第4話 魔の手

どれだけ車を走らせただろうか。

いや、正確にはまっすぐ研究所に向かったから、20分もかかっていないはずだ。だがその2倍にも3倍にも感じられた。


「ハァ…ハァ…いなくなった、のか?」


恐怖と焦燥で気付かなかったが、後部座席から銃を向けてきた何者かは姿を消していた。窓が開いているが、飛び降りたのだろうか?


「結構飛ばしてたけど…。いや、まずはリセさんたちに報告しないと。」


走って研究室に向かったが、リセたちの姿はそこにはなかった。

宿泊施設の方か?と思ったが、足がそちらに向くより先に、一枚の書置きが目に入った。


―レン君へ

私たちは南側にある森へ向かいます。

可能ならばそちらで落ち合いましょう。

リセ


「南の森…」


ジャパリパーク本島の南側にあるこの島は、本島に面する北側に港が設けられており、そこから居住区やこの研究施設を挟んで、南半分は森におおわれている。

―南半分、というのは比喩表現や相対的な見方などではなく、むしろ、港や施設など以外はすべて森林地帯で、『南側の森』と言われても、広大すぎてもはや意味合い的には「ちょっとその辺」と大して変わらなかった。


「さすがに探しに行くのは得策じゃなさそうだな…。電話は…さすがに無理か。それなら…」


さすがに離島ともなると、民営回線の携帯端末は圏外だった。だが、ジャパリパーク内であれば、独自のネットワークで通信が可能だ。それが…


「…ドウキショリカンリョウ。ラッキービースト、キドウシマス。」


この、ラッキービーストである。ラッキービーストはジャパリパーク内に多数存在し、そのすべてがネットワークを構築している。本来は客のガイドやアニマルガールの管理に使用されているが、スタッフ権限を使用すればそのネットワークを通じてデータのやり取りをすることも可能である。


レンは先ほどの貨物船の写真と、研究室にとどまるという旨のメッセージをリセとアイカあてに送信した。


「とりあえず、今自分にできることはこれくらいか。」


ここまで済ませて、ふと我に返る。

先ほどまで銃を向けられ、必死で車を走らせたていたというのに、すでにすっかり落ち着いている自分に驚いた。必死だったが故なのか…。


「車…」


自身への驚きを抑えながら椅子に腰かけようとしたところで、すべきことを思いつく。


「そうだ、落ち着く前に車の中を調べないと。」


毛髪か何か、脅迫してきた人物の手掛かりになるようなものが残っているかもしれない。レンは急いで車へと戻った。


―その様子を見ていた人影にも気づかずに。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「念のため、果物があったら取って帰りましょう。名目上は果物の調査なんだから。」


「そうね。」


リセたちは既に森の中心近くまで進んでいた。


「ねえ、そろそろ食事にしない?もういい時間だと思うのだけど。」


アイカに催促され思わず空を見上げると、太陽はもう真上にあった。ちょうど昼頃なのだろう。空腹度合いもいい頃合いだった。


「じゃあお昼にしましょうか。」




レンに手渡したものと同じパンで昼食を済ませ、食後のコーヒーを入れて一息ついていた。


「ねぇ、アイカ、気づいてる?」


「何か気になることでも?」


「何って…ここまで結構な時間歩いていたけど、1度も人にもアニマルガールにも会っていないの。」


「そのことね…」


この数時間、本当に誰ともすれ違っていない。エリアとして開放する予定で開発されていたはずだが、アニマルガールどころか野生動物すらも確認することはできなかった。


「搬入している物資もどこに使われているかわからないし、怪しさはあるけれど何も情報がないわね。」


「とりあえず、もう少し探しましょうか。」


何かありそうで何も見つけられない状態が一番歯がゆい。何もないなら怪しさも最初からなければいいのに。


後片付けを済ませ、さらに奥へと歩みを進める。

10分ほど森の中を進むと、何も見つからないのではという不安を払うように、それまでとは全く違う景色が広がる場所に出る。


「これは…」


崩れかけの土壁の家、それも1つ2つではない。集落のようだった。

さらに、それだけではない。


アニマルガールが1人、道の真ん中にぽつりと立っていた。


「あれ?また会ったね。」


それも、私たちも知っている顔だった。



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