第2話 プレゼント?



 学校が終わった後の私は家に帰ると、着替えてから自転車で十分ほどのショッピングモールに向かうのが、日課になっていた。私のバイト先がある。


 モールの三階にある書店は市内でもかなり大きな部類に入る書店だった。品揃えも豊富で本と文具の会計が別になっており、入ってすぐ右側が文具売り場になっていた。そこで私は働いていた。


 書店には成人向けの本もあったりするわけで、高校生の私は自動的に文具コーナーの担当となった。 本好きとしては本を扱う方で働きたかったけれど、こればかりは仕方ない。


 夕方に差し掛かる時間は特にお店は混む。駅からも近く、会社帰り学校帰りのお客さんが目立った。


 私は文具売り場の中程にある手帳コーナーにポップを貼り付けていた。十月に入ったので来年の手帳が並び始める時期である。


 新しい手帳を見ていると、私も欲しくなってきてしまった。来年はどんな年になるんだろう。未来のことは分からないけど、杏奈あんなと仲良くなれていたらいいのに。


 今日のお弁当のことから考えると、杏奈は私が思っているより嫌ってはないのかもしれない。小さな希望ができた。すぐに仲良し姉妹にはなれなくても、時間をかけてゆっくり打ち解けていきたい。


 私はやっぱりどうしたって杏奈とは仲良くなりたい気持ちは捨てきれない。


 乱れて並ぶ手帳をきれいに直していると、「すみません」と背後から声をかけられた。


「はい!」


 振り返るとそこには杏奈が立っていた。制服姿で友だちと寄り道した帰りであろうことが伺えた。杏奈はよくこのモールに遊びに来ているらしいのは何となく知っている。でもバイト中に遭遇したことはない。私が働いてるのを知っているから、この書店は避けているに違いなかった。はずなのだけど、どうしてか今日は目の前にいる。


「杏奈ちゃん⋯⋯」


「店員さん、シャーペンが欲しいんですけど」 


 私の声を遮るように、杏奈はよそよそしい声音で話す。


 ここは他人の振りをした方がいいのだろう。


「シャーペンですね。こちらにございます」 


 私は店員モードで接する。


 杏奈を連れて私はシャーペンが並ぶ棚まで案内した。


「こちらになります」


 杏奈と話したい気持ちを堪えて私はその場を立ち去ろうとした。


「ねぇ、おすすめのシャーペン教えて」


「えっ、おすすめ?」


 予想外の引き止められ方をして、うっかり素になる。


「店員でしょ? おすすめとかないの?」


「おすすめ⋯⋯、ですね? こちらはどうでしょうか。新発売の商品で、最近お客様のような学生さんから大人まで、幅広い世代に人気なんです。他にはそちらのシャーペンも売れていますね。ロングセラー商品で、カラーバリエーションも多いので、きっと好きな色が見つかるかと思います。それから⋯⋯」


 私は自分なりにいくつかのシャーペンを薦めてみた。杏奈はおとなしく聞いている。


「分かった。で、店員さんはどれが好きなの?」


「私⋯⋯、ですか?」


 杏奈がどうして私にこんなことを聞くのかは分からない。何を求めているのか。じっと見つめ返しても答えは返って来ない。


「そうですね⋯⋯。これが好きですね」


 私は最初に薦めたシャーペンを指した。


「何で?」


「⋯⋯色がシックでかっこよくて、見た目も高級感があるのに、お値段は手頃で。軽すぎず重すぎないのも使い勝手がよさそう⋯、なので⋯⋯」


 杏奈の様子を見ながら私は説明した。相変わらずにこりともしないけれど、薦めたシャーペンを手に取って吟味している。


「店員さんはどの色が好きなの?」


 そのシャーペンは黒、紺、ワインレッド、オリーブグリーン、シルバーの五色展開していた。


「紺ですね」


「ふーん。そう。じゃ、これにしよ」


 杏奈はボディが紺色のシャーペンを二本手にすると、レジのある方へ歩き出した。私も少し離れて後ろを歩く。


 今日の杏奈はいつもと同じようでかなり違う。彼女の何がどうしてこうなってるかは見当がつかない。


(でも期待してもいいよね)


 杏奈が私にほんのわずかでも心を許してくれているなら、こんなに嬉しいことはないから。   

    

 


 その日の夜。夕飯を食べ終えて、お風呂も入り、部屋でラジオを聞きながら課題をしていると、ドアをノックする音がした。


 母か義父なら必ず声もかけるはずだ。


 ドアの向こうにいるのは杏奈だと分かる。私は椅子から立ち上がるとドアを開けた。そこには予想通り、杏奈がいる。


 杏奈もお風呂から出たばかりなのか、肩にバスタオルを掛け、髪は濡れてつやつやしていた。


「どうしたの、杏奈ちゃん」


 彼女から私の部屋に来るなんて滅多にないことだ。


「⋯⋯これ」


 ぶっきらぼうに目の前に差し出されたのは、今日杏奈が買ったシャーペンだった。


「これ?」


「あげる」


「私に?」


「他に誰がいるの!? いらないなら別にいいけど」


「杏奈ちゃん、二本買ったのは一つを私にプレゼントしてくれるためだったんだね」


「なっ、何言ってるの。間違えて二本買っただけだから」


 顔を赤くして言われてもあまり説得力がないけれど、そういうことにしておこう。


「ありがとう。私も買おうと思ってたから、ちょうど良かった。大切にするね」


「それだけだから」


 杏奈ちゃんが去ろうとするので、私はとっさに手を掴んだ。


「何!?」


「せっかくだから何かお話でもしない?」


「はぁ? 何でよ。しないから!」


 杏奈ちゃんは眉をつり上げて私を突っぱねるとバタンとドアを閉めていなくなってしまった。


 いい感じに距離が縮まっていた気がしたけど、そう簡単に仲良くしてはくれないみたい。


 以前なら私にプレゼントなんて絶対しなかったし、そもそも今日一連の出来事を振り返っても、今までと違うことが起こっている。焦りは禁物。時間はあるのだから、じっくり仲良くなっていけばいい。


 私は手の中のシャーペンを見て、改めて私は杏奈とちゃんと姉妹になろう、なりたいと思った。

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