第3話 手が触れる距離で
最近母より私がお弁当を作ることが増えた。それは杏奈の要望によるもので、妹に頼まれたら断れるわけがない。
今日は母が仕事で早朝に家を出たので、食卓には杏奈と義父と私の三人だ。
杏奈は玉子焼きが乗った皿を手元に引きよせて黙々と食べている。
「おーい、杏奈。パパも玉子焼き食べたいんだけどなぁ」
義父は箸を玉子焼きに伸ばす。
「何で?」
杏奈はムッとした様子で皿を更に自分の方によせる。
「パパはきゅうりの漬物でも食べてればいいじゃん。漬物で充分でしょ」
取り付く島もない。
「はいはい、もうパパは玉子焼き諦めます」
義父は私と目が合うと苦笑いした。
杏奈は態度が特別変わることはなかったけれど、以前ほど私を冷たくあしらったりはしなくなった。どういう風の吹き回しなのか考えてもこれという答えは出ない。
ただ杏奈が好意的になってくれたせいか、私は以前より楽しく日々を送れていた。
結局、玉子焼きは杏奈が全て食べてしまった。
朝食を終えて身支度をしていると、すでに登校準備万端の杏奈が廊下から私の部屋を覗いている。
「杏奈ちゃん、もしかして私のこと待っててくれてる?」
「早くして」
「うん、ちょっと待って」
ブレザーの上着を羽織り、リュックを背負うと私は部屋を出た。
「遅い」
「ごめん、ごめん。じゃ、行こうか」
何となく揃って玄関を出ることはあったけど、杏奈ちゃんが明確に待ってるのは初めてだった。
(私たちの仲がちゃんと進展してる⋯!)
妙な感動を覚えつつ、エレベーターへと乗り込んだ。ボタンを押していると、杏奈がぴったりと身をよせて来る。腕と腕が触れ合う。
(進展してるけど、急展開すぎる⋯⋯)
何だかやたら緊張してドキドキしてしまう。うっかり杏奈の機嫌を損ねるようなことをしてしまったら、また元の関係に戻ってしまう。それどころか悪化するかもしれない。
(壊れないようにしなくちゃ)
これは更に杏奈と仲良くなるチャンスなのだから、しっかりお姉ちゃんを全うしなければならない。
指先が触れる。
「あ、杏奈ちゃんっ」
「何?」
「あの⋯⋯、その⋯⋯、て、手繋ぐ? なんて⋯⋯、ね」
私は恐る恐る横を見る。杏奈はじっと私を見つめている。
(この選択は間違いだったかも。高校生にもなって手を繋ぐなんて子供っぽいよね)
急激に後悔に襲われ始める。
だけど杏奈は私の手を力強く握ってきた。
「手を繋ぎたいなら、もっとはっきり言えばいいでしょ」
むっとしたように眉を釣り上げた杏奈に怒られてしまった。でも本気で怒っているわけではないのは雰囲気で分かる。
「う、うん。そうだね」
私は杏奈の少し冷たい手を握り返した。
(仲良し姉妹って感じ、するかも)
更に緊張やら何やらでドキドキが増して行く。エレベーターはあっという間に一階に着いた。扉が開くと目の前に住人の年配の女性が立っていたので、挨拶して脇を通り抜ける。手は繋いだまま。
「あらあら、仲良しでいいわねぇ」
と女性はにこにこしながらエレベーターの中に消えた。恥ずかしくなって、頬が熱くなる。振り返ると杏奈も赤くなっていて、それを見たら余計に照れくさくなってしまった。
駐輪場まで来たので手を離す。何だか名残り惜しい。
「杏奈ちゃん、この先どうする? お友だちと一緒に行く約束してるよね、学校」
私は浮かれて忘れていたが、杏奈はいつもここで別れた後は友だちと合流して学校に通っているはずだ。
「何で? 私とは嫌ってこと?」
けれど返って来たのは杏奈の不服そうな一言。
「ううん、そうじゃなくて。もし杏奈ちゃんが友だちと約束してたら、それを破ることになっちゃうから」
「⋯⋯いつも一人で行ってるし関係ない。⋯⋯⋯そっちこそ、どうなの?」
「私? 私も登校する時は一人だよ。それじゃ、一緒に行こうか。うん、そうしよう!」
まさか杏奈も一人で通っていたなんて、予想外だった。
(もしかして杏奈も私といずれ一緒に行くつもりだったとか⋯⋯?)
何とも自分に都合のいい考えが浮かぶ。
そんなわけはない。あまり期待しすぎても、後でがっかりなんてこともあるし、深く考えないでおこう。
私が自転車で先に走り出し、その後を杏奈が付いて来る。まさかこんな日が今日来るなんて、私は感動して体がふわふわしていた。
(今よりもっとちゃんと姉妹になれたらいいな)
信号待ちの時に振り返って、杏奈に笑いかけたけど、びっくりしたのかぷいっと目を逸らされてしまった。
そんな仕草の杏奈もまたとても愛おしくて、私は妹ができて良かったと心の底から思った。
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