マヤのプロジェクト

「もうわかりますよね、何故こんな話をしたのか」

「あ、ああ……そうか……そういうことか」


 いつかの街の掃除ついでに助けたお婆さん、あれはマヤの祖母だったのか。

 僕が助けたことで、巡り巡ってマヤの命は助かった、ということなのか。


「だが……あれはほんの気まぐれ、たまたまで……僕にとっては本当に取るに足りないことで……すっかり忘れていたんだ」

「それでもです。幼い私には衝撃的だったんです、未来が変わるだなんて。それは悪い方向に変わることもあるのかもしれません。だけど行動次第で未来は明るいモノになる。こんな当たり前のことを、未来が見えるが故に私は知らなくて、でもその時に知ることができたんです」


 酔いが覚めていないというのは本当だろうか。普段は冷静な彼女が、大袈裟な身振り手振りと一緒に話す。


「アナタは『自分はせいぜい親愛なる隣人程度のことしかしてこなかった』と笑っていましたよね。だけど私にとっては大きな出来事だった。世界が救われたぐらいに……」


 未来を知るという不思議な力。

 それを今や完璧に使いこなせるくらいまでに成長した。そのお陰で世の中の役に立てることができたのだと。

 彼女が年齢以上に達観たっかんしていたのは、子供の頃からずっと先を見据えてきたからだ。

 彼女は自分の力を、本当に私利私欲のためではなく世界のために使ってきた。

 ただ一つ……“この事”を除いては。


「『Ms.Wednesday』は元々、アナタを助けるために作ったんです。社長。私にとってアナタはアイアンマンの様な素晴らしいヒーローで、アナタにとってのフライデー、それが私なんです」


 彼女は初めから、FVの社長の座なんてどうでも良かったのだ。

 本当に純粋に、僕を助けようとしてくれた。

 思えばQの中の設定は無理があった。

 百発百中だと謳う彼女が保険をかけるような形で、いくつもの会社でいくつもの事業を走らせるだろうか。

 彼女は「未来は良い方向に変えられる」ということを知っているのに。


「だが僕はそんな大層な人間じゃ……」

「そうですね」


 あははと彼女はまた笑う。


「そうなんです。私はあの日、アナタに会うためにあのパーティーに参加しました。でも当のアナタは全然未熟で……ああ、こんなおじさんを私はずっと探していたのかと……でも話してみると、やっぱりはアナタは良い人でした。だからアナタの力になろうと決めたんです。そこからはもう、社長育成計画の始まりですよ。一応プランは……未来は、いくつか用意していたんですけど」

「ちょっと待って……このQ、仮想空間での僕への《しつ》は……これは、このためにQを?」

「そんなワケないじゃないですか。いえ、着想を得た部分はあったんですけど。Qは本当に世の中の役に立つと思って作ったんです。そうそう、おばあちゃんが私が火傷したのは自分のせいだって……でも本当ならもっと酷い怪我だったんだよって、Qを使って教えてあげました」


 それはそれでショックなのでは?

 孫が大火傷する姿を見るなんて……いや、そのための管理者コードか。

 そうか、Qは「言葉じゃ伝わらないこと」を伝えるのにも役立つのか。今後のアップデートの参考にしよう。

 そんなことを考えていると、彼女はまたクスッと笑った。


「アナタは私の未来を変えてくれました。だから私も、アナタに未来を変えるチャンスをプレゼントしようと思ったんです。……一度失うとその大切さがわかりますよね。……サッカーチームの買収もいいですけど」

「………」


 僕のために、随分と大掛かりな計画プロジェクトを立ててくれたものだ。

 マヤの、壮大なプロジェクト。


「ああ、ありがとう」


 彼女は立ち上がって、僕に手を差し伸べた。


「それじゃあ、これからもよろしくお願いします」

「………」


 マヤの手を取ろうとして、僕はふと思い至る。


「これはどっち……?」

「これは本物です。管理者コードを入力してみますか?」


 一瞬キョトンとして、すぐに笑顔を浮かべて彼女は答える。

 そして僕の手首を掴んで立ち上がらせた。


「帰ってシャワーを浴びましょう。今日も仕事です。タクシー、呼びますか?」

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