第3話 搦め手

プルルルルル…


プルルルルル…


宿泊施設の一室。日の出を迎えたばかりではあったが、目覚ましのようにコール音が鳴り響いている。


「うん…なに?モーニングコールは頼んでないのに…。」


ぼやけた視界で頑張って受話器を取る。


「はい、どちら様ですか?」


「シンヤですが、リセさんですか?朝早くに申し訳ないのですが、1つお願いしたいことがありまして…。」




「…というわけだから、レン君、よろしくね?」


「こっちの桟橋の方に移動させればいいんですね?承知しました!」


シンヤからのお願い、それは大したことはなく、大型の貨物船が入るからボートを移動させてほしいというものだった。思えば、停めやすいからと港に停めてそのままではあった。


「それと…ついでにこれも。」


小さな紙袋を2つ手渡す。レンが袋を開けると、片方にはクロワッサンが2つ、もう一方にはコーヒーカップが固定用の台紙と共に入っていた。


「これは…お気遣いありがとうございます!」


「気遣いというか…まぁ、よろしくね?」


「?」


リセが口籠っていたので疑問は感じたが、貨物船の到着も迫っているのでクロワッサンを1つ咥えて外へ出た。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



20分ほど車を走らせ、ようやく港へたどり着いた。慣れない土地というのは、やはりどうも時間がかかる。

待っていたシンヤの誘導に従って小屋の陰に車を停めた。


「すみません、朝早くに。予定より早い到着になると輸送船の方から連絡があったもので。」


「いえいえ、こちらも何も考えずに泊めてしまっていたので。すぐ動かしますね。」


と話しているのは数秒の間だったが、シンヤと視線が合わなかった。運転席の窓から自分を挟んだその先…


「…この紙袋がどうかしましたか?」


「ああ、いえ。車の中は片づけていたつもりでしたので。」


「でしたら大丈夫ですよ。これはリセさんからいただいたものなんで。そうだ、シンヤさんは朝食食べました?よかったらどうぞ。クロワッサンです。」


「これは…ありがとうございます。」




ボートを桟橋に移動させ、車の方へ戻るとすでにシンヤの姿はなかった。せっかくだから海を眺めながらコーヒーでも飲もうか。もうぬるくなってしまっているだろうが…。


コーヒーを取り出そうとすると、カップを固定していた台紙の方にも重みを感じる。


「なんだこれ。」


カップを取り外すと、中には小型のデジカメとメモが入っていた。


「『可能であればこの島に来る船の船名など特定できるものを撮影して』…なるほど。なかなか危ないことしますね、二人とも…。」


それなら最初から言っておいてくれればいいのにと軽く肩を落とす。


「まあ、散歩がてら行ってみますか。」


コーヒーを片手に車を後にする。

それから少しして、貨物船が港に入っていくのが見えた。


「あれか…。」


すかさずその姿や船名などを撮影する。リセに届いたメールから推測できるように、船にはジャパリパークの所属であることを示す―ひらがなの「の」を模したような―マークが描かれている。


「わかってはいたけど、ちゃんとうちの船だ。…でもさすがに近づいて『何を運んでいるんですか』って聞くのは怪しすぎるかなあ。」


いくら自分が本土所属の研究員だとしても、中の荷物に興味があることを悟られるのは今の状況的には良くないだろう。まずはリセたちに報告するのが先だ。空になったカップを手に、車に戻ることにした。


運転席に着いてシートベルトを締めた直後、こめかみに何か硬いものが押し当てられる。


「なっ…!?」


言葉になる前に口を塞がれる。バックミラー越しに相手の姿が見えるかと思ったが、うまくシートの裏に隠れているようで確認することはできなかった。ただ、こめかみには銃が押し当てられていた。


「申し訳ないけど、質問に答えてくれれば撃ちはしない。YESなら右手、NOなら左手を挙げる。OK?」


突然のことでうまく理解できない。思考をめぐらす暇もなく、もう一度「OK?」と催促されたので、仕方なく右手を挙げた。


「よし。じゃあお前は…お前らはあの男の仲間か?」


あの男…今この質問をしてきているということは、おそらくシンヤのことだろう。静かに左手を挙げる。


「なら今すぐに車を出せ。港以外ならどこでもいい。」


銃をより強く押し付けられ、どうすることもできず、車を走らせた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ずいぶん時間がかかってるわね。」


すでにレンが出発してから1時間以上が経過していた。ついでの仕事を依頼したとはいえ、さすがに心配になってくる。


「伝言に気づいて何とかしようとしてくれているんじゃない?ほら、リセはこっちに集中して。まだこんなにあるんだから。」


アイカが資料の山をリセの前に置いていく。リセとアイカはジャパリパーク本島の貨物船の入出港履歴を洗い出していた。1年分とはいえ、研究目的の資材や単純な食料の運搬など、相当な量の往来がある。


「とりあえず本島の出港数と入港数は直近1か月を除いて同じ。そこは問題なさそうね。本島の情報は整理されているから、こういう時には助かるわ。」


「でも、あのメールに書いてあったみたいに、この島に向けてサンドスターの輸送が多いわね。」


「それと、食料品も…。でも、この島ってシンヤさん以外にスタッフいるの?仮にいたとして、人手不足だーって嘆くくらいの人数でこの量はさすがに多いわね。」


「…怪しさはある。あるけど、それだけ。シンヤさんもかなり大柄だったし、『食べてます』って言われたらそれまでだもの。」


「サンドスターは?」


「それは…」


サンドスターは食べるわけにはいかない。使い道があるとすれば研究か、開発を進めているなんて話もあったくらいだ。言いずらいが…アニマルガールを増やしているのかもしれない。


アニマルガールを…


「…ねぇ、アイカ?」


「うん?」


「ちょっと散歩しない?」


椅子から立ち上がり、軽く伸びをしてアイカにそう投げかけた。

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