第13話 ~ 自ら選んで進む未来 (4)~

 『ご連絡遅れて、ごめんさない。急ですが、明日会えますか?』


と、だけ書いてあった。

 嬉しさと戸惑いが一瞬にして同時に来た。何だろう、会えますかって、全く想像がつかない。彼女の自分に対する完全なる否定的内容でなければ、今の心境だと、彼女から届くすべてのメッセージは肯定的に良い方向に捉えてしまう。恋は盲目だからなのだろうか。だが、何処か不安に思う影も一緒に付きまとう。


 “でも、会うわけだから、悪い話じゃないよな・・・。彼女が自分を受け入れられないというのなら、わざわざ会わずにメッセージで、その旨伝えればいい。だから、自分の気持ちに応えてくれるということだろうか”そう思うと、今すぐにでも彼女に会って話を聞きたかった。


 『大丈夫です、何時に何処とか、指定があれば伺います』


 今度は直ぐに既読がついた。そして、すぐさま返事が返ってくる。


 『では、明日の午後3時とか、大丈夫ですか? 場所は、以前最後にお会いしたカフェで』


 『わかりました。伺います』


 そう返信すると、明日、彼女に会えると思う嬉しさと、何かしら分からない不安で心は揺れていた。最悪なことも想定してしまう。まさか、彼氏さんの登場で“オレの彼女に何してんだ!”とか、それはないよな。そんな修羅場はごめんだ。

 そんなことを考えていたら、時間と共にその不安が増してくるのと同時に、何となく明日会うのが億劫になってきた。嬉しさよりも、不安が大きく膨らみ過ぎて逃げ出したい気持ちで一杯になっていた。



 翌日、指定された時間よりも少し早くカフェに着いた。

 コーヒーを飲みながら眺めていた空は高く、午後の薄く伸びた浅い陽射しに照らされた何もかもが、淡い黄金色に染まりつつあった。

 彼女との会話がどういうものなのか、良い方向にも悪い方向へも想定し、その時々で何を言おうか考え張り巡らせていた。そんなことを考えていると、彼女がやってきた。


 彼女は笑顔で「待たせちゃいましたか?」と言いながら席に座った。

そんな想像もしなかった彼女の表情と雰囲気に少し戸惑って「そんなことないよ」と 何も考えずに返答をした。

 そして、席に座ると同時に彼女が話し始めた。

 「メッセージをくれたあの前には、もう彼とは別れようと思っていて。それで、 彼、付き合っている彼ね、彼と既に距離を置いていたの。でも、正式に別れたとかじゃなかったから、なんか中途半端だったかな」

 そう言うと、彼女は手元にあるラテのカップを引き寄せて一口飲んだ。

 「それで、今井さんからのメッセージ、あの“付き合ってくださいって”ってメッセージを貰ってから、彼とちゃんと話合って別れないと、って思ったの。それよりも前から、別れたいって気持ちが強くなっていたところもあって困惑していたというか・・・・」

 彼女がうつむいて自分の手元で指をもてあそぶ。

 「その、彼とあなたの件は、全く別と考えていたんだけど、気持ちが彼から離れてしまったのは、結局あなたの存在が私の中で大きくなって、それで私、何だか彼に悪いと思っていたところもあって」

 「そっか」と相槌を打つ。

 「それで、私、知っていたの。今井さんと会っている時、今井さんが、どれだけ私のことを大切に思ってくれているかって。それなのに、私、今井さんの、その想う気持ちに甘えてしまって、彼と別れてもいないのに、今井さんと一緒にいると居心地が良くて、現実逃避というか、彼とのことから逃げていて。それで、」

 「それで?」

 少しうつむいて話す彼女の話を、自分は黙って聞いていた。

 「でも、自分の気持ちに嘘はつけない。私は、あなたが好き」

 静かなトーンでそう話すと、彼女は顔を上げ真っすぐ自分を見つめた。

 「だから・・・」

 そう彼女が言いかけた時、彼女の瞳を真っすぐ見て真剣な表情で、

 「いいよ、もう。分かったから」と答えた。

 すると直ぐに、彼女は慌てるようにして次の言葉を言い放った。

 「待って! だから、私、彼と別れたの」


 数秒の沈黙が続いた。その間もお互いに目はそらさず、見つめ合ったままだった。

 

 「結衣、好きだよ。誰よりも結衣のこと大切に思っている。だから、自分が結衣のこと護るよ。これからもずっと、結衣のこと護りつづけたい」


 「うん」頷く彼女の瞳から涙があふれた。

 

 それから、自分と出会ってから彼女にあった、色々な出来事を一気に1時間くらい聞かされた。

 そんな彼女の話を聞いていて、一つだけとても嬉しいことがあった。

 彼女は、事務所で初めて自分と会った時、一目見たその時から自分のことが気になっていたらしい。だから、その気持ちとは裏腹に、素っ気ない態度をとってしまったということだった。

 「私の方が先に、好きになったんだよ」そう言って、彼女は茶目っ気たっぷりに笑った。




 未来に向かう道は、無数に沢山の選択がある。その中から、どの道を選ぶのかは自分次第だ。そこにただ留まり、選択することに躊躇していたら、可能性ある未来を狭めてしまう。

 人に与えられた時間には限りある。その限られた時間の中で、悔いのないように精一杯生きて行かなければ、時間の制限が迫った時に、自ら狭めてしまった未来に対し後悔することになるだろう。だから、これからも限りある可能性の未来に向かって選び続けて行かなければならない。

 人生は選択の結果なのだから。


 あの日、彼女と一緒に歩む道を選んだ自分は、新たな未来を築こうとしている。以前の自分とは違う。もう決して、彼女を迷わせ不安に思わせることは絶対にしない。


 「病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」

 隣には、ベールをかけた美しい花嫁が立っている。

 「はい、誓います」

 ベールアップをすると、あの日と同じ結衣の輝く瞳が真っすぐ自分を見つめ優しく微笑む。


 “美しく輝く君の微笑みを絶やさないよう、これからも自分は君を護りたい”

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