでいない。それでもランリンの目には、「人が多い」と映るようだ。こういう所に、文化の違いというものを感じる。
文化の違い……といえば、彼が十五にして妻子ある身になったのも、かの部族の風習なのだろうか。そのことを尋ねたかったが、電車内でそんな話はできなかった。
そんなこんなで、俺たちは水族館にやってきた。受付で財布を出そうとすると、「付き合わせたのはボクだから」といって、ランリンが二人分のチケットを券売機で買ってきた。
そうして俺たち二人は中に入った。平日とはいえ春休み中だし、中は混んでいるかも知れない……と思ったが、時間が遅すぎて人の姿はまばらだった。
「あっ、見て見て信康! シロワニ!」
「えっワニ?」
この水族館にはワニなんているのか。そう思ってランリンの指さす方を見たら、その先にあったのはコワモテのサメが悠々と泳ぐ水槽だった。
「サメじゃんか」
「信康は魚に詳しくないんだなぁ。このサメは日本語の名前でシロワニって言うんだよ。古い日本語ではサメのことワニって言うんだよね」
まさか外国出身者に日本語のことを教わる羽目になるとは思わなかった。とはいえ幼少期から日本で過ごしてきた彼の日本語には年季が入っていて、ネイティブスピーカーそのものだ。そのアジアンビューティーな見た目も相まって、初見ではほぼ日本人としか思われないだろう。
「シロワニかっこいいなぁ……こんな見た目で意外とおとなしい方っていうからちょっと意外だよね」
恍惚とした表情でサメ水槽を眺めるランリンを見ていて、そういえばこいつは生き物とか好きだったな……と、小学生時代のことをあれこれと思い出した。二人でザリガニ釣りをしていたらランリンが指を挟まれたこととか、俺のカブトムシとランリンの飼っていた外国産の大きなクワガタで昆虫相撲をしたら一瞬で俺のカブトムシが放り投げられたこととか……在りし日の思い出が雷電のように蘇ってくると、一緒にバカなことばかりやっていた相手が突然家庭を持っていた事実との強烈なギャップを感じてしまった。
営業時間終了間際まで水族館を堪能した後、俺たち二人は売店に入った。時間のせいか、他の客の姿はない。
「これもいいな。これも可愛い。買っちゃおう」
ランリンはサメのぬいぐるみをあれこれ手にとり、次々と買い物かごに入れていった。
「そんなにサメのぬいぐるみ買うのか?」
「ユエのお土産にいいと思って。ぬいぐるみとかそういうの欲しがる年頃だから」
ユエというのは、ランリンの息子の名前だ。サメぬいぐるみは息子への土産にするそうだが、それならこんなにたくさんは必要ない。きっと自分の分も含まれているのだろう。
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