鳴海マヤの告白
「おはようございます、社長」
ドアを開けると、そこにはマヤが立っていた。
「うわあああぁぁぁ!」
僕の悲鳴に、彼女は肩を
ガシャンと音を立ててヘッドデバイスが床に落ちた。
「………!」
周囲を見渡すと、そこはソフト開発を行うラボの中だった。薄暗い銀色の。
いつからだ? いつから僕はQの中にいた? いや、どれくらい長く……?
「今日がいつだか、わかります? 昨日は何をしていましたか?」
マヤはニコリと笑った。僕はスマホを手にし、日付を確認する。
そして驚愕した。
記念すべき日だから覚えている。昨日は、あの上場パーティーの日だ。
「な……7年も……?」
「
彼女は呆れたような、しかし少し嬉しそうな表情でそう言った。
「上場企業の社長がハリボテじゃ、危うくて私も安心できませんからね」
思い出してきた……
だが、意図がわかったのは今だ。数時間の間に数年分の夢を見て、そこまでしてようやく僕は彼女の意図を知ったのだ。
感覚圧縮のテストをしましょうよ。
真夜中に彼女はそう言った。
酔っ払う僕を連れてラボに入り、彼女はそんなことを言ったのだ。
デバッグコマンドのテスト、感覚圧縮のテスト、ちょっとした遊び。
酔っ払いの僕はそんな適当な理由に丸め込まれて、まんまとヘッドデバイスを装着してしまったのだ。
だが本当はテストなんかではなかったということだ。
「恐ろしいな、君は……」
恐ろしい。それしか出てこない。
私がウソをついたことがありましたか?
彼女は何度も僕にそう
まんまと騙された。今度こそ本当に「一杯食わされた」ワケだ。
外はほんの少しだけ明るい。朝日が昇り始めたようだ。
「だけど何故、こんなことを?」
「今、社長が見てきたのは私が見た未来です。こうなると失敗しますよ、というのを実際に経験してほしかったんです。口で言っても納得してもらえないだろうなというのは、オックスフォードの件でわかっていましたから」
彼女が見た未来は「まだ起きていない」というだけで、現実なのだ。彼女にしてみれば。
だがそれをどれだけ強く訴えたところで、見ていない者からすれば到底飲み込めるものでないこともまた現実。
だからこそ彼女は最初に約束させるのだろう。「予言に逆らうな」と。
「いや、そういうことじゃない……それはわかったんだ……僕が聞きたいのは、何故僕を助けるようなマネを? ということだ。未来で君が言ったことが本当なら……それが本当なら、そのまま僕を好きにさせておけば良かったハズだ」
「まだ酔いが覚めていないので……」
彼女は頬杖をついてニンマリ笑った。どうやらかなり深酒をしてしまったようだ。明日も……いや、数時間後には仕事が始まると言うのに。
「これは小娘の戯言だと思って聞いてください。そんな理由でと、アナタは笑うでしょうから」
— 私はさっき……ああ、アナタからすれば7年前ってことになるんですかね。バーで言いましたよね。
「0歳からこの世界で戦っていた」って。
あれは本当なんです。私は生まれた時からこの世界を認識していました。未来が見えるので……
なかなか表現が難しいんですけど……
もし興味がおありなら、同じ世界を体験させてあげますね。
私はずっと未来を見て生きてきました。もちろん自分の未来を。
……それによれば私は本来、5歳で死ぬハズだったんです。
2歳の時に負った大怪我、その感染症が原因で。
でもそうはならなかった。
私の家は母子家庭でした。母が仕事に出ている間は、祖母が私の面倒を見てくれていました。
生まれた時からずっと物心ついていたとは言え、体は子供なので……頭ではわかっていてもどうにもできないことというのは沢山あります。
あの時もそうでした。
私は家で1人、祖母を待っていました。
その日が来るのが本当に怖かった。
あと数年で死ぬ、その原因になる瞬間が今なのだと知っていることが、どれほどの恐怖か、想像がつきますか?
……でも、そうはならなかった。
あの日、私の家は、全焼するほどの火事になるハズだったんです。
母も祖母も家にいない時に。
だけど「未来が変わって」祖母が帰ってきて、ボヤで済んだんです。
私はちょっとの火傷で助かりました。本当は全身を覆う大火傷になる予定だったんですけどね。
そうです。この火傷が原因で、その後はずっと病院で過ごして、そのまま死んじゃうハズだったんです。
でも未来が変わった。
最初は何が何だかわかりませんでした。未来が変わるというのは初めての経験だったので。
5歳までで止まっていた情報の更新が、そこで一気に流れ込んできたんです。
……その時に私は未来を見るのをやめました。頭が追いつかなくなったので。
目的を持って、選んだ未来だけを見るようにしたんです。だから今は、自分がどう死ぬのかもわかりません。 —
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