かくれんぼ

秋月カナリア

かくれんぼ

 先生の掛け声で、かくれんぼが始まった。

 最初に鬼になった子が目印の赤い帽子をかぶって、両手で目隠しをすると数をかぞえ始める。

 先生はみんなの顔を嬉しそうに見ていた。

 


 階段をのぼるにつれて、人のざわめきが小さくなった。


 この階段は山の斜面に沿って作られていた。両側は杉の木が並んでいてトンネルのように階段を覆っているから、いつも少し湿っている。昼間でも薄暗いのに、今は夜だからなおのこと暗かった。

 苔で滑らないように、慎重にのぼった。階段が急すぎて、滑り落ちたら途中で止まれないだろう。


 階段の先には神社の社殿と社務所がある。

 少しだけ土地が平になっているのだ。もしかしたら、神社を建てるために土地をならしたのかもしれない。

 一周するのに五分もかからないくらいの広さで、階段があるところをのぞけば、ここも杉の木でぐるりと囲まれている。

 階段をのぼりきると、社殿の前には大人が数人いた。普段は置いていない大きなライトが境内を照らしている。大人たちは僕に背を向けて話し込んでいるから、見つからないようにそっと社務所の裏にまわった。

 屋台が並んでいるのは階段の下だし、社殿で神事があるのは夕方だから、お祭りの日といえどこの時間にここまでのぼってくる人はあまりいないはずだ。


 この神社では年に二回、夏と秋にお祭りがある。

 秋祭りは神主さんたちが神事を行うだけで、僕はいつやっているのかもわからないけれど、夏祭りは屋台もたくさん集まるし、カラオケ大会なんかもあって、小さい神社のわりには人が大勢集まる。

 最後にある花火は、神社のすぐ横の敷地から打ち上げる。

 みんなの真上で破裂して、火の粉がばんばん落ちてくるから、いつか火事になるんじゃないかって心配になるけど、なんだか外国のお祭りみたいで好きだ。


 その夏祭りで、小学生の子供はかくれんぼをしなければならない「ならわし」があった。

 「ならわし」なんて大袈裟によんでいるけれど、ここ十年くらいでできた行事だ。


 十年前の夏祭りの日、この神社で母子が行方不明になった。

 子供は友達とかくれんぼをしていたときだった。もう遅い時間だし、かくれんぼを終わりにしようとみんなが集まったけれど、その子だけが現れない。呼びかけにも応えない。だから、みんなでその子供を探した。

 子供が見当たらなくなったことを母親に伝えようとして、母親もいなくなっていることに気がついた。

 結局見つからないまま、子供たちは夏祭りから帰っていった。

 大人たちもそこまで深刻には考えていなかった。

 二人揃っていなくなったことから、自らの意思で行方をくらませたのだろうと思われたからだ。

 数日経って一緒に住む家族から失踪届けが出されたため事件になった。

 二人は浴衣姿で、小銭入れだけ持ってお祭りに出かけていたらしく、家にはお財布も携帯電話も残っていたのだ。

 地域の住民が集まって山狩りまでされたけれど、結局二人は見つからなかった。

 現代の神隠しだと新聞にまで載ったらしい。

 僕はまだ小さかったから、その事件については覚えていない。だから知っていることは全部聞いた話だ。


 それから毎年、夏祭りになるとお祭りに来ている小学生たちがかくれんぼをすることになった。

 いなくなった子供はきっと今もこの神社のどこかに隠れていて、見つけられるのを待っているかもしれないから。

 そういったホラーな理由で始まったようなのだ。

 夜の七時から九時までの二時間。鬼を決めて、隠れて、見つかって、見つかった人が鬼になって、を繰り返す。

 小さい頃は、夜遅くまで境内で遊べることが、特別な感じがして大好きだったけれど、六年生にもなると、ただただ、かくれんぼをし続けるのにも飽きてくる。

 だから今年、僕は最初だけ参加して、あとの時間は見つかりにくい場所にずっと隠れていることにした。僕が鬼の番になったタイミングで。

 ゆるいルールのかくれんぼなのだ。

 かくれている合間に型抜きや射的だってするし、先生に言えば途中で帰っても良い。

 鬼になった僕が誰も探さずに隠れていても、きっとみんな気づかないだろう。

 先生も今頃は大人に囲まれてお酒を飲んで、ゆったりしているに違いない。

 先生は小学校の教師で神社の近くに住んでいる。今は僕たちの学校の先生ではなくなっているけど、毎年律儀にかくれんぼの監督をしてくれていた。

 先生がかくれんぼの最初と最後に人数の確認をしてくれるから、九時になる前に、こっそり下に戻れば良い。

 かくれんぼで使っても良いのは神社の敷地内。ここも立派な敷地内だ。

 ただ、まあ、裏山の地盤が緩んでいるから、社殿の方にはのぼらないこと、とは言われている。だからここで他の子に鉢合わせすることもないだろう。

 

