第4話 バイト先で
放課後になり教室を出てから、帰りはどうするか決めてなかったことに気づく。
私はバイトをしたかったので元から部活には入っていない。帰宅部だ。
(帰りも一緒に、は無理かもしれない)
せっかく二人の溝が減りつつあるのに、何だか寂しさを感じてしまう。でも杏奈には杏奈の生活があるわけで。
私は杏奈と帰ることを諦めて昇降口に向かう。鼻歌をうたいながら駐輪場へ歩いて行く。帰宅する生徒たちとすれ違いながら、自分の自転車のある所まで行くと、杏奈がぽつんと手持ち無沙汰そうに立っていた。こちらに背を向けているので私には気づいていない。
(私のこと、待っててくれた?)
体の芯からじわりじわりと喜びがにじみ出て来る。私は思わず駆けよって杏奈に飛びついた。
「うわっ!!」
「杏奈ちゃん!!」
「⋯⋯何すんの、急に!」
私だと分かると杏奈は戸惑った声を上げる。やはり驚かせてしまったようだ。
「ごめんね。杏奈ちゃん見たら嬉しくって」
「⋯⋯何それ。意味分かんない」
そう言いながらも、目元はどこか優しげに見える。
「杏奈ちゃんもこれから帰るところ? それとも誰か待ってた?」
「別に。待ってないけど」
「そっか。⋯⋯一緒に帰る?」
杏奈は黙って頷く。
「部活は大丈夫? 今日はお休み?」
「⋯⋯写真部は火曜と木曜は休みだから」
今日は火曜日だ。
「それなら一緒に帰れるね!」
私たちは今朝登校して来たように、二人で帰ることにした。
帰宅後、リビングで杏奈とテレビを見ていたらあっという間にバイトの時間が迫って来た。準備を終えて玄関に向かうと杏奈も付いて来た。お見送りしてくれるようだ。
「バイト、終わるのいつもの時間?」
杏奈は私の服の裾をちょいちょいと引っ張って、少し恥ずかしそうに目を逸しながらそんなことを聞く。
(か、可愛い⋯⋯)
あまりに杏奈の姿が可愛いものだから、何だか抱きしめたくなってしまった。
妹とはこんなにも可愛い存在だったとは。
「うん、いつもと同じ時間だよ」
「⋯⋯そう。⋯⋯いってらっしゃい。⋯⋯気を、つけてね」
杏奈は相変わらずそっぽを向いたままだけれど、初めて私に「いってらっしゃい」と言ってくれた。
「うん。バイト頑張るね。いってきます!」
私は心がほくほくしたまま家を出た。
バイト先の書店は相変わらず夕方になるとお客さんが多い。書籍のレジと違って文具のレジはそこまで混雑しないものだけど、手帳やカレンダーなど、この季節によく売れる商品を手にしたお客さんが数人並んでいた。
私はミスをしないように気をつけながら、なるべくテキパキと仕事をこなしていく。大柄のサラリーマンの男性客の会計を終えて、姿を表した列最後のお客さんは
「おっす。あのさ、大学ノート探してるんだけど、どこ?」
「大学ノートなら⋯」
「案内してくれない?」
私が最後まで言うのを遮るように早口で言われ、つい先日の杏奈を思い出しながら、私はカウンターの外に出た。
私たちは並んでノートのある棚まで移動する。
「いきなり悪いな。実は
「私に? そういえば綾美と一緒じゃないんだね」
「今日は一緒に来るわけには行かなかったからさ」
ノート売り場に来ても滝くんは何か探すでも選ぶでもなく、私の方を見ている。
「ねぇ滝くん。私に用があって来たんだよね?」
「用っていうか相談なんだけどさ、来月綾美の誕生日じゃん。それでプレゼントに悩んでてさ〜。一昨年は手袋、去年はマフラーあげたけど、もうネタが浮かばないんだよな。女子が好きそうなものってよく分かんないし。吉田なら綾美と仲いいし、何かアドバイスもらえないかと思って」
そういうことかと話を聞いて納得する。
「それならラインで連絡くれたらよかったのに」
「モールの中歩き回ってめぼしいもの探してたんだよ。でも決めきれなくて、吉田がここの本屋で働いてるの思い出したから来た」
「なるほどね〜。でもプレゼントって好きな人からもらったものならより特別だし、滝くんが一生懸命選んだものなら、綾美は喜んでくれると思うけどな」
「それは分かるんだけどさ、どうせなら綾美がもらって嬉しいものあげたいんだよな」
私は普段綾美が好んでいるもの、女の子なら誰でも喜んでくれそうなものをいくつか上げてみた。滝くんはすかさずスマホのメモ帳にそれを書き込んでいく。
ふと視線を感じて私は辺りを見回した。けれどあちこちにお客さんがいて、視線の主らしき人は誰か分からない。
(気のせい⋯⋯?)