 社務所の裏にまわると、切り倒された木が並べて置いてあったのでそこに座って、持ってきた溶けかけのかき氷を食べた。

 土砂崩れで木が流れていかないように、何本か切り倒したと聞いていたので、きっとその木だろう。

 学校では木があるから土砂崩れが起きにくいと習ったから、切り倒しているのが不思議だった。



「きみもここに隠れてるの?」


 かき氷も食べ終わり、少し手持ち無沙汰になりかけていたときだった。

 顔を見てあげると、見慣れない男の子がこっちに歩いてきていた。

 手足がほっそりしていて、夏なのにみょうに肌が白い。腕には不釣り合いなほど大きな腕時計をしている。

 見たことがある。きっとGショックだ。

「ああ、きみも?」

 僕が鬼であるとことは言わなかった。目印の赤い帽子も小さく畳んでポケットにしまってある。

 男の子はホッとしたように笑って隣に腰掛けた。

「見かけない顔だけど、どこ小?」

 うちの小学校は、スポーツ少年団の練習場所になっていて、放課後になると別の小学校からも生徒が集まっていたから、この子もそうなんだと思った。

 きっとうちの小学校の誰かに誘われたのだろう。

 かくれんぼは小学生なら、誰でも自由に参加できた。

 だけど男の子は少し困ったように笑って、「東京の学校なんだ。夏休みだから、お母さんのとこに遊びにきてて」と言った。

 おばあちゃんの家じゃなくて、お母さんの家だと言ったから、きっと何か複雑な家なんだろうとわかった。だから僕も「そうなんだ」と軽くかえした。

 その男の子はシュンと名乗った。


「変だろ、夜にかくれんぼするなんて。しかも二時間」

「そう? 僕は結構わくわくしたけど」

「同年代で二時間なら良いんだけどさ、小さい奴らもいるから」

「ああ、面倒も見なきゃいけないからね」

「一人じゃ隠れられない奴もいるし。一緒に隠れると、見つかりやすいだろう? 二人で見つかっても鬼になるのは絶対に俺だし」

 それからは、お互いの学校の話とか、好きなゲームの話をしていた。

 Gショックも見せてもらった。けっこう昔のモデルらしいけれど、きちんと手入れされているのか古いようには見えなかった。


「今何時?」

 花火が始まる前には下に降りたかった。

 シュンは腕時計を見る。

「八時半だよ」

「ならまだちょっと時間あるか」

「ねえ、かくれんぼをする理由って知ってる?」

 シュンがまるで内緒話をするみたいにして聞いてきた。

「知らない」と僕も思わず小声でかえす。

 いなくなった子供を探すためなんて、到底信じられない。

「僕がおばあちゃんに聞いた話だと…」

「うん」

「十年くらい前にこの神社で神隠しがあったんだって」

「ああ、知ってる母親と子供が行方不明になった事件」

「そう。二人がお祭りに来てたのは、みんなが目撃してたんだけど、その夜お家には帰らなかった」

「それで?」

「実はそのお祭りの日、消えた子供は友達とかくれんぼしてた。だから、まだその子はどこかに隠れていて、見つけられるのを待ってるかもしれない。何年も何年もずっと一人で。その子を見つけるために、毎年こうやって夏祭りにかくれんぼをしてるんだって」

「…なーんだ」

 正直、僕はとてもがっかりした。

「知ってた?」

「うん。信じてないけど」

「そのとき一緒にかくれんぼしていた子供たちが、次の年からかくれんぼすることを決めたんだって。当人たちに聞いてみたら良いよ」

 その子供たちは、今ならもう高校生くらいだろうか。

「まあ、その母親が、どうやら誰か結婚している人と付き合ってたとかで、みんなにバレないうちに子供を連れて逃げたんだろうって言われてるけど…」

「え? そうなの? それは初耳」

 大人たちは知っているんだろうか。

 僕が俄然興味を持った態度をとったのを見て、シュンは笑ったけれど、すぐに声を落とした。

「でもね、僕は、二人がもう死んでると思うんだ」

「なんで?」

「ここってさ、誰からも見られない場所だよね?」

「まあ」

 現に僕たち二人は誰にもバレずにここに隠れている。

「こっそり会うのにぴったりだと思うんだ」

「うーん、そうかな?」

「あの日、母親はここでその不倫相手と会ってたんじゃないかな」

 シュンがはっきり不倫相手と言ったから、僕はどきっとしてしまった。でも、バレないように「それで?」と先を促す。

「それで、口論の末、母親は相手に殺されてしまう。死体はその辺の藪の中に隠して、後から埋めれば良い」

 僕はゆっくりと周囲を見回す。

 臨時で置いてあるライトの光が届く場所は真昼のように明るいけれど、僕らが座っている社務所の裏側は薄暗いし、周囲を囲んでいる森の中は真っ暗で何も見えない。

「でも、その現場を子供が見てたんだ。かくれんぼの途中の」

「そしてその子供も殺された、と」

「そう。どう? 僕の推理」

「どうって…」

 可能性としてあり得なくはないけれど、真相はそれしかないとは言えない話だった。

 ただ、面白いとは思った。そうだ、こういうのを不謹慎と言うんだっけ。

 シュンはニコニコ笑ってこちらを見ている。物騒なことを話している顔ではない。


 なぜシュンはそんな推理したのだろうか。

 いつもは東京の学校に通っていると言っていた。夏休みだから母親のところに来ていると。

 誰からこの話を聞いて、それで思いついた?


「なあ、もしかして、その推理のもとになっている情報とか、ほかにあるんじゃないの?」

 消えた母親が不倫していたという話を知っていたくらいだから、他にも何か情報を掴んでいるのかもしれない。

「ねぇ、なんで学校の先生がかくれんぼの手伝いをしてるの? 個人的に、一人で」

「なんでって、先生もこの近くに住んでるからだよ」

「ずっと前から?」

「たぶん」

「違う学校に移動になってるのに?」

 たしかに今、先生は僕の学校の先生じゃない。

 前はそうだったけど、何年か前に移動になった。

 新しい学校は車で行ける距離だからと、引っ越しはしなかったらしい。

 奥さんと子供は、奥さんの仕事の都合で一緒には住んでいないから、先生は同じ家に一人で暮らしている。

「それって…」

 シュンは笑顔のまま、人差し指を口元にあてた。

 階段の下から、もうすぐ花火が始まるという声が拡声器を通して聞こえた。

 階段の上にいた大人たちも階段を降り始めたようだ。

 この場所は木に囲まれているから、花火が見えにくいのだ。


「俺たちもそろそろ下に降りようか」

 僕が立ち上がると、シュンは「そうだね」と言いながら、どこにしまっていたのか懐中電灯を取り出すと、灯をつけて階段のほうの木に向かってぐるぐると回した。

「何してんの?」

「待ち合わせの合図だよ」

 もっと早くに下におりるはずだったのに、もうかくれんぼは終わる時間だ。

 そんなに長く話しているつもりはなかったから、シュンが時計を読み間違えたのだろう。

 こんな時間になってもいない僕らを、きっと先生が探しているはずだ。

「合図ってなに? 誰に送ったの? もう花火の時間だから、誰もこっちの方角なんか見てないよ」

「いや、見てるよ。だってこの場所は死体を隠した場所なんだから。ずっと気にしてるはず」

 僕らは社務所の裏から出てくると、階段の前で立ち止まる。

「しかも最近になって木を伐採し始めたりするから、気が気じゃないよ」とシュンは言った。


 ひゅーという音が聞こえ、真上で花火が破裂した。

 耳を塞ぎたくなるような音なのに、見上げても木の枝が邪魔をして火花は見えない。

「おりよう」

 僕はシュンの腕を引っ張ろうと手を伸ばすと、逆にシュンがその手を取った。

「これ持ってて」

 シュンが渡してきたのはGショックだった。

「え? なんで?」

「いいから。先に下におりてて」

 そう言って、軽く押される。僕は二、三歩

よろめいた。


「おい、ここで何してるんだ」

 振り返ると先生が立っていた。あの光に気づいたんだ。

 肩で息をしている。急いで階段を登ってきたのだろう。

 僕は咄嗟にシュンのほうを見る。シュンは「ほらね」と、声は聞こえないけれどそう言っているようだった。

 先生は僕のほうに歩いてきて、そこで奥にシュンがいることに気づいた。

「おまえ」

 そう聞こえた。

 シュンは笑って先生を見ている。

 僕はシュンが心配で、その場に残っていたかったけれど、先生が僕の耳元で「下に降りていなさい」と叫んだから、仕方なく一人で先に階段を降りた。


 先生とシュンを見たのは、それが最後になった。

 先生が行方不明だとわかったのは、夏祭りの日から三日後のことだ。その日は小学校の登校日だったのに、先生は学校に来なかった。

 家にも実家にも奥さんの家にもいない。

 新聞が三日分ポストにたまっていたから、きっと夏祭りの日から、家には帰ってないのではないかという話だった。

 先生に最後に会ったのは、もしかしたら僕かもしれないと家族に話すと神社が捜索された。

 先生はいなかったけれど、木が伐採された場所のすぐ近くから、女性の白骨遺体が見つかった。

 地盤が緩んだおかげで、遺体の上に被さっていた土が流されたようなのだ。

 十年前に行方不明になった母親だった。

 もしかしたら子供の遺体も埋まっているのではないかと、周囲を広く掘り返したけれど、見つかったのは結局母親だけだった。

 あの夜のあと、僕はシュンがどこの家に来ていたのかを聞いてまわったけれど、シュンのことを知っている人間はいなかった。


 シュンは、十年前にいなくなった子供だったのだろうか。

 母親を殺した不倫相手は先生で、その復讐のために化けて出てきたのだろうか。

 でも、あの夜に貰ったGショックを、僕はまだ持っている。

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