「吉田、どうかしたか?」
「ううん。何でもないよ」
滝くんはモール内でまたプレゼントに良さそうなものを偵察して回ると言って去って行った。
(綾美にはあんなに想ってくれる彼氏がいていいな)
少しだけ羨ましい気持ちになる。
そういえば、私は彼氏を作るなんてさっぱり考えてなかった。年頃の女子高生としておかしいだろうか。
ここ最近は母の再婚や杏奈のことがあって恋愛どころではなかった。
(杏奈は今頃どうしてるかな)
早く帰って杏奈に会いたい。今の私は恋とかするよりも、杏奈との絆を深める方が大事なことのように思う。
帰りに杏奈の好きなものを買って帰ろうか。杏奈は玉子焼きが好きだから、新しく玉子料理のレパートリーを増やしたい。休日に一緒に遊びに行く提案をしたら、応えてくれるかな。バイト中はそんなことばかり考えてしまった。
終業時間になり書店を出る。ちょうど書店の目の前はロビーになっており、青と白のベンチソファが交互に置かれている。
その青いソファに杏奈がちょこんと座っていた。迎えに来てくれたのだろうか。
しかしよく見ると杏奈の目元が赤い。
「杏奈ちゃん!?」
私は思わず駆けよる。
「⋯⋯迎えに来た」
座ったまま仔猫のようなつぶらな瞳で私を見上げている。
「わざわざ来てくれたんだね。ありがとう。目赤いけどどうしたの?」
まるで泣いていたようにも見える。
私も横に腰掛けた。
「別に。ちょっと痒くてかいてただけ」
「そう? 泣いてない? 泣くようなことがあったとかじゃないよね?」
私は心配になって顔を覗き込んだ。
けれど杏奈はふいっと顔を背ける。距離が縮まってもあまり目を合わせてくれない。
きっと照れくさいのだと思う。そこが私にはとても可愛いのだけど。
「泣くなんてありえないから。⋯⋯変なこと言わないで」
つんつんしている時の杏奈らしい言葉。
「本当に? 本当に何にもなかった?」
「ないってば。しつこい。もう帰る!」
すっと立ちがった杏奈はエレベーターのある方へと足早に向かって行く。
「ごめんね。分かった。何もないならいいの」
私は杏奈の腕を捕まえて逃げないようにする。
「そうだ、杏奈ちゃん。一階のドーナツショップによって行かない? ドーナツ好きだよね。奢るよ」
「⋯⋯好き、だけど」
「お義父さんとお母さんの分も買って、夕飯後のデザートにしよう。ね?」
こくんと杏奈が頷いたので、私たちはエレベーターに乗り込んで、目的のお店へ足を運んだ。
ドーナツショップはそこそこ人で賑わっていた。私たちと同じ高校生の子も混じっている。
お店の棚に並ぶ様々なドーナツを眺めながら、どれにしようか悩む。漂う美味しそうな香りに食欲を刺激される。これは楽しい悩みだ。
「杏奈ちゃん、欲しいもの決まった?」
「これがいい」
私の手を引いて、苺のチョコレートソースがかかったドーナツを指す。私は手にしたトレーにトングで掴んで乗せた。
「他に食べたいものある? 杏奈ちゃんは特別に二個選んでいいよ」
「そっちは何選ぶの?」
「私? どうしようかな。これにしようかな」
私はフレンチクルーラーをトレーに乗せた。私がドーナツを買う時にいつも選んでいるやつだ。
「私もそれにする」
と杏奈が言うのでもう一つ乗せる。
同じものを杏奈が選んでくれるのが嬉しい。以前なら絶対なかったのに。自然と笑みがこぼれた。杏奈はそんな私を不思議そうに見ている。
後は両親の分を選んで会計を済ませると私たちは家路についた。
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